第2話
「はぁ?なにそれ」
「二時間に一回トイレに行くとしたら、100分が大体8割ね。実際はどうせ4時間も5時間も溜め込んでるんだから余裕だろ」
「っ、ちょ、待てよ、」
「お前の膀胱ん中110パーぐらい溜めるクセを矯正すんだよ」
「そんなルールなくても次から気をつ、」
「1ヶ月そのルールを守りつつ、下着を汚さない。別に職場が遠いわけでもないじゃん。大人なのにこれが達成できないの?」
「んなっ、わかったよ!!やるよ!!」
「はい決定」
大人なのに、その言葉は今まで麻痺していたハズカシサの象徴。売り言葉に買い言葉。顔を真っ赤にしながらそのおしっこトレーニングに同意した。
(あ…おしっこ…)
駅を降りる時、昨日の出来事が頭によぎる。
(済ませて帰ろ…)
家に帰って20分はおしっこができない、そう思うと一気に尿意が湧き上がる。ラッシュだから少し列をなしている。でも、家まで歩いて20分。そんで、プラス20分で40分。多分我慢できない。渋々その列に並び、トイレを済ませて帰路についた。
「や、やばいやばいやばいっ!!」
前を押さえながら、アパートの階段を駆け上る。やばい、とにかくやばい。会議後から行ってないから実に5時間。それに、眠気を覚ますために飲んだコーヒー。あのルールを忘れて、駅のトイレも、帰宅前に会社で済ませることもせずに帰ってきてしまった。
がちゃがちゃと乱雑に鍵を開け、靴を脱ぎ散らかし、トイレに走ればまだ間に合う。しかし俺には制約があるのだ。あと20分、耐えなければならない。
モジモジと廊下のど真ん中で足を組み替え、右、左にゆらゆらとステップを踏んで、今にも噴出しそうなおしっこを押し戻す。
「んっ、でるでるでるでるぅ…も、げんかいっ!!」
ふと気づく。この部屋が静かなことに。そういえば、靴もなかった。海里が帰ってきていないことに今更気づく。
「もっ、むりぃ!!おしっこでるぅぅ、」
一目散にトイレに走って、慌ててソレを出すと、勢いよく飛び出す液体。
じょおおおおおおおお…
「き、もち、ぃぃ、ぱんつ、ちょっと濡れちゃったけど…」
シミのできたパンツ。
(いつもはきにしないけど…)
ガチャ、
「ただいまー」
手を洗いながらぼんやりとしていると、ドアの開く音。慌ててリビングの椅子に座る。
「お、おかえりー」
「なに、急に慌てて」
「え!?いや、なんでもないよ、疲れたなーって」
「カバン廊下に置きっぱなしだけど」
「あ、あぁ~ありがと、」
「…」
「な、なにっ?」
「ううん、何でも。あ、そうだ俺明日からしばらく帰るの遅くなるかも。冷蔵庫に作り置き置いとく」
「あ、うん、」
じーっと怪訝そうな顔をされたが、何も言われない。右手に持っているエコバッグから食材をだし、冷蔵庫にしまう海里。
(バレなかった、のか…?)
「あ、手空いてるなら飯炊いてくれない?」
「あ、お、おけー」
嘘をつく時特有の心臓の高鳴り。でも、いつも通りすぎる海里の態度で、ご飯を食べ終わる頃にはすっかり忘れていた。
「ぅあ、やばいやばいやばいっ!!!!」
それからというものの、海里がいないことをいいことに、あのルールのことはすっかり忘れ、ギリギリまで尿を溜めてしまう癖をやめられないでいた。やめなきゃって分かってるけど、どうしても我慢してしまう。
やっぱり昔から染み付いた癖を矯正するって難しい。
「んんっ、でるでるでるぅっ」
今日も今日とてトイレを求めて走りながら帰宅する。いつものように片手でソコをつまみながら走って、勢いよくドアを開けた。
「うぅぅぅ、はやく、くつっ、おしっこっ、」
「おしっこがどうかしたの?」
「え、かいり、なんで、遅くなるんじゃ…」
「帰ってきたら悪い?」
そうだ、別に俺より早く帰ってきても何らおかしくはない。でも、今の俺には死活問題。出せると思っていたおしっこが出口に一気に押し寄せてきているのだから。
「こらどこ行くの。ルール、覚えてるよね?」
トイレに向かおうとすると腕を引かれ、引き止められてしまう。
海里の笑顔が怖い。手を離したいのに、離せない。もじもじをやめたいのに、やめれない。
「きょうはっ、げんかいだからぁっ、」
「今日も、の間違いでしょ?」
「ちがっ、きょうだけっ、きょうだけおしっこっ、でそうっ!!」
「5回」
「な、なにっ?」
「ここ最近玄関の靴を脱ぎ散らかしてた回数。いつもはちゃんと揃えるのにねー?」
「ぜんぶっ、きづいてたのっ?」
「さぁー、どーだろーねー?でもそんなに切羽詰まってた時でもちゃんと20分は我慢したんでしょ?」
「ぁんっ、」
下腹部をシャツ越しにするりと撫でられ、全身の毛が逆立った。
「我慢できるよね?」
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