第19話 忠言。
『あら、もう爵位は無かったんじゃないかしら、ルージュさん』
《はい、親の爵位は剝奪され庶民になり侍女として働いておりますが。子爵令嬢でらっしゃるアナタが、何かお分かりにならない事でも有るのかしら?》
『本当に、相変わらず生意気だわ』
《相変わらず、ですか、でしたら一言申し出るべきだと言うのに。まだ、アニエス男爵令嬢の方が徳の高い方ですわね、父の爵位が何倍も上の私に、しっかりと忠言して下さいましたもの。そんな事で、子爵令嬢が続けられるのか、甚だ疑問ですわねアニエス様》
私の事で争っていらっしゃる、と言うか私を使って争って。
いえ、寧ろこうして争って頂けるだけマシ、なのですが。
「忠言と申しましても時と時世を読んでも尚、非常に難しい事ですから、私の失敗談で良ければご相談にお乗り出来ますが」
『まぁ、失敗談だなんて』
《私、ベルナルド辺境伯に雇われてますの、アニエス男爵令嬢の為に。その意味、アナタにお分かりになりますかしらね?》
はい、コレは2本目の釘ですね。
例え庶民でも、雇われている方によっては令嬢より上、それこそ辺境伯の部下です。
となると醜態が直接辺境伯に伝わってしまうので、辺境伯令嬢以下は真っ青になる筈。
なのですが。
『ふん、そんな虎の威を借る狐の様な事を仰っても、何よ、皆さん』
《残念ですわ、アナタはお分かりにならないなんて、ご両親もお可哀想に》
「私からもご報告させて頂く事になります、ベルナルド辺境伯に、では失礼致しますね」
ルージュさんが庶民になられて以降、こんな事ばかりが続いており、遠巻きにされるばかりで相変わらずお友達は出来ないのですが。
《申し訳御座いませんアニエス様》
「良いんですよルージュさん、友人は選ぶべきですし、王都に戻った頃にはきっと良い状態になっているでしょうから」
無能な爵位持ちが多過ぎる。
本当に爵位の制限がなされる、と王都で発表になり、各貴族は戦々恐々。
降格や廃絶の正式な発表は未だなのですが、もう既に幾つかの貴族が廃絶や統合、当主交替が起こっており。
だからこそ、令嬢方も様子伺い程度。
あんなに突っ込んで来られる方は相当でらっしゃるのですが、取り巻きも同様に処分されるだろう事までは流石に頭が回らないらしく、様子伺いにも来て下さらない。
来て下さらないと、確実に評価が下がるのですが。
《大丈夫ですわ、お名前は私が把握しておりますから》
「ココで私が助け舟を出しても、ですよね」
《はい》
ルージュさんのお陰で、こうしてお役に立てているのは構わないのですが。
少し、複雑な心境です。
成り上がり男爵令嬢の分際で、本当に、カミーユさんが仰っていた様に。
私が、見定める立場になってしまいましたから。
『良くやったねルージュ』
《ありがとうございます》
私の勘違いを徹底的に矯正頂き、且つ元令嬢としての役目と仕事を与えて下さった方、シリル王太子殿下。
「本当に、お顔は分かるんですが名乗らない方ばかりでしたので本当に助かりました、ありがとうございますルージュさん」
《いえ》
アニエス様に妹様が居り、妹様との仲が宜しいからこそ、私はこうして許され侍女としてのお仕事をさせて頂いている。
生まれ変わるなら今、今を逃せば後はもう落ちるだけ。
伯母様が言った事すら、最初、私は大袈裟だと思ってしまっていた。
けれど、既に貴族位を廃絶させられた家に連れて行かれ、本当の絶望を見た。
隙間風が入り込む家、食事は庶民の中でも下位。
けれど言葉と態度だけは貴族のままに、仕事の文句を言い続ける元当主。
顔を歪めながらも黙ったまま繕い物を続ける妻、未だに貴族位廃絶に納得がいかず布団に潜り込んだままの元令嬢。
貴族の衣装のまま、下手な庶民よりも汚く、コチラまで匂う程。
貴族で有った頃の思い出に縋り、庶民の服を嫌がり、ずっと着続けているらしい。
もし、私も意固地なまま。
ご厚意が無ければ、もしかすれば。
そんな中、伯母様が言って下さった。
生まれ変わるなら今、今を逃せば後はもう落ちるだけ。
それは大袈裟では無く真実。
私の直ぐ後ろに有る未来。
それが眼前に存在している。
どの貴族にも起こる事。
もう直ぐ、もっと私の様な者は増える。
優秀でなければクビになる、それは貴族も侍女も同じ。
私は覚悟させて頂きました。
伯母様と血の繋がりが有ったからこそ、アニエス様がお優しいからこそ、分かる様に理解させて頂けた。
なら、この地獄へ落とされなかったご恩に報いる為にも、決して首を切られる様な事をしてはならない。
貴族と同じく、常に維持と向上を目指す。
どの様な職業でも、同じだと言うのに、私は。
だからこそ、私は生まれ変わったのです。
元令嬢の侍女に、アニエス様のお役に立てる侍女に。
『お帰りなさい、ルージュ』
《お母様、褒められたわ、私今日も頑張りましたの》
『そう、良い子ねルージュ』
私も家族の一員、貴族庶民に限らず、私も家族のお役に立つのが当たり前なのですから。
《うん、アニエスさんの言う通り、評価は直ぐに下してはいけないね》
「そうですね、一定の期間を設けるべきかと、品物にも強度や馴染みが御座いますから」
《僕、アニエスさんと結婚したい》
メナートを拒絶していて安心していたが、まさか。
「あの、爵位差は以降の問題で如何様にも出来るとは思いますが、年齢差の方が遥かに問題が有るかと」
《どうして?待っているのは嫌ですか?》
「お待ちしている間に絶賛出産適齢期ですし、婚姻を果たしても子が産めない時期かも知れ。あ、もし私とアーチュウ様の婚姻が破綻しており、且つシャルドン様が未だに独身だった場合には再び考える、と言うのはどうでしょうか?シャルドン様にはご研鑽を積んで頂いて、私だけに拘らず様々な女性をお知りになり人の目も養って頂ければ、私も安心して嫁げると言うものですから」
《うん、分かった》
「ありがとうございます」
これ程、アニエスの口が上手い事に感謝した日は無いかも知れない。
《幾ら可能性が無いにしても、安心した》
「良いんですか?もしかしたら素晴らしい男性になって本当に私が奪われてしまうかも知れませんよ?現時点ではとても紳士的ですし」
《寝込みが可愛かった君が悪い》
「成程、もっと寝汚く涎でも垂らしておけば良かったですね」
《それもそれで、可愛いだろうな》
「アバタもエクボが過ぎますね」
《その方が良いと思うが、俺はどう見えているんだろうか》
「素敵ですから遠慮が勝つのですが?」
《そうか、なら良かった》
「ちょ、ハグは許可してませんって」
《手を出さないだけマシだろ》
「紳士的にお願いします、良い大人なんですから、じゃないとシャルドン様を選びますよ?」
《分かった、善処する》
「是非お願い致します」
結婚出来るまで、残り少しで1年を切る事になる。
その日までにはアニエスの過ごし易い世に、絶対にさせる。
『君がアニエス令嬢を見初めるとは思わなかったよ、シャルドン』
《どうしてお兄様は良いと思わないんですか?》
『んー、仲間、だからかな。それに、全ての男が全ての女性に発情するとは限らないんだよ、それは逆も同じ。誰もが誰でも好きになったら、秩序、平穏が保てず争いばかり。しかも血液の濃縮が起こってしまうかも知れないからね』
《もしかして、僕がルージュ嬢の婚約者候補だったのは、何かの計画?》
僕や兄達の知識や経験を吸収し育った末っ子のシャルドンは、賢い。
『かも知れないけれど、人は誰でも常に真実に辿り着けるとは限らないから、その事は一旦は忘れた方が君の為になる筈だよシャルドン』
『保留、ですね』
《バスチアンさんはアニエスさんの事は良いと思わないんですか?》
子供の無邪気さと疑問を直ぐに口に出すけれど、そこも空気を読んでの事らしい、とシリル様からご助言を頂いた。
うん、流石宰相の息子だと僕も思う。
『そうですね、僕は、似た年の男性が好きになる傾向が有るんです』
《何故?子は作れませんよ?》
『寧ろ、だからこそかも知れませね』
《大変な思いをされたんですか?》
『そうですね、でも既に問題は解決していますから大丈夫ですよ』
《でも、子は嫌なんですね》
『もっと詳しく言うと、自分に似た子、ですね』
『シャルドン、世には近親を忌避する本能も存在します。似ていたり近しいからこそ嫌になる事も有りますし、逆に近しく似ているからこそ好む場合も有る。この世には様々な事柄に影響する事が多分に存在しているんです、もしかすれば成長し、アニエス嬢を好まなくなるかも知れません、だからこそあまり関わらず先ずは自分を成長させて下さい』
《うん、はい》
ガーランド令息は、弟こそ賢い、と。
『ですが、アナタの教えや知恵が有ってこそ、だと思いますよ』
『庶民に分かり易く、その原点は弟です。幼いと言えど弟にすら理解して貰えない言葉を使う様では、物書き等到底認める事は出来無い、あくまでもそう言われての事ですから』
『だとしても、努力し、実際に成果を出してらっしゃいますよ』
『それこそ、あの子が賢いからですよ。まだまだ、僕にルージュ嬢を説得出来たかと言うと無理だとしか思えません、なのにアニエス嬢の優しさのお陰、カサノヴァ家の助力が有ってこそ改心が叶った。僕は両方の存在を認識し把握していたにも関わらず、そんな策は生まれなかった。まだまだ、このまま成長させて頂いても、お支え出来る自信が全く有りません』
『分かります、あまりに優秀な方々に囲まれ育つと、如何に自分が矮小かを感じざるを得ません。ですが、あの方達は特異で異質で稀有な存在、僕らはコレでも出来が良い方なんです、彼らはもう別の存在なんですよ』
本来、兄や姉により年下は研鑽を積ませて貰える。
知識や経験の濃縮が身内で起こり、末端程に洗練される。
けれどシリル殿下は、兄は単独で辿り着いた。
少数精鋭に囲まれているとは言えど、今僕は殆ど同じ環境で、同じ場所で過ごしている。
それでも、あれ程に研ぎ澄まされているのは、素地。
圧倒的な王者の素質。
『確かに桁が違うとは思いますが、僕はバスチアン様にも敵いませんし』
あぁ、僕はアーチュウ騎士爵と同じ立場なんですね。
例え僕が女性だったとしても、恐れ多いと拒絶され、どんなに気持ちを伝えても相手として考えてすら貰えない。
賢く冷静だからこそ、拒絶されてしまう。
だからこそ、兄はミラ様に爵位の問題を自ら解決させ、周囲にもあっさりと婚約者として受け入れさせた。
僕にも、その知恵が有れば。
一滴でも、賢い者の血が入っていれば。
『それでも、コレが限界ですよ、両親がアレですから』
『僕は少なくとも母君については尊敬していますよ、バスチアン様に優しさを教えて下さったのはきっと母君でしょうし、信じる強さを教えて頂けましたから』
『良い意味でも悪い意味でも、ですけどね』
『でも何も信じず常に不満と不安を撒き散らす方より、穏やかで優しい人の方が僕は好きですけどね』
父は愚かでどうしようも無いけれど、その妻と母は。
『アレよりはマシですからね』
『血筋より教育です、僕はバスチアン様は体現していらっしゃると思っています、だからバスチアン様も信じて下さい』
全てを知って尚、彼は僕の味方で居てくれている。
居場所への不安も不満も無い。
なのに、どうして彼にもっと理解して欲しいと思ってしまうんだろうか。
愛されなくとも、死なないのに。
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