非常識探偵
義為
7年7晩
第1話 その少女、神崎海未その①ー1
『……年1月12日現在、対象は姿を現していない。引き続き依頼者の証言を基に捜索を行う。対象は女子中学生、肩までの黒髪、ブレザーの制服。捜索場所は駅前のファストフード店。時間帯は15~18時。以上を次週の計画とする。』
時刻は夜10時、自分用の捜査資料を使い古したノートPCで更新し、冷めたコーヒーを愛用のマグから流し込む。
今週末はアポも無く、捜査を休止して電話とメールでの捜査依頼のみ受け付ける、つまりは一般人とほぼ同じ週末を迎えることになる。
客商売の端くれである以上は土日に休みを取ることはほぼ無いのだが、クリスマスという繁忙期を乗り越えたからには休みを取りたくなるのは仕方のないことと言い訳を準備しておこう。
この探偵事務所を開いてから7年になるが、最近は手ごたえのない人探しで食いつないでいる。
手ごたえのないというのは、依頼を達成できていないのに手付金のみならず成功報酬まで受け取らされることが一度や二度ではないからだ。
そして、依頼の内容は似通っている。数年前~数か月前に探し物を手伝ってくれた少女に礼をしたいので探して欲しいというのがほとんどだが、少女の外見は小学校高学年から高校生まで様々となっている。
一方で依頼人が異口同音に述べるのが、助けてもらってからつい最近まで少女の存在を丸ごと忘れていたということなのだ。
不可解な依頼内容、決して見つからない捜査対象、そして妙に羽振りの良い依頼人たち……俺は狐でも助けたことがあっただろうか?
住居件事務所というのはオンオフの切り替えが曖昧でストレスになる......といったことは全くなく、デスクワークに限れば通勤時間がドアをくぐる5秒というのは性に合っている。
その5秒が過ぎようというときに、ドアチャイムが鳴った。
これは仇になった...面倒だが、居留守には中途半端な時間帯である。
俺はのそりとドアホンの前に二歩でたどり着き、画面を覗き込む。
そこには、黒髪の女子生徒が映っていた。閉じかけていた瞼を開き、選択肢を挙げていこう。
ひとつ、付き合いのあるこどもの家に連絡を取る。
ふたつ、警察に通報して保護を求める。
みっつ、
「おじさーん、いるんでしょー?
待て、何故俺の名前が知られている?そして俺は女子生徒におじさん呼ばわりされる謂れはない。俺に姪は居ないし、友人の娘はもっと幼い年頃のはずだ。それに俺はアラサーだ。断じておじさんではない。
「おじさんというのは壮年男性という意味のおじさんでーす!斉藤佳助おじさーん!」
「誰がおじさんだ!第一君は誰だ!」
「えー?個人情報を屋外で口にするのはちょっとなー」
どの口で言うかこの小娘。
「どのくち...は良い、今開けるから待ってなさい」
「えーおじさん変な気は起こさないでよー」
やかましい。だがこれ以上は近所迷惑だ。三重のドアロックを外しながら息を整える。
「君のような人間は野放しに出来ん。これは世間様のために苦渋を飲んでの決断だということは分かってもらおうか。」
「はーい!お世話になりまーす!」
お世話になります...だと...?ぴくりと右眉がつり上がって固まってしまった。
「ん!お邪魔します!だとすぐ帰らなきゃいけないでしょ?しばらく泊まらせてもらうから!」
狐どころではない。とんでもないものを招き入れてしまった...
このメスガ...女子生徒は
学生証も提示されては身元が怪しいという理由で追い返すことは出来ない。
そして、苗字の通り学園創立者一族のお嬢様らしい。
件の失せ物探しの女子生徒と同じ特徴である肩までの黒髪は気になるところだが、家柄をちらつかせて宿泊許可をもぎとろうとするとは、礼も受け取らず人助けをする殊勝な少女...であることもありえないとは言えないか。
本来の居間を衝立で事務室と区切った応接室で来客用の茶と羊羮を出しながら、さっさと寝かせて俺も寝ようかと考えているところに、透き通る鈴のような声で海未が話しかけてくる。
「うむ、くるしゅうない。私は仕事の話をしに来たのだよ」
「断る」
「なんでよー!」
「もう22時を回っている。子供は寝る時間だ。そして俺も寝る。」
「私はガキじゃないっての!」
「子供はみんなそう言う。話は明日聞いてやる。奥の寝室は貴重品を置いてないし中から鍵もかかる。トイレと洗面所と風呂場はそこの扉の廊下から行ける。タオルは来客用の新品を引き出しの一番下の段から出して使え。女物の着替えは無いのは許せ。俺はここで寝るが眠りが浅いから用があれば遠慮なく声をかけろ。おやすみ」
「むー!部屋に上げてくれたのはありがとう!......部屋の中だと勢いある......内弁慶ってやつか......」
「追い出されたくなければ寝ろ!」
「はい!おやすみなさい!」
_ようやく会えたようだな_
誰が、誰に?
_海未が、君にだよ_
まるで知っていたかのような物言いだ。
_その通りだとも_
貴方は何者だ?
_どうせ君は覚えていられないが、教えてもいけないからな。ノーコメントだ_
胡散臭いというのは分かった。
_それでこそ君だ。それで十分だろう_
知った口を......
_知っているからさ。いずれ会えるさ_
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