見初めないで下さい困りますー男爵令嬢の私が、何もせずに王太子殿下に見初められた理由(本当に何もしていないんです)-

中谷 獏天

第1章 始まり。

第1話 アニエス・ジュブワ男爵令嬢

《その様に親しげに話されては、誤解を招きますわよ》


「大変、申し訳御座いません」

『ミラ』

《分かって下されば宜しいんですが、行きましょうバスチアン王太子殿下》


 事の発端は、礼儀作法や子女の字の習熟率を高める為に設立された学園なる場所へと入学し、この王太子に見初められてしまった事。


『嫌ですわ全く、お相手がいらっしゃる方に色目を使うなんて』

《本当に、人様のモノを奪うだなんて、流石下位貴族の令嬢ですわね》


 本当に私は何もしていませんし、そもそも上位貴族から挨拶をされたら無視出来るワケが無いと知ってらっしゃる筈なのに、この嫌味。

 一体、私が何をしたと言うのでしょうか。


『無視なんて良い度胸ね』


 いや下位から上位へ挨拶さえ禁じられてる事も知ってらっしゃる筈なんですが、八つ当たりですかね、さてはご両親が不仲とか。


《あら睨むなんて良い度胸ですわね》


 見つめるだけでもコレ。

 他にどうしろと。


 あぁ、憂晴らしをさせろ、とのご要望でしょうか。


「下位から上位へ挨拶してはなりませんのに、一体どうしろと仰るのでしょう。それとも、無作法を働けと唆すのでしょうかね、下品な上位のご令嬢は」


『アナタ』

「あぁ独り言が漏れてしまいましたわ、嫌ですわ、気を付けないと」


 あら、来ないんですね。

 ご挨拶のご要望が有れば面と向かってお話出来るのですが、その度胸は持ち合わせてらっしゃらないのか、面食らってらっしゃるのか。


《もう行きましょう》

『そうね』


 困りましたね、誤解を解く機会も与えて下さらないなんて。

 同級生と言えど、上位は下位へ教育し監督する立場だと言うのに。


「あぁ、憂いても仕方が無いですね、私も行きましょう」


 皆様にはご友人がいらっしゃるのに、未だに私は独りのまま。

 こうして不意に出てしまう独り言を放置し、一般常識なるモノを学んでいたのですが。




『婚約破棄が叶った際には、是非、婚約の申込みを受け入れて欲しい』


 ぁあ、王太子は一体、何を言ってらっしゃるのでしょうか。

 休憩時間に、大勢の目が有る前で。


「あの、出来る事ならご遠慮させて頂きたいのですが」

『そうだね、まだ彼女との婚約破棄前。急いてしまったね、すまない』


「いえ、そう言う事では」

『大丈夫だ、君は必ず僕が守るよ』


 守れて無いから私は色々と被害に遭ったのですが、何から守ると言うのでしょう。


「一体」

『待っていてくれアニエス、直ぐに終わらせるよ』


 無許可で強引なハンドキスに、勝手に名を呼ぶなんて。

 あぁ、だから王太子を捨てるのですね、ミラ様は。


「はぁ」


《アニエス・ジュブワ男爵令嬢》

「あ、はい、アーチュウ・ベルナルド騎士爵。ご挨拶が遅れ大変申し訳御座いません」


 何度かお見掛けした事は有ります、ミラ様の護衛をしてらっしゃる方ですから。

 ですが初めて話し掛けられました、今回の件を注意されるのでしょうか。


《ミラ様がお呼びです、ご同行を》

「はい、承知致しました」


 ミラ様は、大臣職に就かれておられる家のご令嬢、上位の中の上位令嬢。

 片や私は下位でも男爵、最下層と言って良い下位令嬢。


 一体、何を言われるのでしょうか。




《どうして私に呼ばれたのか、分かっていらっしゃるかしらね》


「王太子殿下の事かと」


《そうね、その王太子殿下のお気持ちを受け止める気は》

「有りません、そもそも何故こうなっているのかも見当が付かずに困惑しか御座いません」


《食い気味ね》

「ご自分ではなく私が注意されているのだ、と勘違いする王太子はちょっと、国の先行きすら不安に思いますし関わりたく無いのが本音です」


《ふふふ、ごめんなさいね、コレも国政の1つなの》

「ご苦労様で御座います、どうか私の事はお気になさらずご遂行頂けましたなら幸いです」


《はぁ、物分かりが良くて助かるのは良いのだけれど、私の罪悪感にも配慮させて欲しいわね。コレをあげるわ》


「コレ、と申しますと」

《アーチュウよ》


「アーチュウ・ベルナルド騎士爵の」

《アーチュウ自身を差し上げるわ》


「いえ結構です、ウチではあまりにも分不相応ですので無理です」

《食い気味に即答されても、アーチュウの要望なのよ》


「何故」

《そうそう、それそれ、その表情の豊かさが気に入ったみたいなの。アーチュウも、殿下も》


「大変、申し訳」

《良いのよ、出すべきでは無い時には出さず、こうした時に出すのだもの、構わないわ》


「ですが、全く、まさかそんな部分を」

《でしょうね、商家の成り上がり男爵位、交渉や駆け引きを得意とする家なのでしょう》


「ですが、申し訳御座いません」

《私が謝るべき時なのだけれど、コレを受け取り、お互いに不問と伏す事は叶わないかしら》


「勿体無い、お気持ちだけで十分過ぎて身に余る光栄が身を滅ぼしそうなので、何とか辞退させて頂けないでしょうか」

《口が上手いわね本当。良いわ、猶予を設けましょう、期限迄に受け取って頂けないなら別の手を考えるわ》


「そこも何とか、下位貴族と騎士爵が繋がっても誰にも何も良い事は御座いませんでしょうし、差し出がましいのを承知で言わせて頂きますが。ミラ様におかれましては国政と殿下の事以外にお手を煩わせては次のお相手様とのお時間が限られてしまいますでしょうから、是非にも、ミラ様のお幸せを考え行動して頂きたく存じます」


《凄い肺活量ね》

「ありがとうございます、商談における技法の1つで御座いますので、日々練習させて頂いております、家で」


《あら、でも演劇サークルなる部活に所属してらっしゃったんじゃ》

「ご迷惑をお掛けしてはと、幽霊部員なるモノとして在籍だけさせて頂いております」


《あぁ、何処までもアレが迷惑を掛けてしまっているのね》

「いえ、寧ろ上位の分際で下位にハッキリと注意なさらない者の方が厄介です、巻き添えを起こしてはいずれお客様となる方々にもご迷惑をお掛けしますので。アーチュウ・ベルナルド騎士爵におかれましては、どうか同等の方をお気に掛けて頂けたら幸いです」


《一息の長さが素晴らしいわね》

「ありがとうございます、あまり力まず一定間隔を保つのがコツで御座います」


《成程》


「あの、今回の件は全て忘れますので、ミラ様とアーチュウ・ベルナルド騎士爵にもお忘れ頂ければ」

《ダメ、アーチュウには機会をあげて頂戴。じゃあ、失礼するわね、ゆっくりしてらして》


「あ、ミラ様」


 バスチアン王太子殿下を取られたのは別に良いのだけれど、アーチュウの心を奪われたのは、少し応えたのよね。

 でも、分かるわ、良い心地だもの彼女の軽妙さや賢さが。


 悔しいけれど、上位には真似の出来無い事。


《ミラ様》


《何よ、部屋に戻りたいならハッキリ仰い》

《付いて来られてしまっているのですが》


《なっ》

「敢えて無作法をさせて頂きます、何とか別の手を早急にお願い致します、私の平穏の為にもアーチュウ・ベルナルド騎士爵の為にも」


 参ったわね、度胸も有るんだもの。


《分かったわ、だから部屋でゆっくりしてらして》

「アーチュウ・ベルナルド騎士爵が来ないなら、是非」


 隙が無い子ね本当。


《分かったわ、今日は諦めなさいアーチュウ》


《はい》


 アーチュウが顔に出さない人で良かったわ、本当。

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