第13話 村人の生活事情

 木の香りのするベッドルームで目が覚める。あの後、コインランドリーから洗濯物を持ち帰り、することもなくなり、もう待ちきれなくて、こっちに来てしまった。掃き出し窓を開けると、美味しい空気。こっちはいつでもいい天気だな。雨とか降らないんだろうか。そういえば、ゲームには雨だの雪だの無かった気がするな。さて、早速今日の課題だ。まずは、持って来た野菜や種を植えてみよう。


 結論から言うと、持ち込んだ全ての野菜、果物、種は、畑で育成出来た。バナナを除いて、全てが数分程度の急成長作物。スプラウトに至っては、10秒だ。こんな作物、ゲームにはなかった。従って、販売価格が低く利益には繋がらないが、洗って食べられる野菜があっという間に育つのはいい。


 そしてバナナだ。こちらは収穫まで8時間かかるが、まさか育つとは思わなかった。市販のバナナには種がないからだ。あっちの世界では株分けで殖やすみたいだけど、種のないバナナからバナナの木が育つなんて、チートもいいところ。無料アプリだ、そこまで深く考えられていないのかも知れない。




 村人が俺に気付いて、すかさず村長がやって来る。


「ユート様、新しい野菜ですかな」


「ああ。レタスにプチトマト、キュウリだ。洗っただけで食えるから、みんな好きなだけ持ってってくれ」


 あと、バナナがったら良いおやつになるだろう。


 村長のアレッサンドロさんからは、あれから採れた新しいキノコと山菜を。行者ニンニクというらしいが、ニラみたいで美味いそうだ。早速野菜炒めに入れよう。


 そして俺からは、あっちで聞きたかったことを質問した。


「みんな、飲み水はどうしてるの?」


「井戸水を飲んでおります。ここの水は安全で美味しゅうございます」


 まあ、そうだな。こないだ、キャベツを洗って食べたことを思い出した。水で腹を壊すなら、あの時に壊していたはずだ。とはいえ、煮沸した方がより安全だろう。


「じゃあ、洗濯はどうしてるの?」


「ご存知の通り、井戸や川で洗っておりますが」


「家の中に洗い場とかないのかな」


「はて、我々にはそういった習慣はございません」


「じゃあ、体を洗うのは?」


「井戸水や小川で水浴びをしております」


「家の中に風呂はないの?」


「風呂、と申しますと」


 いまいちピンと来ていないようだ。俺は彼にことわって、家の中を見せてもらうことにした。




 彼らの家は、うちの農家の住宅(小)とほとんど同じものだった。小ぶりな平屋、家の前には井戸。しかしちょっとずつ違っている。まず外観のカラーリング。そして井戸がつるべ井戸。それから、家の中の水回り。手洗いが汲み取り式。キッチンも、水道ではなく水瓶が置いてある。そして、なんと風呂は空き部屋になっていた。


「どうでしょう。どこかおかしいところはありましたでしょうか」


「いや、俺の家とちょっと仕様が違うから」


 そうだ。俺が彼らの家を建てた時、1軒1,000コインだったと思う。しかし、俺の家のアップグレードは、2,000コインだった。これが1,000コインの差か。


 彼らにも、文化的生活を提供すべきだろうか。たった1,000コインのことだ、畑を世話すれば20軒分くらいどうってことない。だけど、彼らが不便を感じていない以上、勝手に介入するのもお節介な気がする。


「見せてくれてありがとう。また分からないことがあれば、教えてくれ」


 最後に、彼らの物干し場を見せてもらった。彼らは家と家の間や、軒下にロープを張って、そこに洗濯物を干しているようだ。俺もそうするか。




 さて、こっちに来たら調べたかったこと、その2。インベントリに入れて来たビールは、冷たいかどうか。結論、ビールは冷たかった。しかし、こちらに来てそんなに時間が経っていない。これでは、インベントリに保冷効果があるかどうかはまだ分からないな。ビールは6缶用意してある。まず2缶出して、1缶はすぐにプシュー。そしてもう1缶は、井戸水に浸しておく。こっちで食べ物を冷やすのは、もっぱら井戸水か小川に浸すのが常識なようだ。まあ、これは予想通り。


 そして本日のメインイベントは、料理だ。前回はレトルトカレーにザク切りキャベツだったが、多少なりとも進歩を見せたい。細切こまぎれ肉、キャベツ、玉ねぎを炒め、焼肉のタレで味付けだ。今日は白飯抜きで、ビールのつまみにする。オーブンには、スキレットにコーンとウィンナー。後のお楽しみだ。こっちはまだ朝だけど、俺はちょっと前に昼を済ませて来た。掃き出し窓を全開にして、片手間に畑の世話をしながら、清々しい空気と共に朝ビール。たまらん。


 食事をしながら行儀悪く、ぺらりぺらりとアウトドア雑誌をめくる。ああ、メスティンやダッチオーブンで焚き火めしとかいいな。だけど、後で食器を洗うのがダルそうだ。そうだ、せっかくこっちで自炊するんだから、食器は向こうで食洗機でも買っておけばいいんじゃないか。しかし、果たしてワンルームに付いてるミニキッチンに置けるような食洗機なんてあるんだろうか。調べてみなければ。


 メスティンや飯盒はんごうといえば、こないだはレンチンご飯だったけど、こっちで飯を炊けばいいんじゃないか。鍋で炊くのは、難易度が高いだろうか。炊いてから持って来る?あ、そうだ。こっちでコメを作れば、コメ代が浮くんじゃないのか。何で思いつかなかった。早速コメを持って来よう。てか、普通のコメでいいのか?玄米がいいだろうか。


 薬草を育てながら、さっき収穫した野菜でサラダを作る。やっぱりレタスとプチトマトはいいな。キュウリはもろみ味噌を買って来た方がいいかも知れない。そしてスプラウトだ。コイツが種一粒で、10秒。すると、あのスーパーで売ってるような量の10倍ほど、売価は全部で1コイン。激安だけど、思いついたらすぐに食べられるのがいい。栄養もあるみたいだし。ちょっとお高いドレッシングを回し掛けると、何だか意識高い感じがする。




 良い感じで飲み食いしながら、優雅なひと時。コインもしこたま貯まった。畑を広げておこう。今日の課題は、以下の通り。




・増やしたい野菜や果物、コメ、種を購入


・洗濯物を干す物干しロープか物干し竿を購入


・オーブン料理のレシピ本を読んで、必要そうな材料を購入


・こっちでコメを鍋で炊く?それともあっちで炊飯器で炊いて来る?




 ヤバいな。なんだかんだ、出費がかさんでいる。初期投資といえば聞こえはいいが、農作物で浮く食費よりも確実に高くついている。コインなら、どんどん貯まって行くんだけどな。まあ、畑の拡張にすぐ使ってしまうが。


 しかし、ちょっといいこともあった。なんとインベントリに入ったビールは、時間が経っても冷たいままだった。これはラッキー。もしかしたら、将来冷蔵庫要らずになるかも知れない。俺は試しに、熱々のとうもろこしをインベントリに収納しておいた。あっちで熱々の状態で取り出せようものなら、いつでも調理済みの食料を蓄えておける。これが成功すれば、今度はアイスで実験だ。


 その後俺は、風呂に入ってさっぱりした後、農村を後にした。畑を操作しながら雑誌をめくり、ビールを飲むだけの暇な時間。これぞスローライフ。最高だ。

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