第24話 可笑しな告白とその真相

いつの間にか遠くから、わずかに聞こえていた人々の声は止んでいた。

広間のメロディもとうに止み、木の葉の静かな音へと変わっている。


間近に迫る大きな手が紗良の頬に優しく触れてきた。

絡み合う視線は、紗良の胸を大きくざわつかせる。 

こらえる衝動をおさえるように、向かい合う深紅の瞳は不安と焦燥を織り交ぜた昏い色になっていた。

  

「紗良のことが好きだ」


ハッキリと面と向かってそういわれ、一瞬だけ時が止まった気がした。

言葉がじんわりとにじむように感じられ、レオナルド王子は紗良の髪をとかすように撫でた。


「……だから、俺と婚約して、くれるだろうか」

「なんで……」

 

先ほどの緊張とは裏腹に、少し甘く感じられる声に紗良は我にかえった。

 

「でも、レオ。前、あなたとの婚約話が出た時に互いの合意がないから、って――」

「お前の合意がないからな?」

「でもさっき、好きな人がいるって――」

「お前のことだがな?」

「え、ええ……?」


ようやく、事態を把握すると、顔が耳まで赤く染まっていくのを自覚する。

 恥ずかしくなり見ないでほしい、ばかりに思わず身をひるがえそうとすると、手も腕も捉われた。

 

 「わかったか?」

 

 問いかける唇は、耳に触れるほど近い。そういうと、レオは優しく微笑んだ。


 (でも、いつから……?)

それは今の紗良にはわかりかねた。

 そもそも傾向があったとて、思い違いだと考えていたので、いまだ鼓動は落ち着かぬままだ。

 

「それで、返事は――」

「でも、今きいたばかりで、何も心の準備ができてなくて」

「じゃあ、ダメなのか?」

「そうじゃないけど――」

「決定?」

「もう!」

 何が何でも、離さないといわんばかりに捕らわられ、その行動に混乱する。

 

(ちょっと、待って。いや、でも私はレオのことが好きだから……?)

 

気持ちが追い付く間もなく、レオは紗良を強く抱きしめ、肩に顔をうずめていた。

 

「決定だな」

「う……」

 

やたらと強引に進めてくるが、否定はできない。

 恥ずかしさに顔を向けられず、ただ背中に手を回した。

 断る理由はない――ずっと想っていたことだし、もしも叶うならば、と淡く思っていた。

  

「よろしく、お願いします……?」

「なんで疑問形なんだ」


 信じられない展開なので、いまだ懐疑的かいぎてきになるのは止むを得ない。

 とにかく、騒がしいこの気持ちがしばらく落ち着くまで、こうしていたかった。


 ――だがそれも、自分の思考思惑とは違う方向へと進んでいく。

 

 ふいに後頭部に回された手に、気をとられてしまった。

 ゆっくりと秀麗な顔が近づき、視界が遮られる。

 

 唇が離れ、やがて――キスされたのだ、とじっくりと状況を飲み込む。

 微動だにできぬまま、再度重なり息継ぎをする間もなく、触れた唇には微弱な電気が――体を、背筋を、駆け抜けていくようにも思える。

 

 体が燃えるように熱く、だがどうも離れがたいとも感じていた。


  やっと再びの唇が離れた時、紗良は眩暈を覚え――いよいよ赤くなった顔で、レオナルド王子を睨むように、そして恨むように見上げた。

 

「これで確定だな」

「もう!」


 熱い頬を冷えた夜風で覚ましながら、紗良は遠く輝く――果てしなく続くこの異世界の空を見上げた。

 

 

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