愛犬がエルフ!?

大和タケル

第1話 序章〜美しいエルフとの遭遇

 モグ、モグ、モグ……ムムッ!?


「今日の海鮮カレーはマジうめぇぇ~!! 海斗も早く食ってみろよ!」


 とある会社の昼下り、僕は社員食堂で同僚の海斗とカレーライスを食べている。


「なぁ航平、俺の彼女から聞いたんだが、総務課に沢村さんっているだろう?」


「うん、ミス氷見の美人さんだろ!」


「あぁ、その美人さんがだ、お前に気があるんだってよ!」


「ふ〜ん……おっ、この白エビ最高!」


「ふ〜んって、お前! ミス氷見だぞぉッ! もうちょっと喜ぶとかさぁ〜、と言っても航平には無理かあ……。背も高いし、顔もまずまずなのに、本当にもったいないヤツだなぁ〜!」


 女の話に目もくれず、海鮮カレーを食べている僕は川村航平二三才。北陸の片田舎に住む平凡なサラリーマン。そして、僕の向かいに座り、口うるさく言っている彼は上村海斗。会社の同僚で幼なじみ。人には言えない僕の秘密も知っている。

 その秘密とは……ペットの犬を愛している事。言葉通り、犬LOVEだ!

 だから、恋人はいないよっ! なぜなら僕にはチャコちゃんがいるからぁっ!!


・・・・・


 チャコが生まれたのは三年前。両親が飼っているメスのトイプードルが仔犬を産んだ。

 どうやら、いつも連れて行くドックランで、いつの間にか種付けされていたらしい。

 そして、母犬は三匹の仔犬を産んだが二匹は死産。唯一生き残ったのが、僕の愛犬チャコちゃんだった。


 僕は今まで犬は普通に好きではあったが、両親が母犬を溺愛していたので、その反動だろうか、そこまでの興味は無かった。

 しかし、チャコが生まれた時に何かが弾けた。


 ズキューン!!


 小さな体で目をウルウルさせ、こちらを見つめる姿に、ハートを撃ち抜かれてしまったのだ。僕は両親に宣言した。


「チャコは僕が面倒をみるっ!!」


 その日から、チャコは僕の愛犬になった。


 幸い大学は県内にあり、僕はその日の講義が終わると、両親に買ってもらった中古の軽四を走らせチャコに逢うため急いで家に帰る。

 家に着くと裏山へ行き、チャコとまったり散歩するのが僕の日課になっていた。

 そして、社会人になった今でも、それは続いている。

 働き始めて一年ちょっと。職場には僕に好意を寄せてくれる女性がいる様だ。

 しかし、僕のチャコ愛を知っているのは、職場の同僚で幼なじみの海斗だけ。

 もし、海斗がその女性に僕のチャコ愛をバラせば、変人認定され、会社の女性陣から総スカンを食らうだろう。


 それはさて置き、僕が働いている会社は鉱物採掘に使うショベルカーを作っている世界へ誇る大企業。故に給料はそこそこ良い。美人さんも多くて、大抵の社員は職場結婚をしているみたいだ。 

 もしもチャコがいなければ、僕も月並みな人生を送っていた事だろう。


 しかしこの夏、僕のチャコ愛を大きく狂わす事件が起きた。


・・・・・


 ある金曜日の夕方、仕事から帰った僕は、いつもの様にチャコと裏山へ散歩に出掛けた。

 裏山の頂上には小さな公園があり、そこのベンチに座って、縫いぐるみのような薄茶色のフワ毛を撫でながらチャコとお話しをする。


「チャコちゃん、だいぶ毛が伸びちゃいましたねぇ〜! 明日はトリミングでも行きまちゅか?」


 ワン、ワン!


 チャコに話が通じたのか、ワンと返事が返ってくる。おまけに尻尾は高速回転し、喜びを全身で表現している。

 最も癒やされるチャコの仕草だ。


 続いて袋からおやつを取り出すと、尻尾の回転速度が更に上がる。


 ガリガリガリ!


 美味しそうに食べるチャコ。


 ハァぁ〜、見ているだけで癒やされるよぉぉ〜!


 何時間でもこうしていたい。だけど、辺りが暗くなってきた。


「チャコ、そろそろ帰ろうかぁ?」


 ワンッ!


 僕がベンチから立ち上がろうとした時だった。突然、目の前の空間に魔法陣が浮かび上がり人影が……。次の瞬間、そこから人が倒れてきた。


 ドサッ!


「な、何だぁっ?」


 突然、目の前に人が現れるという超常現象に驚くが、今はそれどころではない。人命救助が先だ。

 僕はとっさに声をかける。


「大丈夫ですかあっ!?」


 ワン、ワン!


 急いで駆け寄った僕とチャコが見た人は、長い銀髪に透き通るような白い肌。妖精の様な服を纏い、美しく気品のある顔立ちの若い女性。そして、腰にはレイピアを帯刀している。

 ただ、耳が、耳が、エルフ耳ぃぃ!?


「ハァ……ハァ……」


 僕は荒い息づかいの女性の頭を地面からそっと抱き起こす。すると、ぬめっとした感触が手に伝わる。

 僕の手には真っ赤な血糊がべっとりと付いていた。そして、背中には大きな刀傷があり、大量の血が流れ出している。

 いったい、この人に何があったんだっ?


 僕は気が動転して何度も呼びかける。


「お嬢さん、お嬢さん、大丈夫ですかッ?」


「クウ〜ン」


 チャコも女性の頬をペロペロなめる。

 すると、女性の目が微かに開き、僕を見て何やら呟いた。


「あ、あなたは地上の方ですか?」


「は、はい!?」


「ち、地上が狙われています。追手の魔人が直ぐそこに!」


「ギヒッ!」


 不気味な声と共に、黒いフードを被った男が林の中から飛び出した。そして、剣を抜くと、いきなり僕に襲いかかってきた。


「死ねェェェ〜〜〜!!!」


 突然、目の前に現れたフードの男。そして、唐突に振り下ろされる剣。


「ひ、ひぇぇぇぇぇ〜!?」


 とっさの事態に僕は動く事もできず、ただ悲鳴を上げるだけ。そして、もう駄目かと思った瞬間、チャコが男の腕に噛みついた。


 ガブッ!!


 突然の不意討ちに男が剣を落とす。


 カランッ、コロロンッ!


「ちぃッ、クソ犬めぇぇ!」


 ガルルルッ!


 チャコとフードの男が睨み合い、次の瞬間、チャコがキバを剥き出して男に飛びかかる。

 しかし、チャコのキバは男に届く事は無かった。なぜなら、懐から出した男の短剣が、無惨にもチャコの腹に突き刺さっていたからだ。


 キャィィ〜ン!


 チャコは腹に短剣を刺されて地面に転がり、ピクピク痙攣している。


「チャコぉぉぉぅ〜〜〜!」


 僕は男が落とした剣を拾い上げると、フードの男へ突進した。


「キサマぁぁぁぁ〜〜〜!!!」


 ザクッ! ズブズブズブゥッ!


 剣は無防備の男の腹に突き刺さり、僕は怒りに任せ、刃を根元まで押し込んだ。


 ギィェェェッ!!


 男は断末魔の叫びを上げると、血反吐を吐いて地面に倒れた。


 僕はすぐさまチャコに駆け寄り、抱きかかえて腹に刺さった短剣を抜く。すると、腹から溢れる様に血が出てきた。僕は腹に手を当てて、流れ出る血を何とか止めようとするが全然止まらない。


 クゥ〜ン……。


 チャコが弱々しい声を上げる。


「チャコォ……死なないでくれぇぇえ!」 


 だんだんと息が小さくなっていくチャコを抱え、どうすれば良いかも分からずに、僕は大きな声で泣き崩れる。

 すると、側にいた瀕死のエルフ耳の女性が、弱々しい声で僕に言う。


「ご、ごめんなさい……私のせいで……」


 女性の瞳から一筋の涙が流れ落ちる。

 僕は怒りをどこへぶつけて良いかも分からずに、無言で女性を見つめる。


「わ、私はもう助かりません! それに、その子も残念ながら……。ですが、エルフ族に伝わる秘術を使えば、助かる……かも。ハァハァ……もう時間がありません。よ、よろしい……ですか?」


 もう訳が分からない。チャコさえ助かるなら何でもいいっ!

 僕は即座に頷いた。


 すると、エルフの女性は、息絶えだえに呪文を唱え、最後に大きな声で叫んだ!


「反魂秘術、生者の契りィィッ!」


 すると、エルフの女性の体が発光して粒子に変わり、やがてひとつの大きな光の玉となった。そして、ゆらゆらとチャコの方へ向かっていくと、ストンとチャコの身体に入っていった。

 その後、光の玉が入ったチャコの体は、みるみる生気を取り戻し、刺された傷跡もいつの間にか消えていた。


「チャコぉ〜! 大丈夫かぁ〜!?」


 ワンッ!


 チャコは一見、何事も無かったかの様に見える。

 しかし、地面にはエルフさんの血が大量に残されており、先程の出来事が現実だった事を物語る。

 また、いつの間にか男の体は消え失せ、残されたフードの上には小さな黄色の宝石が一つ落ちていた。


 辺りはすっかり暗くなっており、ソーラーライトの街灯が静かな公園を照らしている。

 あまりの衝撃的な出来事に、僕はその場にしゃがみ込み、ぼう然と佇む。傍らにはチャコがきて、僕の腕を舐めて気遣ってくれている。

 ようやく落ち着きを取り戻し、僕は側に落ちている剣を拾い上げる。

 暗くてよく見えないが、刀身が黒光りしていて巨大なカーボンナイフの様。僕は本物の剣など持った事はないが、ずいぶんと軽く感じる。

 また、残されたフードと宝石、剣の鞘、そして、エルフさんの妖精服とレイピア。取り敢えず、僕はフード以外の物を持ち帰る事にした。


・・・・・


 いつも通り何事もなかった様に家に帰り、家族での夕食を済ませると、僕は頭を整理するため自分の部屋に籠もった。


 今日の出来事は夢だったのだろうか……?


 色々と考えながら、今晩もチャコと一緒に布団に入る。


「おやすみ、チャコ!」


 ワンッ!


・・・・・・・


 翌朝。


「う、う〜ん」


 いつもと違う、柔らかい何かが腕に当たる感触で目が覚める。これは何だろうと思い、柔らかい何かを手で掴む。


 ムニュ、ムニュッ!

 

「えええっ〜! これは、おっぱいぃぃ〜? そして、あんた誰ぇぇぇ〜!?」


 見知らぬ顔の綺麗な裸の女性が、僕の腕に抱きついてスヤスヤと眠っていた。



【第1話 序章〜美しいエルフとの遭遇 完】


✒️✒️✒️ チャコエルフのイメージ画像

https://kakuyomu.jp/my/news/16818093081769011227

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