第6章 歴史的な記述

「妹いわく地獄耳でね。それにたまたま、といいたいが……ここではいえない、重要な話がある。少し、俺の部屋にきてくれないか」

レオナルド王子は真剣な面持ちで紗良を見やった。


 そういわれ紗良は再び、レオナルド王子の部屋にきていた。

落ち着いた色合いの部屋に似合った、上質な黒皮のソファーに腰かけると、向かい側のレオナルド王子へと向き合った。

 

「あの、お話とは?」

「まず、話す前に隣の部屋は俺の兄、エドの自室だ。あいつがこの部屋にきたら厄介なことになる。それを踏まえたうえで、これから俺がいうことに対して、大きな声を上げないようにしてくれないか」

「あ、はい……」

「まだ一部にしか告知されていない。内密の話だから、この部屋の外にでたら他言はしてくれるなよ?だがこれは、決まったばかりの話とはいえ、お前も知っておいた方がいいかと思ってな」


改めて念を押され、紗良は困惑した。

 むしろ、そんな重要な話なら聞いていいのだろうか、と頭をよぎった。


 「知ったら殺される、なんてことは……」

 「……この情報は、そこまでではない」


(……

 一瞬、その言葉を疑問に思いつつ、紗良は言葉を待った。


 「聖女と俺の兄エドが、婚約することになった」

 「え」

 そういわれ、紗良はまさに石のように固まった。

 じわりじわりと、婚約という言葉が脳を侵食していき、紗良はパニックに陥った。

 

 「えええええええーーーーー??」

 

 慌てて、レオナルド王子が声をひそめながらも腕をつかみ、引っ張ると紗良の口に手を当てた。

『叫ぶな、さっき隣にエドがいるっていっただろうが。なんのために人気がない場所選んでると思ってるんだ』


 耳元で静かにいわれ、紗良は思わずレオナルド王子を見上げた。

 

(でも!だって!葵が!?)

『その表情はでもだって、といいたげだな?とにかく落ち着け』

(なんでわかったの!)

 

 そう紗良がツッコミを入れると、部屋の扉が勢いよく放たれた。


 「レオ!どうしたんだ!?なんかさっきから変な声と音が――」

 いわれ扉の方を見やると、声の主は、まさに話題となっていたエドワード王子だった。

 

 ――何やっているんだ、君たち?という表情で紗良とレオナルド王子を凝視してきた。

 そのまま静かに時が流れ、エドワード王子は空咳をひとつしたかと思うと、大きく頷いた。


 「レオ、邪魔してゴメンな?ノック忘れてたよ」

笑いをこらえるように、エドワード王子はそっと扉を閉め、去っていった。

 レオナルド王子はそれみたことか、とばかりにため息をついた。

 

「……隠し立てする必要がなくなったな、もう騒いでも問題ないぞ」

 

 どうでもいい、むしろどうにでもなれ、という疲れた面持おももちで、レオナルド王子は紗良の口から手を離した。

 「ごめんなさい……、でも!」

 それを合図としたように、紗良はレオナルド王子に詰め寄った。


「葵が婚約?噓でしょう!?早いわ!」

 

 葵は高校生だ、といってもこちらに恐らく高校はないのだろうが――まだ早すぎる、なぜ急にそんな展開になったのか理解が追い付かなかった。

「早い?……って婚約までの期間のことか?それは俺も同意だが。ともあれ、お前たちは友達なんだろ?会えないままで互いの近況を知らない、というのは流石にかわいそうだからな。で、聞きたいことはあるか?」


 視線がまっすぐに紗良を捉えた。

 ふと我に返り、距離の近さに顔を赤らめると、紗良は少し下がりコクコクと頷いた。

 どちらかというとなぜだか胸が騒がしいのだが、きっとこれは葵のことを今しがた聞いたからだろう。


 「どうしてそうなったんですか?」

 「これがまた、互いに相思相愛のようでな。――もともと歴史上、聖女召喚の時期がかぶる適齢期の王子と王女は、婚約者を確定しない。いままで、ずっとそうだった。それは、過去の例から遡るに互いに恋に落ちやすい傾向があるということだ。今回はエドが、そうだった」

 「……歴史の記述通りに、葵とエドワード王子が一目で恋に落ちた、と……いうことでしょうか」

 「そうだ」

 「あなたは違った?」

 「しつこいぞ。いずれにしても聖女の仕事の後に、エドと聖女の婚約お披露目パーティーでもするかもしれんがな」

 「そのときに葵に会えますか?私も」

 「……ああ、念を押すが結界の仕事が終われば、だ。婚約パーティーまで待たずともすぐに」

そう語るレオナルド王子の表情は曇っていた。

 

 「でも気になっていたのは……結界、ってそんなに時間がかかるんですか?どうして今は、まだ葵に会えないんですか?」

 「あの後で俺も独自に調べたんだが、……お前たちを会わせるべきでない、と結論として俺も思う。ただ正直、それが正解かともいいかねる」

 「それはなぜでしょう……」

 「お前は……聖女を大切に思っているか?」

 「そう思っています」

 「――では聖女のために、お前は死ねるのか?」

 

  その言葉に、紗良は戸惑った。

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