誰の悪夢か

はるむら さき

第1話

嫌な夢を見た。

とても嫌な夢だ。


「秋晴れ」というにふさわしい、気持ちのよい青空が広がる日である。

僕はドライブに出かけることにした。

向かう先は、隣県の有名な湖。

この前、旅番組で紹介されていた場所だ。

番組の司会者曰く「湖に青空が映りこむ景色は、まるで別世界に迷い込んだかのような、神秘的な美しさ」であるという。

自慢の一眼レフを旅の友に、エンジンをかける。

さあ、ゆこう。


地方局のラジオをBGMにして走ること数時間。国道から県道。さらに細くなる田舎道を進んで行く。

祝日だというのに、見る限り人はほとんどいない。そもそも、この周辺に店も民家もほとんどない。

「ほんとうに道はあっているのか?」

少しの不安。僕は助手席に手を伸ばす。

この日のために買った観光雑誌をもう一度見返す。記事によれば、目当ての湖は四方を高い山に囲まれた、たいへん辺鄙な場所にあるらしい。

記事の下に載っている地図を念入りに確認しなおす。数少ない目印を通ったことを思いだし納得する。

「大丈夫だ。このまま進もう」

道は合っている。今の所は大丈夫のようだ。


早朝に家から出てきたというのに、太陽はもう頂点から西へと傾き始めている。

あの後、何度か道を間違えたせいで、大幅に時間を食ってしまった。

しかも、道を引き返すのに、急な山道を上るはめになってしまった。

いちおう道路は通っているが、石ころだらけで、車が振動をひろってガタガタとうなっている。

しかし、ここを登りきれば、後はまっすぐに下るだけで湖へとたどり着ける。

ここまで来たら絶対に、目的地へとたどり着いてやろうじゃないか。


山頂に差し掛かる。やった。目的地まではあと少しだ。気が緩み、息をふっと吐く。その一瞬。

陳腐な言葉だが、その時いったい何が起こったのか理解ができなかった。

目に映る光景が信じられなさすぎて。


いつの間にか、目の前に真っ白な毛並みの熊がいた。軽トラック程の大きさだった。

「え?」

熊だと?ここは確かに山奥で「野生動物が出るので注意」と雑誌にも書かれていたが、それにしても熊が出るほどの深い山ではないはずだ。

さらに言えば、山に生きる真白い熊なんて見たことがない。動物園から脱走したシロクマか?どういうことなんだ?


まとまらない思考と、あまりの衝撃に動けなくなった僕のほうを見て、その熊は「やあ、元気?」と挨拶のような気軽さで、左手をこちらへ振り下ろした。

その一撃で右側のサイドミラーが吹っ飛び、崖下へ落ちていった。


何が起こったのか?目に映る情報に、理解が追い付かなかった。

だが思考とは別の部分が、警報を強く鳴らしていた。

「逃げろっ!」

圧倒的な強者に対する恐怖。

「逃げなければ、殺されるぞ!」

分かっているのに。なのに僕はその場から逃げることはおろか、悲鳴さえあげることが出来なかった。

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