第20話 帰路。

 全ては勉強、生きる糧だと思い何とか凌いでいたお茶会が、やっと終わりました。


「はぁ」

《お疲れ様でした、アニエス様》


 最早、私は釣り餌でした。


 失敗や失言を誘い、ルージュさんに報告して頂く。

 私も報告しますがあくまでも補佐、証人でしか有りません。


 そして良い挙動をなさった方の報告も、したいのですが。


 果ては貴族位が再編纂されるかも知れないとの噂が流れ、もうピリピリビリビリしておりまして、本気で避けられるか引き攣られてしまい。

 まぁ、それもそれで減点なんですけどね、人として減点。


 親を査定するのに子も査定される。

 本来でしたら、庶民ですらも理解している事なのですが。


 どうしてなのか、下手をすれば庶民以下の教育。


 いえ、そうした問題を大きく多く抱えていた地方でしたので致し方無いとは思いますが。

 あぁ、まだ、王都でのお茶会の方がマシだったのかも知れません。


 本当にご好意で招いて下さっていたのだと、今なら分かります。


 辺境伯令嬢の方々はお元気でしょうか。

 王都に戻ったら、お土産をお渡しに行きましょう。


《アニエス》

「あ、アーチュウ様、最後だと思い気が抜けていました」


《もう茶会で苦労させる事は無い筈だ、すまないアニエス》

「いえ、逃げられない状況では無かったので大丈夫ですよ、今はまだ」


《あぁ、仕事の事で妻を巻き込まずに済む様、鋭意努力させて貰っている。一緒に帰ろう、アニエス》


「はい」


 お茶会が催された家から一緒に帰るのだろう、と思うじゃないですか。


《アニエス》

「王都にも一緒に帰ると思うと思います?」


《いや》


「あ、ワザとですね」

《あぁ、半分はワザとだ》


 ミラ様とシリル様は既に出発なさっており、その後続にバスチアン様とジハール侯爵ご兄弟、そして私が最後に出発だったのですが。

 馬車は別だとばかり。


 確かに侍女達だけの方が楽だとは思いますし、シャルロット様が御者をしてらっしゃるメナート様と一緒に前にお乗りになってますが。

 でも、だからと言って2人きりは。


 確かに婚約者ですが。


「お茶会より緊張するんですが」

《慣れてくれ》


 真横ですよ、真横。

 確かに正面は正面で恥ずかしいですが。


「暑くないですか?」

《アニエスは暑いか?》


「いえ、寧ろ私は丁度良いんですが」

《心配無い、最近は日に当たる事が少なかったんだ、丁度良い》


 馬車内ですから腕を捲ってらっしゃるのですが、

 結構、日に焼けてらっしゃるんですよね。


「このお怪我の数々は、練習でらっしゃいますか?」

《あぁ、コレはあの方、コレはメナートだな》


「どうしても怪我は付き物なのですね」

《若く経験が無いとな、最近は無いが、以後増やさない様に気を付ける》


「是非お願いしますね」


 昔よりは良くなっているそうですが、小さな怪我でも死ぬ時は死んでしまいますから。


 そう、死なれるのは嫌です。

 それは誰でも、死なれるのは嫌です。




『で、手は出さなかったんだね、偉い』

《体が触れ合えていたので》

《あぁ》


《それに、傷を見て悲しそうでしたので、何も言えず》


『そうだね、死んで欲しく無いと思っていても、状況によっては呑むしかないからね』

《はい、死なない約束は難しいですので》


《けれど、騎士や近衛を降りる事をアニエスは望まない、それこそ如何に見送るかを考えてしまうでしょうね》


『出征の報告後、幾ばくか悲しそうに袖を引かれたら、どうする?』


《妊娠を疑いますね》

《あぁ、そうね、妊娠すると変わると言うのだし》

『何なら別人を疑いそうだね』


《きっと俺には分からない様に堪えるだろう、と》

《健気よねぇ》

『容易い者にしたら、可愛げが無いと思いそうだけど』


《容易い者は容易く落とされてしまうかと》

《容易に奪われる城は容易に奪われてしまうものね》

『でも、その城を強固にすれば良いだけじゃないか』


《地盤が緩ければ幾ら強固にしても、無駄では》

『けれど難しい子だし、面倒だろう』


《俺は、そこが良いのでしょうか》


 メナートの事を聞いて、いつかこう悩むだろうと思っていたんだよね。

 なら、僕の手で悪い方向へ行かない様にすれば良い。


『アニエス嬢と同等かそれ以上の優しさ、賢さ、不憫さを持つ少女に絶対に揺らがないと言える根拠を僕らも知りたいよね。恋心が分かるからこそ、人の危うさを知っているからこそ』

《そうね、私も知りたいわ》


《考えさせて下さい》




 可愛らしいお嬢さんなのに、金髪碧眼では無いから、と。

 凄いですね、そうした親が居るとは知ってはいたのですが、実際に存在してらっしゃるとは。


『宜しくお願い致します、クラルティと申します』

「あ、はい、宜しくお願い致します」


 マリアンヌさんの食堂で今は働いてらっしゃいまして、様子見にとお伺いしたのですが。

 本当に、しっかりした方でして。


《ふふふ、人見知り?》

「あ、いえ、少し経歴を知っているので驚いているんです、親はどんな美意識でらっしゃったのかと」


《あー、ね、十分可愛いのにね》


 血筋としては勲功爵の血筋なのですが、既に廃絶されており、非常に複雑では有りますが今は庶民。

 なのですが、勿体無い、貴族令嬢並みの行儀作法がしっかりと身に付いてらっしゃる。


 愛人の方は情愛を注いでいたのは実の娘さんだけだそうですが、元は貴族令嬢の侍女だったそうで、躾けはしっかりしてらっしゃった。

 いつか貴族の侍女、実の娘の補佐にと考えていたそうで、その点のみは評価すべき点ですね。


「是非、学園にも通って頂きたいですね」

《おー、アニエスがそう言うかもって、なら協力して欲しいんだって》


「不穏な空気が」

《大丈夫だって、ウチとそっちの往復って感じだから》


 午前中は生徒として学園に通い、放課後はマリアンヌさんの店のお手伝い。

 新しく設立する侍女科の為に試行させてくれ、と。


「結構、お忙しくなるかと」

《大丈夫、体力が有るのは既に確認してたし、行きたいんだって学園。だから暫くは別室で、ルージュさん?が指導役になるんだって》


「あぁ、それで」


 学園に通う様になればお茶会は無いだろう、と、なのでルージュさんが王都に来る理由が他に何か有るのかと思っていたんですが。

 成程、クラルティさんの補佐なんですね。


《何かさ、私が言うのもアレだけど、見初められて欲しいなと思っちゃうよね》

「勿体無いと私も思いましたから、はい」


《何か、誰か居ない?》


 ガーランド侯爵令息は難しいでしょうし、バスチアン様はちょっと難しいお立場ですし、メナート様はシャルロット様を追い掛けて楽しそうですし。

 シャルドン様だと、少し年の差が。


 マルタンさんは、良い方の様ですけど庶民ですし。

 んー。


「マリアンヌさんにアーチュウ様の侍従、庶民のマルタンさんならどうかと思うのですが?」

《あー、ベルナルドさんが嫌じゃないなら、その人にお店に来て貰おうかな?》


「あ、ですね、分かる様にしておきますね」

《ありがと》


 私が無意識に無自覚に、クラルティさんの相手からアーチュウ様を除外している事に気付いたのは、翌日アーチュウ様の家に伺わせて頂いた時の事でした。




《ウチで侍女見習いをする事になった、クラルティ嬢だ》

『宜しくお願い致します』


 俺に疑われる要素は無い筈だ。

 それはあくまでも俺の考え、俺の身内の考えだ、と思い知らされた。


 アニエスが幾ばくか驚き目を見開いた後、珍しく固まってしまった。


「あ、はい、あの、かなり働かれる事になるかと思うのですが」

《あぁ、例の食堂で噂になってしまってな、貴族令嬢が働いているのではと。なのでココと学園を往復して貰う事になった》


 アニエスが、明らかに困惑している。


「あの、でしたらウチでは」

《そこも提案したんだが、既にルージュ嬢が世話になっているだろう、無理をさせたくないのと兼ね合いを考えての事だそうだ》


「あ、そうですね、はい」

《アニエス》

『あの、料理に戻ろうかと思うのですが』


《あぁ、すまないが戻ってくれ》

『はい、失礼致します』


 困惑の表情は、相変わらず続いたまま。


《アニエス》

「あ、あの、マルタンさんは今は?」


《庭木の手入れ中の筈だが、呼ぶか》

「実はマリアンヌさんにご紹介しようかと、アーチュウ様が良ければ、ですが」


《あぁ、俺は問題は無いが》

「マルタンさん次第ですよね、庭へ行っても?」


《あぁ、行こう》


 どうして思う事を言ってくれないんだろうか、どうして溜め込んでしまうんだろうか。

 そうした事について俺は全く歓迎はしていない。


 だが俺は、どう言えば。


「お邪魔していますマルタンさん」

「おー、どうもアニエス令嬢、どうしたんすか?口説かれ中っすか?」


「いえ、実は恋のお話を持って参りました」


「マジっすか?」

「料理が美味しくて下町のお母さんになりつつある友人に、ご紹介したいな、と思っているのですが。ご結婚やお付き合いをしたくないのでしたら、それとなく無かった事にしますので、どうでしょう?」


「庶民で」

「はい、ですね」


「それ、マリアンヌさんっすかね?」

「あ、存じてらっしゃるんですね」


「まぁ、王都での揉め事の関係者ってだけっすけど、友達なんすか?」

「まぁ、はい」


「そこ照れるんすね」

「気恥ずかしいですね、最近出来た友人なので、ふふふ」


「良い子ならまぁ、けど友達からっすよ?」

「勿論ですよ、庶民の付き合い方も存じていますから」


「シャルロット様、ぶっちゃけどうっすか?マリアンヌさん」


『最初は気に食わなかったのですが、実と中身を知ると悪意より利便性を取られての事かと、そのフランクさが合うのではないでしょうか』

「えー、俺っぽい?」

「ですね、貴族の大変さも分かって下さる方ですから」


「あー、そこ大事、うん。じゃあ先ずは友達からって事で」

「はい、私に頼まれたって言って頂ければ大丈夫ですよ」

《偶には家の者に楽をさせるか、日付は相談し家の金で買いに行ってくれ》


「あざーっす」

「ふふふ、では、お仕事頑張って下さい」


「うっす」


 そうして部屋に戻ると、また、黙り込み。


《アニエス》

「何だか月の物の前かも知れなくて、すみません、今日はもう下がらせて頂きますね」


《送らせてくれ》

「いえ、粗相をしてしまうかも知れないので、失礼致します」


 俺には、相談すらしてくれないのか。

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