拾参話 ハルカ 『未来が視える女の子』


―――


 はじめまして。


 アナタに、ワタシはどう見える?

 きっと、話しやすい相手……幼い少女のように、見えているかしら。


 ふふ、やっぱり。


 だってワタシは、アナタの味方だから。


 アナタの望むコト。アナタが成し遂げようとしているコト。アナタの願い。

 それを共にする、味方。


 名前?


 うーんと……。


 それじゃあ、ハルカ、っていうのにしておこうかな。

 いい名前でしょ?ハルカ。

 これからも、よろしくね。


 ……十二の怪談を、集めたんだね。

 ワタシが話すのが、拾参。


 今までも何人か、こんな風に怪談あつめをした人間はいるよ。

 けれど、ワタシの姿を見るコトが出来たのは、ほんの一握りだけ。


 信じる心。願う心。這い上がろうとする気持ち。

 そういう強いものがないと、ワタシの姿はきっと見えないの。

 ……ワタシも、嬉しいよ。アナタと出会えたコト。


 さあ、じゃあお話しようかな。


 怪談あつめ……ワタシも、仲間だから。ふふふ。


 じゃ、聞いていてね。



 「未来が視える女の子」のお話。



 ……どっこいしょ。


―――


 ミツちゃんはね、昔……この場所がまだ村だった頃に、ここに暮らしていた女の子なの。

 ミツちゃんは、とても不思議な女の子だったんだ。



 彼女は、未来が見える女の子だったの。



 とはいっても、何が起きるのか具体的に見えていたわけじゃなかった。

 例えば……そうね。

 お家がね、赤く見えたりとか。壁や屋根、柱なんかの全体が普段より、赤みを帯びて見える時がある。


 そういう時は、近い将来……そのお家が火事になったりしたんだって。


 つまり先に起きる事件や事故が、ミツちゃんの視界に情報として現れてくるの。色や、形質……そういったものがいつもより変わっていたり、歪んでいたり見える時がある。

 そういう時は、なにか悪いコトが起きる前兆だったのよ。ミツちゃんはまだ小さな女の子だったから、無邪気にそれを両親や友達に伝えていたんだけれどね。


「あの人の足、なんであんなに曲がっているの?」


 ミツちゃんが指さしてそう言った人は、必ず近いうちに足を怪我していたというし。


「なんか地面がぐねぐねして見えるよ」


 なんて言えば、地震がすぐに起きたらしいし。


 ……そして、こんなコトもあったの。


「あの人のお顔、真っ白で元気ないね」


 これは……どういう意味だと思う?


 そう。


 ミツちゃんがそう言って指さした人は、急病を患って亡くなってしまったのよ。


 

 未来予知、なんて風に言えばいいのかしら。

 ミツちゃんの持つ力は、次第に両親や近所に住む人々……やがて村中に知れ渡っていったわ。

 昔の話だから、その力を信じる人も多かっただろうし、実際信じるしかないくらいミツちゃんの予知は的中していたわ。

 そんな力を持っている人間は村中から迫害されて村八分に……なんていうのがよく聞く話だけれど、村の人々はむしろ、ミツちゃんの存在を有り難がったのよ。


 だって、ミツちゃんが見えているものは絶対ではなかったから。


 どういうコトかって言うとね。


「おじさんの手、真っ赤っかに見えるよ」


 なんてミツちゃんに言われた人は、その後数日間は特に手の怪我に注意して過ごすようにするの。

 大工や庭師なんかの危険な仕事をしている人は特に、ミツちゃんの力を真剣に聞いていたそうよ。

 するとね、何日かしたらミツちゃんはにっこりして言うの。


「おじさんの手、もう赤く見えないよ」


 そう言われればホッ、と胸を撫で下ろしてまた普段通り仕事に取りかかるコトができるの。

 逆にそう言われてもミツちゃんのコトを信じず何も注意しない人なんかは、本当に怪我をしちゃったりしてね。


 つまり、ミツちゃんの予言はしっかり注意をすれば回避をするコトができたの。

 だから周りの人は真剣にミツちゃんの言うコトを聞いたし、彼女の見るものをとても有り難がっていたわ。一部では神の使い、なんて呼ぶ人もいたりしてね。


 まあそんなわけで、ミツちゃんの眼はとても神聖なもので、とても有り難いものだと村の人々は思っていた。

 だから特段、このコトでなにかトラブルがあったり嫌な事件があるわけでもなかった。


 村人達はミツちゃんの眼を信じ、災害を免れ、事故を防ぎ、そして彼女をとても可愛がり、有り難がったわ。


 ……これでお話はおしまい。

 と、したいのだけれど……そうはいかなかったの。


 ミツちゃんがね。

 ある日両親に……こんなコトを言い始めたんだって。



「おとうちゃん、おかあちゃん。どこかでたき火でもしているのかな?」



 父親と母親は、首を傾げたわ。

 だってそんな匂いもしなければ、辺りに煙も一切見えなかったのだから。


 だからミツちゃんにこう聞き返したわ。


「どうしたんだい、ミツ」


 するとミツちゃんは、言うの。


「だって全部、真っ白にくもって見えるの。お空も、森も、村のお家も……全部、白い煙が隠しちゃうみたいなの」


 …………。


 その日はとてもよく晴れた、夏の日だったというわ。

 

 両親は、またミツちゃんの見えたものがなにかの未来の予知だと確信した。

 けれども、それがなんなのかはよく分からなかった。

 怪我をする人はその場所が血の色に見えたり、歪んで見たりしたし災害には災害なりの見え方のパターンがあったわ。

 けれども今回の……。


 「視界の全てが曇って見える」というミツちゃんの言葉は、いまいち理解ができなかった。


 大火事が起きる、と最初は思ったそうなのだけれど季節は夏よ。

 空気は乾燥していないし、生活で火を使う機会は冬に比べて少ない季節。それなのに村全体を覆い尽くすような大火事が起きる……だなんて、流石に信じられなかった。

 

 まあそれでも、一応ご両親は村長を含めて村の人々にそれをしっかりと伝えたそうよ。

 村人達は火の扱いに十分注意したというし、火消し番は人数を増やして警戒にあたった。


 けれども……。

 ミツちゃんは、言うの。



「おとうちゃん、おかあちゃん。煙がどんどんもくもくしてきて、周りがよく見えないの」



 これだけ警戒をしているのに、ミツちゃんの見える「煙」は色濃くなっていく。

 相変わらずの夏の晴天の日、両親や村人は頭を悩ませながらあれこれと試行錯誤したわ。


 だけど、駄目。


 ミツちゃんは日に日に煙が濃くなると言うばかりで、次第にミツちゃん自身も自分の見えているものに怯え始めてきた。


「おとうちゃん、おかあちゃん。こわいよ。さみしいよ。もうおとうちゃんとおかあちゃんのお顔も、煙で見えなくなってきたの」


 ……まるで視界を閉じられたように、ミツちゃんは周りが見えなくなってきていた。

 手を前に出して探るように歩き、一寸先の茶碗のご飯すら見えずに持てない状態になっていて……。彼女は、眼が見えなくなったのも同然になってしまった。


「なにも、なにもみえないよ。真っ白だよ。こわいよ。おとうちゃん、おかあちゃん」


 ……両親も、村人も、ミツちゃんにどんなものが見えているのか分からない。

 ただ空虚に視界を彷徨わせて、なにも眼に捉えるコトができない彼女を見ているのは本当に辛かったと思うわ。

 ……そして、その見ているものに対する恐怖も、どんどん強くなっていった。

 彼女が見ている「真っ白な煙」が一体なんなのか。それが分からないまま、時は過ぎていき……。


 そして、この村に事件が起こったの。


 

 村人がね、全員、消えてしまったの。



 ミツちゃんも、両親も、村人も……全て、全て。


 

 昔のお話だから……半分は、伝説みたいなものね。

 けれども、伝えられているところによると、一度この村の住人は……一人残らず、どこかに消えているの。


 神隠し、って知っているかしら。

 神がその力で人を不可解な形で突然消してしまう現象……。到底それは人間に起こせる事象ではなく、神聖な力によってでしか説明できないような人の消え方。


 それが……かつてこの村で起きたのよ。それも一人や二人ではなく……村人、全てが。


 畑仕事をしていた鍬や、大工仕事の道具なんかはその場に置きっぱなし。

 飯を食べていたであろう茶碗や箸はそのまま。

 ……着物や履き物すら置きっぱなしで、人が何処かへ消えてしまっていたそうよ。


 そしてその行方は誰にも分からず、この村は一度、消滅してしまった。

 建物や人の匂いだけ残し……人間が全て消えるという形で。



―――


 ミツちゃんが見ていたものは、最後まで分からなかった。 

 ただ……彼女の見ていた「白い煙」がもしも村人全てを消してしまっていたのなら。

 そしてそんな不可解な事象が、村……いいえ、この町の全てを飲み込み、人を消してしまっていたのなら。


 ……ふふふ。アナタなら、ワタシの言いたいコト……分かるわよね。


 これでワタシのお話はおしまい。



 怪談あつめ、もちろん……まだ、続けるわよね?


 いっぱい……この場所にまつわる怖い話を話してくれるお友達、見つけたんだよね?



 次はね……。



 『七不思議』をあつめてみてね。



 そうしたらワタシはまた、アナタのところに来るから。



―――

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