第42話 夢の農村生活

 ベルティーナには聞きたいことが色々あるし、また首脳陣を集めてどうしようか会議を開くべきなんだと思う。だが、こっちのコインで国際通販最大手Argentアルジャンが使い放題なんて、あまりに衝撃的過ぎて頭が回らない。どうしよう。何から買おう。欲しいものなんて沢山あり過ぎて、どれから手に入れていいのか分からない。それより、いよいよ社畜を辞められる時が来たのでは。


 いかん。思考がまともじゃない。そして、こういうことは俺が取り仕切るより、こっちの政治家に託した方がいいだろう。とりあえず今日のところは三人に任せて、一旦ここから離れよう。ビビアーナの暴走は心配だが、ベルティーナがいいように制御してくれると信じたい。アニェッラは頭脳労働が苦手っぽいから、大丈夫だろう。次回俺が来るまで、相談事があれば村長ズと国王カルたちにはかってくれと頼み、俺は役場に足を向けた。




「ユート。今日は何か、上の空だね」


 居酒屋役場は、どんどん進化している。アウグストは主に料理本の料理の試作や開発係、奥さんのアイーダは現場の監督。シェフといった感じだ。そしてカルたちと引っ越して来た宮廷料理人たちが、彼らに追随する。元々の職人としての地位は宮廷料理人の方が上だろうが、ユート村では天狼族が最初の住民、アウグストとアイーダの方が先輩。獣人の完全縦社会な風潮が、この現場を上手く回しているようだ。


 というわけで、アウグストは試作品を持って俺のところへ。俺よりもずっと舌の肥えたプロが試作を重ねて出して来るわけだから、俺としては美味いかオッケーしか言うことがないんだが、「俺が試食して合格を出した」ということが大事らしい。しかし、試食もそこそこに思索にふける俺に、アウグストが同席してワイングラスを傾ける。幸い、赤がどんどん美味しくなって、若いけれど爽やかな口当たりでグイグイ進んでしまう。


「なあアウグスト。仮に今日、何でも夢が叶うって言われたら、どうする?」


「夢?」


 アウグストは不思議そうな顔をしている。夢も何も、今が人生で一番最高、全ての夢が叶った状態なのだそうだ。図らずも大箱レストランのオーナーになったわけだから、そういうもんなんだろうか。


「それどころじゃないよ。珍しいスパイスに、季節を問わず豊富に手に入る材料。光熱費や人件費、経営の心配もない。宣伝なんかしなくても、お客さんはどんどん入ってくれる。だって無料だしね。そして、ユートからもたらされる未知のレシピ。料理人にとって、こんな天国はないよ」


 彼は俺を崇拝対象ではなく、あくまで行きつけの食堂の料理人みたいなスタンスで接してくれる、数少ない良き隣人だ。その彼でさえ、内心信仰に近い念を抱いていると知って、ちょっと引く。いや、嬉しいんだけどさ。


「後はそうだな、家族が笑って暮らせるように祈るかなぁ」


 家族か。進学して、都会に出て来て約十年。故郷には父母祖父母とも健在だが、実家には兄一家が同居し、俺の居場所は無いに等しい。学生時代の連れも、社畜生活に明け暮れている間に疎遠になってしまった。現在最も親しい人間関係と言われると、ここの村人たちと言わざるを得ない。なんてこった。


 しかし、そうか。ここの村人のために力を使えばいいんだ。何だかストンと腑に落ちた。これまでは、現実世界での人生に疲れた癒やされるよう、頑張り過ぎないように努めてきたわけだが、ついついこっちの住民の生活に気を回してしまって自嘲してみたり、いや、自分のQOL(生活の質)を高めるために必要なことだと思い直してみたり、多少もやもやしていたが。俺の幸福と、村の住民のために骨を折ることは、矛盾しないのだ。何だかスッキリした。


 そうだ。俺は自分の人生を楽しむために頑張ろう。力をセーブするんじゃなくて、力を向ける方向を変えるというか。そう考えると、昨日会社で火消しに追われて、明日もどうしようと思い悩んでいたのが、ふと馬鹿らしくなった。しなければならないフォローはする。だけど、それ以上に誰かの機嫌をうかがったり、他人の思惑を想像して先回りして挽回以上の成果を挙げようとか、そういうのは無しだ。


 だって俺、もういつ社畜を辞めたっていい。そう思うと、これまで心を砕いて身を削って来たことのほとんどが、どうでもいいことだったんだと気が付いた。いや、これはこっちの世界で通販が使えるようになったからではなく、本当はずっとそうだったんだ。ただ俺が、何となく周りに流されて、自分を見失っていただけ。


「何か分かった気がするよ。サンキュ」


 アウグストは一瞬きょとんとしていたが、ニッと笑うと「じゃ、ごゆっくり」と席を立って行った。




 美味い酒とさかなを堪能した後は、村の見回りだ。先日建てた学校はどうなったかな。


「おるあァ!気合いが足りん!さあ、かかって来い!」


「「「はい!」」」


 学校に近付くにつれ、異様な雰囲気が漂う。校庭ではでっかいライオンが、子供達に囲まれて体育を行っていた。いや、体育というより、組み手だ。しかも実戦形式の。


「やあー!」


「よし、腹から声が出ているぞ!突きはこうだ!遠慮なく狙って来い!」


「とおー!」


「ハハッ、剣がデカ過ぎるな。お前はナイフからだ。そらっ」


「行きますわよ!ファイアーボール!」


「ヌルいヌルい!もっと魔力を集約して撃って来い!むうん!」


 20人くらいの子供たちは、思い思いの獲物を掲げて全員でカルに襲いかかる。しかし当のカルは、ムキムキの筋肉でそれら全てを弾き返しながら、楽しそうに稽古をつけてやっている。


 ———あれ、真剣だよね?今、魔法を握りつぶしてなかったか?


 下は緩い作りの動きやすいパンツ、上半身は裸。子供とはいえ、獣人の運動能力は結構なものだ。こっちの世界だと体育大学の学生くらいしか出来なさそうな、アクロバティックで素早い攻撃を、全部受けている。そして傷一つ付いていない。ラスボスか。


 俺が来たのを察知したカルは、大きな咆哮を一声上げ、子供達を制止した。みんな耳や尻尾がビビビッと逆立っている。俺も全身がゾワっとした。獅子人パねぇな。


「おお、ユート。元気そうだな」


「「「ユート様〜!」」」


 小さい子供達がわらわら駆け寄って来る。「様」呼びは小っ恥ずかしいが、くりくりした目をして無邪気に抱きついて来られると、特に子供好きでもない俺でもメロメロになりそうだ。一方、年長組は遠巻きにしている。中には第一村民のアルミロもいるな。「オッサン」呼ばわりのクソガ…自由なお育ちのお子様は、この純真さを取り戻していただきたい。


 フィジカルに秀でた獣人の彼らは、やはり座学よりも体育が好きだそうだ。槍術や剣術に長けた天狼族、斥候やレンジャーに適した栗鼠族、そして体術や爪術の獅子族。魔術の適性に恵まれたものは、魔術まで。それらを一手に引き受けるカロージェロ陛下は、みんなのヒーローだ。


「陛下。そろそろ算術の時間です、朝の訓練は切り上げて頂きませんと」


「はっはぁ、見つかっちまったな。じゃあお前ら、頑張って来いよ!」


「「「ええ〜〜〜」」」


 カルは気のいい奴だがちゃらんぽらんなところがあって、いつも王妃様たちメスライオン軍団からお小言をもらっている。だけどこういうところがいいんだろうな。子供たちはぶーたれながら、執事っぽいライオンに連れて行かれてしまった。そして俺らは、学校近くのカフェへと足を運んだ。

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