第6話 女子爵。

《良いなぁ、旅行》

『しかも騎士様のご実家は、無理、緊張してゲロ吐きそう』

「侍女としてなら、まぁ、ちょっとは憧れるけどね」


「来ます?」


「え、良いの」

『でもさぁ、コレも?』

《だよねぇ、ちょっと流石に私は、辞退するよ》


「今はもう、マリアンヌさんを疑ってもいないのですが」

「いや絶対に気まずくなるって」

『いやでも逆に刺激する材料にはなるじゃん?』

《いやさ、刺激しないと進まないなら無理する必要無くない?》


「確かに、そうですね」


 無理してまでアーチュウ様を信用する必要って、無いんですよね。

 あの場を収める為に婚約の申し込みをお受けしましたが、別に、破棄しても問題は無いとの書簡も頂いておりますし。


 それこそ、ミラ様にはシリル様も居ますし、カミーユさんもこの学園に来るんですし。


 寧ろ、婚約破棄をして私が留学すれば。

 でも、シリル様からの信用度が、でもでもミラ様が何とか説得して。


 説得、してくれるんでしょうか。


《あー、もしかして余計な事》

「とんでもない、納得しました。けど、どう逃げ出そうか、と」

「え?勿体無くない?」

『貴族令嬢なのに問題有るの?』


《それが有るっぽいんだよね、ほら、爵位に差が有るからさ》

「えー、好きなら何とかならない?」

『つか好きなの?』


「いやそこ黙る?」

「あー、好きだけで越えられない壁って有るじゃないですか」

『分かるわー、イケメンでもヤリ〇ン自慢されたらマジで萎えるし』

《それね、薬が効かなくなるの本当だったしね》


『え、そこ?』

《いや本当に近付くのも拒否されたんだけど、違うの?》

「そこ、どうやって確かめるんでしょう?」

「あー、確かに」


「成程、寧ろそこを攻めるべきかも知れませんね」

「いやマジで破棄しちゃうの?」

『えー、でも爵位だけで決まるの何か嫌なんだけど』

《ほら、アレだよ、クソ貧乏な屋台の息子と私じゃ心配になるでしょ?》


『あー、まぁ、それは確かにそうだけど』

《ウチらが中身が良いって分かってても、周りは別じゃん?》

「それ、あの騎士様の何がダメなの?」


「ダメ、と言う様な部分は無いんですが。いきなり大金を差し上げますよって言われても、ちょっと警戒しちゃうじゃないですか?」

『「あー」』

《しかも、私そこに食い付いてコレ、だしねぇ》


『「あー」』

《爵位以外の問題なら相談って言うか、愚痴は聞けるんだけど》

「最大にして最難関の問題なんですよね。別に、馬鹿にされたり見定められ続ける趣味は無いので。でも、かと言ってミラ様のように功績を、とも思わないので」


『あー、じゃあそこまで好きでも無いって事ね』

「まぁ、端的に言うと、ですね」

「でもコレに取られたかもって聞いて嫌だったでしょ?」


「実は、考えない様にしてたのと、何か国の大事に関わってるのかなと」

『あー、そこも結婚したら常に考えさせられるんだもんね』

「それこそマジでコイツみたいなのが何するか分からないんだし」

《そこは本当、申し訳無いしか無いけど。確かにそうなると、分かる気がする、絶対に苦労が多いじゃん?》


『あー、確かに、しかもイケメンだし』

「はー、マジで面倒だな結婚って」

《あ、知り合いに他に良さそうなのは?》


「こう、ずっと、ぼっちでしたので」

《あ、ごめんー》

『よし、他も考えてみよう』

「そうそう、意外と合う人が居るかもだし」


 人と居る利点は、新しい知恵と知識が得られる事。

 それに、楽しい事。


 善意や優しさって好きなんですよね、私。




「アーチュウ君、面白い事を教えてあげようか」


《アニエスの事なら聞きますが、何でしょうかカサノヴァ子爵》

「あのね、君との婚約を破棄しようとしてるよ、しかも他に合う相手探しもしようとしてる」


《昨日の今日で、どうしてそんな事に》

「胸に手を当てて考えてみると良いよ、まぁ、問題しか出ないだろうけど」


《アナタと言う人は、本当にそっくりですね、あの方と》

「気が合うけど結婚相手では無いんだよね、不思議。けれど似た者同士が必ず結婚しないとも限らない、穏やかであまり欲の無い相手の方が、彼女には合うかも知れないね」


 崩れ落ちたいのを必死に堪えていると。

 良く見れば子爵は、底なしの笑顔で。


《もしかして、誂って》

「いや、マジ、聞いてみたら?けど私からって言ったら君を潰すからね?」


《アナタは、どう聞いたんですか》

「秘密に決まってるじゃないか、それとも対価を払うかい?金銭は一切受け付け無いよ」


《なら、どうして教えたんですか》

「面白いって分かってるから」


 満面の笑みで。

 もしかすれば、あの人より悪辣かも知れない。


「あのー、お待たせ致しました」

《あぁ》

「アニエス嬢の事を話していたんだよ、この熊さんの何処が好きなのかなって」


「あーぁ」


「よし、じゃあ行こうか」

「はい」

《何故、君まで》


「そりゃそうだろう、本来なら男女だけで居るのは不作法なんだから、ねぇ?」

「あ、はい」


 明らかに先日のアニエスとは態度が違う。

 まさか、本当に破棄を。


《アニエス》

「送り迎えを断っても良いんだよ、ウチが何とかするから」

「良いんですか?」


「勿論だよ、この選り好みイケメンは我儘を言ってるだけ。君が見定められ続ける苦痛を味わうより、君が幸せになる事の方が大事だよ」


「あの、やっぱり、私には難しいのでしょうか」

「いや、君には十分な資質が有るよ、けれども君を知らない人には分からない事。どうしても肩書を見てから、貴族は付き合いをどうするか考えるからね。口説く前に、君にはやるべき事が有るんじゃないかな、熊さん」


 アニエスに向けるのと同様に、優しい声色では有る。

 けれどコチラに向けた顔は、真剣そのもの。


「あの、すみません、騎士としてのお仕事をして頂けると私としましても気が軽くなると申しますか」

《いや、すまなかった》

「さ、行こう、長期休暇はお茶会巡りに変更だ」




 アーチュウは、カミーユに見事にやり込められたらしい。

 実に愉快だね。


『ふふふ』

《もう、ベルナルド、落ち込んではシリル様の思う壺よ?》


『そうだね』

《アナタの場合は、ココまで立場の問題は無かった筈では》


『うん、でもそれはミラが頑張ってくれたお陰だからね。僕の為では無かった事は少し残念だけれど、王妃になる為にと頑張ってくれたからこそ、半分は僕の為だから凄く嬉しいよ』


《ベルナルド、アナタに彼女が守れる?》


《今は、無理かも知れませんが》

『ならいつ?根っからの貴族で、自らの手で爵位を持った君には分からないかも知れないけれど、自信の無い者にしてみたら、見定められ続けるのは途方も無い苦痛を味わう事になるんだよ』


《バスチアン様の事、でしょうか》

『そうだね、身分の問題を知りながらも王太子であろうとし続けてくれた。あの逸脱行為は寧ろ当然の結果だと思うよ、追い詰められた人間は何をしでかすか分からない、だからこそ追い詰め過ぎてはいけない。最悪は、無益で大きな損害だけを残し死ぬ事すら有るんだから』


 弟の存在は僕にとっても有益だった。

 彼の行動、考えを知る事で、幾ばくか人間らしさを得られた。


 だからこそ、こうしてミラが居てくれている。

 今後、相当な事が無い限りは、彼も彼の母親も殺処分する予定は無い。


《先ずは、お身内から考えてみてはどうかしら?》

『そうだね、君が行動すべき事が分かるかも知れないよ。だから実家に帰りなさい、良いね?』


《はい》


 離れたくないのは分かるよ、とても、凄く。

 けれども結婚となると別、果ては子に負の遺産までも継承されてしまうのだから。


 今のうちに、出来るだけ懸念事項は払拭しておくべきだよ、僕の様にね。




「はー、素晴らしかったです本当に、スカッとしましたね」

《本当、ざまぁ無いわね、と思わず唸ってしまったわ》

『ありがとうございます、態々来て頂けるなんて驚きましたよミラ様』


《一応、まだ私は学園に所属しているもの。それに、苦労の分だけ、楽しみだけを味わいたいもの》

「おぉ、意外と低俗だと呼ばれそうな考えをする事も有るんですね?」


《ふふふ、私だって完璧では無いし、完璧では無くても良いと言って下さる方だからこそよ》


「すみません、私には」

《自信が無いのよね、不当で低俗な評価ばかりされ続けていれば、例え間違いでも正しいかも知れないと思ってしまう。分かるわ、私には女としての魅力が全く無いのかも知れない、そう思っていたもの》


「ミラ様に無いなら私はどうなるんですか、出涸らしで消し炭で」

《アナタがそう思っていても、騎士爵の妻には十分なのに、自信が無いのでしょう?》


「自信もですが、意気込みが無いんです、高い志などもってのほかで」

《アナタに有る方が問題よ、そこまでしなければならない環境では無い、寧ろ良い事だもの。良いのよ、爵位や周囲についてはベルナルドに任せて、アナタは一旦忘れてしまいなさい?》


「すみません、ご厚意を」

《あら、それを蒸し返すなら、私が他の相手を選んでも良いのよ?》


「ぅう」

『そろそろ、次の舞台についてお伺いしても?』

《そうねガーランド、次はスリルが有るものはどうかしら?》


『候補に入れておきますね』


 全ては誤解だった。

 奇跡的にも私はそう片付けられる問題ばかりなのだけれど、未だにアニエスの悪印象は、未だには消えてはいない。


 火の無い所にも煙が出ると言うのに、未だに彼女を悪女、だなんて。


 こんなに良い子が悪女なら、この世の女の殆どが悪女よ。

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