第6話 マリアンヌ・ブフ。
「相変わらず静かなのは良い事なのですが、やはり代わり映えの無い毎日では、少し気が沈みそうになってしまいますね」
あぁ、しまった、やってしまいました独り言。
独りだからこそ独り言なのに、コレでは単なる愚痴に、いえ寧ろ嫌味にすらなってしまっているのでは。
《俺の事を》
「違うんです違うんです、ついうっかり、あまりに馴染みが良いのでつい、存在を忘れてしまいました、すみません」
《寧ろ、独り言を我慢させてしまって》
「違うんです本当に、そこらの草花に話し掛けていたら、いつか心優しい妖精さんが答えてくれるのではと。はい、幼稚な癖です申し訳御座いません」
《なら、どうして俺に》
「だって隙あらば口説くじゃないですか、しかも大人の言葉と大人の態度で」
ですからココ数週間は黙って送り迎えをされていたのですが、とうとうやらかしてしまいました。
存在を忘れるだなんて失礼にも程が有りますよね、本当に。
《そんなに嫌だったのなら、すまない》
「嫌と言うか、困るんです、返すにしても単調な問答になってしまっては面白くないじゃないですか」
《面白さは求めていないんだが》
「でもタダで騎士の方に護衛をして頂いてるんですから、沈黙か愉快か、私には口説き文句への返答リストが殆ど無いので、なら沈黙が1番かと」
《アニエスの事が知りたい》
「ですから下位貴族の事を知って頂ければ分かる筈だとお答えしましたよね?」
《下位貴族の事はある程度は学んだ、だからこそアニエスの事が知りたい》
「何故、私なのでしょう?」
《綺麗に咲く花の中で、アニエスが最も良いと感じた》
「直感、ですか」
《それも有る》
「も?」
《幼稚さを感じず、抱きたいと思えた》
「ミラ様の反動が強く出過ぎてますよね、あ、一緒に庶民街に遊びに行きます?感性も慣らした方が良いかと、見誤ったと酷くフラれても困りますので」
《分かった》
「是非ご案内したい場所が有るんですよ、特待生のマリアンヌさんのお店なんですけど凄く美味しいんですよ」
《そうか》
「あ、庶民の食事に期待なさってませんね?」
《いや、寧ろ兵糧に似ていなければ構わない》
「兵糧、ぁあ、お仕事で食べてらっしゃるんですもんね、成程」
《兵糧がどんなモノか分かるのか》
「勿論ですよ、我が家は商家でも総合商家、大概のモノは扱っていますから私も食べた事が有りますよ」
《有るのか》
「はい、使う者の身になる、それが家の信条なので1週間程兵糧だけで過ごしました、家族で」
《家族で》
「何処の商家でもしてますよ、売れ行きを良くする為に改良点も考えなくてはいけませんから」
《なら1食でも》
「1食程度ならどんなに貧相な食事でも我慢出来ますが、それが3食1週間ですよ?回数は大事です、耐久性だって品物には重要なんですから。でも子供は1週間で、大人は2週間続け、最後は泣き出す者も出たそうです」
《そこまで》
「はい、全てはお客様の為、ひいては我が家や国の為ですから。では、今日もありがとうございました、明日はお迎えをお持ちしていますね」
《あぁ》
コレで、独り言の件は忘れて頂けたでしょうか。
『成程、庶民街に』
まさか彼に頼もうとしていた事が、こうして叶うとは。
差し当たってアニエス嬢は、僕へ幸運を運ぶ女神か何かなんだろうか。
《だが手伝うと言った手前、事前に知らせておこうかと》
『そう、行ってらっしゃい』
《悪口や嫌味が無いのが逆に怖いんですが》
『あぁ、じゃあ馬車にでもついでにぶつかって来てくれないかな、僕の鬱憤解消の為に』
《俺を殺しても過去は変わらないと思いますが》
『うん、やっぱり僕に嫌な事を言わせているのは君だね、反省させる為にも君には政略結婚をさせてあげよう』
《相手がアニエスでないなら、腕の腱を切って騎士を退きます》
『訓練は可能だから無理だね、せめて目を潰すか耳を潰すかしないと辞めさせられないよ』
《どうにか、アニエスの家を》
『目立てばそれだけアニエス嬢が妬まれる事になるけれど、それでも構わないなら、手助けしてあげるよ』
《そうなる方法以外でお願いします》
『なら馬車にぶつかって来ないとね』
《死にたくは無いんですが》
『死なないでしょう、君は頑丈だし受け身も取れる筈』
《本気ですか》
『機会が有ればね』
《分かりました、考えておきます》
『じゃ、楽しんできて、マリアンヌ嬢の店』
やっぱり友人と言えども、だからこそ許せないんだろうか。
彼には是非にも、苦しんで貰いたくて仕方が無い。
仕方が無いんだ、すまないねアーチュウ。
「どうです?」
《美味い》
「ほら、あ、コチラもどうぞ、お裾分けです」
下位貴族だからか、彼女は庶民に馴染むのが上手い。
差し当たっては下位貴族の侍女程度の振る舞い、良い意味で貴族らしさが無いのにも関わらず、下品さは皆無。
あのマリアンヌ嬢に比べれば、寧ろ上品過ぎる位だ。
《また来てくれるなんて嬉しい、ありがとうございます》
『いや料理は美味しいし看板娘の為だからねぇ、頑張るんだよマリアンヌちゃん』
《はい、いつもありがとうございます》
《何処も、こうなのだろうか》
「彼女は特に愛想が良い方ですね、本来なら変な虫が誤解しても困るので、他の方は控えてますが。ココは警備隊の方の行き付け、だそうですしね」
《あぁ、警備隊の本部の目の前だからな》
「他では誰かが贔屓にする事は有りませんからね、寧ろ満遍なく回るのが普通だそうですから」
《食事も警らの1つだからな》
「ですけど他もちゃんと回ってくれてますので、そこまで他店からは文句は出ていないそうです」
《有るには有るのか》
「他の店の娘さんが嫌味を言われるんだそうですよ、あそこの娘位に愛想を売れ、と。まぁ、庶民街ですから、無茶を言う方も多いんですよ」
《話し方まで変わるんだな》
「じゃないと浮いてしまいますからね、カマトトぶってんじゃないよって、何度も丁寧過ぎるってお客様に注意されましたから」
《家の手伝いもしているのか》
「当たり前じゃないですか、何の能も才も無いままで良い身分じゃないんですから、常に学びの人生です」
《なら、人と関われないのは辛いだろうに》
「寧ろ、幾ばくかは恐怖でした。あまりにも愚か者が多いなら、この国の行く末は暗い、最悪は移住も考えなければならい。と言われていましたから」
《今は、どうなんだろうか》
「大丈夫そうなので様子見は継続ですね、ただ事の仕舞い方によっては、本店を他国に移すかと。ですのでお気持ちに応えるのが難しいのも有ります、他国に偉い方を連れては行けませんから」
《そこまで考えてくれていたのか》
「損得勘定ですよ、悪い噂は国を簡単に越えますから」
《そうだな、すまない》
「後でデザートも食べましょうね」
《あぁ》
どうやら俺は本気で耳か目を潰す事を考えなくてはいけないらしい、アニエスと結婚する為、一緒に居る為に。
だが、警護の仕事が身体に染み付いている事に驚き、愕然とした。
あの王太子が、バスチアン殿下が市井に下っている事に気付いてしまったのだから。
『マリアンヌ、いつものを頼むよ』
《はい、いつもありがとうございます、バスチアンさん》
僕の懸念通り、バスチアン殿下の本命はマリアンヌ嬢だった。
確認の為にもと、僕も侍従と侍女を連れ来たのだけれど、本当にいらっしゃるとは。
「ガーラ、GG、警護と侍従の多さから彼で間違い無いとは思いますが」
『うん、間違い無く彼だよ』
《仰っていた通り、裏の裏、三面目が有ったんですね》
『ココで見るまでは確信が無かった、寧ろ外れていて欲しかったのだけれど』
「嫌な意味で当たってしまいましたね」
《例の方がお気の毒過ぎて、吐いてしまいそうなのですが》
『往来を汚してはダメだよ、それに食べ物に罪は無いんだ。このまま持ち帰って料理人達に味見をして貰おう、外の味も勉強になると言っていたからね』
「心の美しさと料理の味って、何の繋がりもないんでしょうね」
《不味さには比例しますけどね》
『そうだね、粗が目立つ様なモノには、どれも敬愛の念が足りないからね』
人は自分に都合の悪い事は、無視をしがちだ、だからこそ常に自らを律し省みなければならない。
上位貴族としては当たり前の事だと思っていたのだけれど、どうやら王族ですらも、違うらしい。
こんな所で悪目立ちしていると言うのに、馴染んでいる素振り、実に滑稽だ。
いや、もしかして、敢えてこうした行動を取っているのだろうか。
分からない。
王太子ならばいずれは国を背負う者としての教育を厳しくなされる筈、庶民の娘に本気になるなど、本来なら有り得てはいけない事。
けれど彼は堂々と、彼女に好意を。
『ぁあ、早く君ともっと近付きたいよ』
《もう暫くの辛抱ですよ、我慢なさって下さい、私の王子様》
衆人観衆の元、一体何を言っているのだろうか。
王太子が、いずれは国を背負う王となる方が、こんなにも愚かなワケが無い。
もしかすれば、コレには何か深い理由が。
と思わせておいて、本気で愚かなだけかも知れない。
困った。
やはり若輩者の僕だけでは限界が有る、コレはお父様に相談する以外に手は無い。
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