speed

@nichinichiroro

経緯と性

僕の母はおかしい。そう気づけた僕は幸せだった。父曰く、母は蝶のように舞い降りてすぐに消えてしまったんだと。父がおかしいと言った母の行動を僕は何となく遺伝子レベルの感覚でその意図を理解できてしまっていた。母は正座をして祈っていた。「ああ神様どうかこの子だけはこの子だけは食物連鎖の中に入れないで下さい。時だけが時だけがこの子を殺してください。」それはたしかに愛情だった。でもあまりにもその祈りを見てはいけない気がして、お風呂にまだ入っているのに勝手に脱衣所を使い始められて出るにも出られないような気まずさがあった。母は混乱するとよく自らの頭を殴った。拳を強く握りしめて餅つきみたいに殴った。訳を聞くと「頭がスッキリするのよ」と子供みたいに笑った。その時の僕にとっての女とは母だけだった。女は発狂しながら夜道を走るし、夜中何度も起きてはつんざくような物音を立てる。そんな厄介な生物が女だと信じていた。学校でも同級生の「女」が通ると妙に嗅覚の鋭い僕はなんとなくそいつの股間の分泌物の匂いを感じた。女はどうでも良い事ばかり指摘してきた。僕の見た目、話し方を冷たく評価した。女に限らず、突き放すような言い方をする「男」も嫌いだった。誰にでもわかるような実験結果しか言えない。出来る、出来ないでしか判断できない。でも父の母に対する言葉には棘がなかった。つるんとのど越しの良い温かいうどんのようだった。一度父にその優しい話し方について聞いたら「人を愛するとはこうゆう事だ」と誇らしげだった。それから僕も泣いている母には優しく諭した。母は「あたしにとって男は同じなの。あんたもそうね。」よくわからなかったが、どこか悲しそうだった。

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