第2話 アーチュウ・ベルナルド騎士爵。
「私への誤解が増えるのですが?」
翌日、アーチュウ・ベルナルド騎士爵はミラ様の護衛を降りてしまい、代わりの者がミラ様に。
そして私に護衛が、しかも。
《ミラ様と王室からの要望となっておりますので、ご了承下さい》
商人と言えど、大商家でも無い限り上には逆らえませんので。
泣く泣く、仕方無く、アーチュウ・ベルナルド騎士爵に護衛をされる事に。
『あらあら、王太子殿下の婚約者になられるのは本当みたいね』
《泥棒猫の分際で、良く大きな顔が出来ますわね》
もう既に噂が先行してらっしゃる。
コレも国政のウチ、なんでしょうかミラ様。
『あーら、この前の威勢の良さはどうしたのかしらね』
《本当に、例の様に大きな独り言を》
《アナタ達は確か伯爵令嬢、言いたい事が有るなら先ずは名乗り、ハッキリ仰ったらどうですか》
護衛もミラ様の味方だと思ってらっしゃったのか、ご令嬢方は驚いてらっしゃる。
ですよね、アーチュウ・ベルナルド騎士爵はミラ様と常にご一緒でしたし。
まさか、この方が、まさか私に好意的だとは露程も思わないのでしょう。
はい、私も思えません。
表情の事以外、好かれる理由には全く身に覚えが無いのですから。
『そんな、アーチュウ様』
《君に名を呼ぶ許可は出していないんだが》
低い、地響きみたいでらっしゃる。
流石、熊の家名を持つ熊殺しの騎士爵アーチュウ・ベルナルド様、熊すら覚える地響きボイス。
《あの、失礼致しました、ですが》
《誰が話す事を、反論を許可した》
騎士爵、と言うからには当然の様に騎士団を率いておいでです、つまりは序列とマナーに厳しい年上男性。
はい、私などはココで口を挟む事も無理です、目で射殺される事間違い無しです。
『大変、失礼致しました』
《注意がしたいなら正々堂々と名乗ってからにしろ、ミラ様以下の知名度で嫌味が通じる等とつけ上がるなよ、たかが令嬢風情が》
はい、ミラ様は既に爵位をお持ちです。
身を守る為なのは勿論ですが、王太子殿下の婚約者、そして既に名実共に爵位を持つに相応しいモノを身に着けてらっしゃるからです。
ですので、令嬢なんて雑魚なのです、私を含め全ての令嬢は対等にはなれません。
『大変、申し訳御座いませんでした』
《さっさと立ち去れ下衆が》
結構、お口が悪いでらっしゃる。
あぁ、成程。
「あ、いつも訓練な。あ、失礼しました」
《いや、君は俺の護衛対象でも有る、遠慮無く話してくれて構わない》
まぁ凄い落差、コレはもうおモテになる理由が分かりますね。
「大変有り難いお申し出なのですが、今ので敵が2倍に増えました」
《どう言う、事だろうか》
「王太子殿下に騎士爵まで誑かした悪女、確定ですから」
商人こそ、好意と言うモノに敏感でなければなりません。
だからこそ、最初は王太子のお戯れかと、ですが日に日に本気に。
いえ、アレはムキになった部分もお有りでしょうけれど、まぁこうなってしまいまして。
そして、アーチュウ・ベルナルド騎士爵からのご好意も、たった今確認が取れましたので。
はい、昨今流行りの悪女確定です。
明日には、いえ午後にはファムファタールだ、とのヤジが飛んで来るのでしょうね。
本当に、地味な色合いの地味な令嬢なのですが。
一体、何が。
《でしゃばった真似をして、すまなかった》
あぁ、もしかして下位貴族との関わりが少ないのでしょうか、だからこそ珍しく気を引いてしまう?
いえ、でも他にもいらっしゃるし。
何が、違うか。
「あ、もう授業の鐘が」
《すまない、少し遅れる様なら口添えをするが》
「いえ大丈夫です、早足で向かえば何とか間に合う筈ですから」
彼女はミラも驚く程の足捌きの持ち主だ、あっと言う間に教室へと到着し、彼女の為に空けられていると言っても過言では無い席へ。
不憫で堪らない。
日頃は何も堪えてはいない、そうした態度を貫いてはいるが。
学園には長期休暇が存在する、春と夏に長い休みが有り、令嬢や令息は領地に帰る。
その際、治安維持の為にも各所で抜き打ち検問が設けられるのだが、俺がアニエス嬢の馬車を検問する事となり。
真っ赤な目をしたアニエス嬢と対面してしまった。
そして侍女から、友人が全く出来なかった事を、どう説明すれば良いのか泣いていたと聞かされ。
強そうな令嬢だからと、どれだけ傷付くのかを想像すらしていなかった。
商家の令嬢だからこそ、賢いなら、何かの交渉材料にでも使うだろうと高を括っていた。
王室が、ミラが何とかするだろうからと、考えもしなかった。
親思いで我慢強いだけの、単なる少女なのだ、と。
そして俺は直ぐに報告をした。
王太子に言い寄られる事より、友人が出来なかったと両親に報告する事の方が辛い少女なのだ、と。
以降、俺はアニエスの様子も伺う様になり。
相変わらず何事も無かったかの様に振る舞う態度に、とてもいじらしさを覚えた。
どうにかしてやりたい、と。
だが俺は王太子の婚約者ミラの護衛、ミラと王太子の婚約が決まって以降、ずっとそう育てられてきた。
ずっと、バカな王太子の世話をするミラを見て来たが、もう俺の役目は。
「あ、ずっとココにいらしていたんですか?」
《護衛対象でも有る、気にしないでくれ。それより俺の後ろへ、暫く耳を塞いでしゃがんでいてくれないか》
「何か」
《いや、単に護衛の為だ、気にしないでくれ》
「はぃ」
何かと思えば、生徒達への諫言でらっしゃいました。
《アニエス・ジュブワ男爵令嬢がこの様な扱いを受けているのは既に王室の耳に入っている!この言葉の意味が分かる者は直ちに行動規範を改めるが良い!!》
うん、コレは確かに耳を塞いでしゃがむべきでしたね、私の肌までビリビリと響きました。
大丈夫でしょうか近くにいらっしゃった方、鼓膜が破れてしまったのでは。
等と暫く考えていたのですが。
生憎と私は目も瞑ってしまっておりまして、暫くアーチュウ・ベルナルド騎士爵を困らせる事に。
「すみません、つい、カミナリでも落ちたのかと錯覚してしまいまして」
《成程、ですがあの程度では木も燃せませんよ》
つまり訓練の時よりはマシだ、と。
「一応は手加減しての事なのですね」
《機会は3度まで与えてやれとの命を受けていますので、次で終わりですね》
「甘やかされて育った方もいらっしゃいますし」
《あぁした事は素早く回ります、既に2回、改心する機会を与えている。コレ以上は単に甘やかし愚か者を育てる事に繋がり、教師にも失礼になります、ご容赦を》
「あぁ、先生方の事を失念してました、失礼しました」
職人も弟子に同じ事を注意するのは3度まで、と仰ってましたし。
ですよね、今回は弟子を選べないのですから。
《教師は、頼りにはなりませんか》
「いえ滅相も無い、ただ先生方を巻き込むより、お客様として接するには今はお互いに素知らぬフリをした方が得だと。それに、私はまだ愚かな子供、賢い大人の方針には流されるべきだと思いますので」
それにもし、王室から何か言われてらっしゃるなら、板挟みにし困らせてしまいますからね。
しかも向こうは既婚者、コチラは子供、逃げようと思えば私は逃げられますが。
王命により教える立場に任命された方々、その立場を望んでらっしゃらない方も居ても仕方の無い事。
《君は、どうして》
「あ、そうでしたそうでした、どうして私なのでしょう?そんなに下位貴族は珍しくも無い筈、しかも良く居る地味な髪色に瞳、何故どうして私なんでしょう?」
《それは、俺にだけ、尋ねているんだろうか》
「出来たらお二方のご意見を伺いたいのですが、先ずはアーチュウ・ベルナルド騎士爵のご意見を伺わせて頂きたいですね」
《千夜一夜掛かるが》
「寮までの道程に収まる様に端的にお願い出来ますか?」
《そうすると誤解を招くかも知れない、真意を伝える為にも、しっかりと時間が欲しい》
「では、私はどうすれば?」
《隙あらば口説かせて欲しい、しかも出来るだけ人目の無い所で、君の魅力に他の者にまで気付かれたく無い》
「凄い、大人の口説き文句は強烈ですね、身の危険を感じました」
《あ、いや、すまない》
「半分は冗談ですよ、やっぱりご経験が有る方は違いますよね、幸か不幸か私は」
《いや、俺は》
私は婚約者が居なかったので、婚約者がいらっしゃった経験について言及したのですが。
どうも早とちりなさった様で。
しかも、ご自分が早とちりをしたと理解なさったのか、真っ赤に。
純潔の騎士様、でらっしゃいましたか。
「すみません、最近あまり人と喋らないものですから、失礼致しました」
《いや、俺もすまない、これからも誤解が無い様に、色々と話をさせて欲しい》
偶に庶民は経験の早さを自慢する者が居るのですが、大概は大した責任の無い方、自慢出来る部分がソコしか無いのか嬉しそうに話される方がいらっしゃるのですが。
流石、責任有るお立場の騎士様、寧ろ清い事に誇りを持って頂きたいんですが。
「アーチュウ・ベルナルド騎士爵」
《2人の時はアーチュウで構わない、なんだろうかアニエス嬢》
「寧ろ、童貞は誇るべきだと思います」
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