第49話 大軍の行方

「何でだ!何で通れねェんだ!」「おい俺にも寄越せ!」「お前らだけ良い気になりやがって!」


 案の定、門の向こうは大混乱だ。一方、門(と見えない壁)を通過した皆さんは、「え…こんなに頂いちゃっていいんですか…」みたいな顔で恐縮している。入れる・入れないってそういうとこだって、何で理解出来ないんだろうか。まあ、腹が減った状態で、向こうに美味そうなご馳走があれば、殺気立つのは仕方ないのかも知れない。煽ったのは俺だしな。


 とりあえず、門が1つでは埒が明かない。南だけでなく、南東、東にも門を設けて、天狼族の皆さんに誘導をお願いした。さすがフィジカルに優れた獣人の中でも、一騎当千を誇る少数民族。入れる人はどんどん入ってもらい、入れない人だかりにはどいてもらう。しかし、やがて外側では暴動が起こって収集がつかない状態に。仕方がないので、入れない者たちにも食料と水を提供することとなった。なぜ俺たちを攻めて来た軍勢に食い物を恵んでやらなきゃいけないのか、心情的には納得行かない部分もあるが、紛争の円満解決と、善良な移住者を確保するためだ。仕方ない。




 ところで、俺がドレイパーとの取引を拒否したため、『ドレイパー王国および人間族との交易を停止』という設定になってしまったためか、村の外に運び出せる食糧は、この村で生産されたものに限られた。つまり、無限に作り出せる野菜たちと、小川の水。屋台でじゅうじゅうと音を立てるジャンクフードたち、そしてサーバーから溢れる各種ビールは、壁に阻まれて持ち出すことが出来ない。


「お前ら卑怯だぞ!」「見せつけやがって!」「皆殺しだ、ブッ殺してやる!」


 壁の外の兵士たちは物騒に騒いでいるが、食い物を出してやるだけ有り難いと思って欲しい。ひとまず、火を通さなくてもそのまま食べられるプチトマト、きゅうり、レタス、スプラウト。たきぎだけでも大量に必要だし、周囲の森林から木材を伐採しても、生木を焼くわけにはいかないしな。


 彼らに配給を行き渡らせるのは、密かに和睦を申し出たドイル騎士団長以下、ドレイパー王国騎士団の皆さん。彼らは壁の中に入れるにも関わらず、酒やつまみに手を付けず、黙々と野菜と水を運び出して行く。「馬たちも、水を欲していたんです。ありがたい」とのことだ。一時は通販で兵器でも買って蹴散らしてやろうかと思ったが、こういう出来た人たちを傷つけることにならなくて良かった。




 壁の中に収容された兵士は、300名余り。これで村の人口は500名を超え、また一段と建てられる建物が増えた。より規模の大きい学校と寄宿舎が建てられるようになったので、移住者には100名収容の寄宿舎を4棟建てて、当てがった。


 なお、彼らのほとんどは身寄りがなかったり、家から独立した独り者ばかり。壁の外には、移住したいけど故郷に家族を残した農民が、この10倍はいるそうだ。俺はスピーカーを通じて、「家族と一緒に移住大歓迎」のアナウンスを繰り返した。


 さあ、今日のところは、これ以上出来ることは何もないだろう。移住者の中には、貴族の三男や四男などの平民落ちが混じっていて、彼らにリーダーを任せる。適当に部屋割りをして、風呂で身綺麗にしてもらったら、そのまま屋台街で歓迎会が始まった。みんな飲めや食えやの大騒ぎをしているのを尻目に、俺は神殿に戻り、風呂に入って就寝した。


 あっちで色々あったから、のんびり自分にご褒美をあげたかったのに。だけど、新しい住民と、みんなで屋台ビール。楽しかった。おやすみなさい。




 木曜日の弊社は、表向きは平穏そのもの。後輩二人は多少よそよそしいが、その方がかえって仕事がはかどったりする。これまでは、円滑に仕事を進めるために、彼らの機嫌を取ったり気を配ったりしたものだが、職場は仲良しごっこをする場所ではない。これくらいでちょうどいいのだ。


 途中、給湯室で女傑に呼ばれ、出向が俺に決まったことを詫びられたが、彼女が気に病むことは何もない。上長もそうだが、弊社においては出向は出世に必要なステップ。むしろチャンスを譲ってくれてありがとう、と告げておいた。


 この日は取引先とのコンタクトが長引き、ランチは再び自席で。コールの合間、上長から声が掛かった。


「君を推薦したのは私なんだ」


 彼が出向して来たのは一年半前、前田さんが出向して行ったのが一年前。その間、彼は俺の仕事ぶりを見て、俺を引き上げてくれたらしい。


「最近の君は、自己管理を徹底して効率よく仕事を回している。余裕も出て来た。どこに行っても大丈夫だ」


 これまで周りの顔色を伺いながら、ひたすら無理に無理を重ねていた俺を、さりげなく気にかけてくれていた上長。彼に成長を認めてもらえると、えもいわれぬ喜びが込み上げてくる。いや、俺を変えてくれたのはあっちの村人たちであって、俺自身の成長じゃないんだが。彼の健康蘊蓄うんちくがもうすぐ聞けなくなるのかと思うと、ちょっと寂しく感じてしまう。ずっとウザいと思っててごめんなさい。我ながら現金なものだ。




 さて、再び村に戻ってみれば、外の様子は大きく変わっていた。アレッサンドロさんによれば、ベスティアとドレイパーは無事に和睦。表向きは、「ベスティアからドレイパーへ侵攻の動き有りとの『誤報』があったが、情報の行き違いであったと確認した」ということで、彼らは無事帰路に就いたとのことだ。実際は、ドイル騎士団長がダインリー侯爵(名代である次男、ドミニク・ダインリー)をほとんど簀巻きにするような形で、王都に引き上げて行ったそうだ。もちろん、『誤報』をもたらした栗鼠族の元族長、ボニファーツィオも同様に。


 なお、村の外にはまだ「村に入れろ」「酒を寄越せ」などとくだを巻き、徒党を組んで居座る兵士が残っているが、これに対してベルティーナが業務用の扇風機を導入し、彼らに向けて容赦なくぶん回す。甘くスパイシーなタレと、脂の焦げる匂い。スピーカーに乗せて届く、酒盛りの歓声と歌声。時折移住組から受け渡されるトマトときゅうりを齧りながら、延々と恨み言を吐き出しているそうだ。悔しいのう、悔しいのう。


 一方、移住組からは既存の村人にも増して、いたく感謝された。投降したばかりで、何の貢献もしていない彼らに、立派な宿舎と有り余るご馳走。その上、城壁の外の仲間にまで、溢れるほどの水と食糧。


 あの時既に、ドレイパー軍の士気は最悪だった。悲惨な食糧事情に衛生事情。間もなく始まる農繁期を前に、無理やり徴兵された農民たち。それなのに、欲深いドム・ダインリーは、自分たちは毎晩酒池肉林を堪能しながら、何の罪もない平和な村を占領し、全てを奪い尽くせとそればかり。


 それが蓋を開けてみれば、村を侵攻するどころか、見えない壁に阻まれて歯が立たず。あっという間に立派な城壁が築かれ、中からはえも言われぬご馳走の匂い。本陣で顔色を変えて悔しがるドム・ダインリー。一気に広がる離反の動き。屋台作戦は、俺たちが想像したよりもはるかに効いたらしい。


 それよりも嬉しかったのは、移住組が様々なスキルを持っていたことだ。ある者は厩舎勤務のため、蹄鉄の調整と簡単な鍛治が出来る。ある者は衛生兵、薬草を使った簡単なポーションを作ることが出来る。その他、仕立てや牧畜、変わったところでは聖職者まで。そして全員一様に、何らかの戦闘スキルを身につけている。彼らはこの村に少しでも貢献したいと、自主的にローテーションを組んで、村の周辺の警戒に当たっている。良い移住者が来てくれたものだ。


 俺は改めて、村人を広場に集め、歓迎のパーティーを開いた。ネットで購入したジャンクフードのみならず、アウグストたちも腕を振るってくれて、それはそれは楽しい宴となった。なお、その日を境にカラオケが流行し、後に村からアイドルやバンドが生まれ、いよいよ文化汚染が深刻化するのだが、それはまた後日のお話。

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