第25話 海王水の操者


『ふん、死ぬが良い。』


「リヒドっち!そろそろキツイかもしれないっす!」


「耐えろ、お前が崩れたら全員死ぬ。」


海王ホープスと戦うのは剣神リヒド、代天ホーシン、テスラの3人。だがその戦いは劣勢を極めていた。


(想像以上に、奴の操る海王水が厄介だ。かすりでもしたら全身を侵食されるくせに、とんでもない物量。下手に攻撃できない。)


海王ホープス、奴の操る権能は魔力濃度99%の水を出現・操作するものである。魔力濃度99%の水、その名は海王水と呼ばれ、触れただけで全身の細胞を一瞬で破壊され、武器で触れたら一瞬で溶解する劇毒である。


そんな海王ホープスは、海王水を大量に出現させ、圧倒的な物量にて攻撃する。その範囲は尋常ではなく、海王水の矢や槍などで狙撃もしてくるため、ホーシンのとあるユニークスキルが無ければ全滅しているところだ。


「ホーシン!あと何分持つ!!」


「20分っす!それ以上は無理っす!」


SSランク冒険者、代天ホーシン。自身が作成したカタシロと呼ばれる人形の紙に攻撃やデバフを肩代わりさせたり、カタシロに込められた魔力を使って魔法を発動したりする【代天】と言うユニークスキルを扱う。リヒドが海王水を突っ切ってホープスに剣を繰り出せているのにはそこに理由があった。


(私、、、完全に足手纏い、、、)


ホーシンの頑張りと、リヒドの空間や時間ごと切り裂く超絶剣技のお陰でホープスが段々追い込まれる中、テスラは惨めな思いをしていた。自分が誇るアスフィーの魔法と、魔力量を活かした高火力魔法を海王水で容易に飲み込まれたテスラは、ホープスとの闘いにおいて役立たずになっていた。


「《断剣》」


『ぐはぁっ!?』


海王水の滝がリヒドに落ちる。しかしそれはカタシロへと肩代わりされ、滝を発動させた隙だらけのホープスに剣神が誇る超絶剣技を繰り出して両腕を切り飛ばす。


SSSランク冒険者、剣神リヒド。細かい魔力操作も、絡め手のユニークスキルも何も使わずただの剣の技量と圧倒的なステータスのみでSSSランクまで上り詰めた正真正銘の剣の神である。


(テスラ、一つ賭けをしないかい?)


涙があふれる寸前のテスラの脳内に、アスフィーが話しかける。その内容はいつもふわふわしてるアスフィーからは想像出来ない厳かな声音だった。

 

(成功すれば確実に勝てる。失敗すればテスラは死ぬ。どう?乗るかい?)


答えは、一つ。テスラは絶望の闇の中に垂らされた一本の救いの糸を掴むように、力強く頷いた。


『《海王水龍》!!』


リヒドの超絶剣技により大ダメージを負ったホープスは、自身の奥義を発動させる。それは海王水によって形作られた巨大な龍であり、この巨龍が放つ水ブレスはまさに死のブレスである。


「《雷連剣》」


この場においても最も危険であるリヒドに向かって放たれる水ブレス。しかしそれはリヒドが放った1秒間に数千回の斬撃を放つ雷連剣により全て切り裂かれる。


「《豪剣》」


ホープスは完全遠距離型の魔族。故に近接戦闘は弱く、懐に入られたらほぼ確実に攻撃を喰らう。そして今、リヒドはホープスの懐にて剣を引き抜いた。


『ぐああぁっ!!??』


リヒドによって放たれる超絶剣技の一つ、豪剣はホープスの肩から腰までをざっくり切り裂く。ウロボスほどではないにしろ、こいつも大魔族の一体。再生能力はずば抜けており先程切断した両腕は元通りになっている。


だが、海王ホープスは大魔族。故に一部の強大な大魔族にだけ使うことを許されたあの奥の手が存在する。それは、長い間戦争をしてきたリヒドは分かりきっている。故の警戒、しかしそれは意味を為さなかった。


『クックック、リヒド貴様。我の魔能解を警戒しているな?』


「、、、」


『答えぬか、まぁ良い。ならばお望み通り見せてやろう。我が300年の集大成を!【魔能解】!!』


海王ホープスは高らかに叫び、大魔族の奥の手を発動する。その瞬間周辺の魔力濃度が増加し、黒い煙がホープスを包み込む。


ここまでは想定通り、リヒドはホーシンのカタシロがあるならば魔能解を使ったホープスでも対処できると考えていた。だが違った、奴は、300年を生きた大魔族はさらに一つ上のステージに至っていた。


『神域展開【海魔王禅】!!』


その瞬間、変化する景色。そこは夏の暖かなビーチのような場所で心が和む風景を醸し出していたが、その海を形作るのは散々苦しめられた海王水である。そして、砂浜に立つのは額に大きな黒い紋章を浮かべたホープスである。


「驚いた、まさかここまでの術を会得しているとは、、、」


リヒドは感心する。ホーシンとテスラは絶望する。だが三人が共通して思ったことは、ここまでの術を使える魔族だなんて、聞いていないという所だ。


神域結界。自身のユニークスキルを媒介として結界を張る手段。この中では媒介にしたユニークスキルは威力が超強化され、必中効果がつく。ステータス面でも強化が施され、今のホープスは果てしない強さまで膨れ上がった。その発動難易度は困難を極め、ユニークスキルの必中という利点と釣り合いが取れる難易度である。


「ホーシン、カタシロは残りいくつある?」


「150ってとこかな。正直心もとないよ。」


「いや、充分だ。それだけあれば奴を斬り殺せる。」


リヒドはそう言い切って、再び剣を構える。その口元はニヤついており、隠していていた戦闘狂が溢れ出てしまっている。


『【海王水龍】!』


どこまでも続くような海王水によって作られた海から海王水龍が6体出現する。そしてそれは一斉に、リヒドに向けてブレスを放つ。


「勝負!!」


リヒドは剣を振るう。何千、何万、何億と振ってきた剣はリヒドを決して裏切らない。リヒドは数十年の戦いの相棒を振るい、自身に襲い来るブレスを全て斬り伏せる。


『舐めるなよ!人間ッ!!』


ホープスは海王水の海の上に滞空してる状態から右腕をこちらに翳し、神域結界特有の必中効果をフル活用する。


「ぐっ!?」


ホーシンはうめき声を上げ、激痛を催す左足を見る。そこには海王水で象られた魚が噛みついており、カタシロが無かったら今頃海王水に全身を蝕まれていたところだった。


「ホーシン!ここじゃ攻撃は必ず当たる!避けるのではなく違和感を感じた瞬間振り払え!」


リヒドは50年もの間、戦地を駆け巡ってきた正真正銘の英雄。故に神域結界の対応も知っている、その対応とは回避ではなく防御。必ず当たるといっても術が発動した瞬間振り払えば防御可能なのだ。


『その程度で、我の神域を抑えられるとでも?《海王水魚群》!!』


バシャン!という音と共に海王水の海から数百、数千の海王水魚が飛び出す。その全てが必中効果と一撃アウトの性質を兼ね備えている。


そこから始まったのは、ただの虐殺である。数千の海王水魚がリヒドやホーシン、テスラをひたすらに貪り、カタシロの数をどんどん減らしていく。10分が経つ頃には、カタシロはもう20個しか残っていなかった。


『ハッハッハッハ!!!!これが我の真の力だ!思い知ったか人間!!』


ホープスは高らかに叫ぶ。みずからを肯定するかのように、眼の前のボロボロの人間たちを見下すように。


リヒドはカタシロの恩恵内から外れた瞬間、海王水にほんの少し蝕まれたせいで左腕が動かなくなり、ホーシンはカタシロの制御を行うせいで極度の疲労状態。テスラも海王水魚に喰われすぎたせいで魔力が大量に減ってしまった。


(あと、あと少しなんだ、、、)


そんな、絶体絶命の中、テスラは諦めていなかった。残り少しで発動可能の一か八かの賭けに、全ての望みを掛けているのだ。


そして、この場にはもう一人、未だ諦めない剣士がいた。


「テスラ、その目、何か策があるんだな?」


「え、えぇ。」


「なら、俺が奴の隙を作る。見逃すんじゃないぞ!!」


リヒドは右腕だけで剣を握り直し、再度突進する。その速度はもう一段階上のギアに入り、まだまだこちらに向かってくる海王水魚群を一気に蹴散らしてホープスへと直進する。


『哀れな人間、死ぬが良い!!』


「断るッ!!」


30もの数の海王水龍が出現し、リヒドへ大量の水ブレスを放つ。だがその全てがリヒドの振るった一閃により蹴散らされ、そのざんげきがホープスの頬を少し切り裂く。


「《断空》!!」


空中へ飛び上がったリヒドは、スキルを発動しながら剣を振り下ろす。放たれる斬撃は空間を斬りながら進み、ホープスを覆う海王水の鎧を破壊する。


『死ねェッ!!!!』


「ぐぅっ!?」


テンションが最高峰に上がっているホープスは、自身に傷をつけたリヒドに激昂して200を超える海王水魚群を展開する。


リヒドは剣を一閃し振り払おうとするが、数体ほど防ぎきれず腹部に二匹、両足に一匹ずつ噛まれてしまい、剣を地面に落としてしまう。そのせいで、一瞬動きが止まる。


『《海王水龍》!!』


海王水の海から水龍が10体ほど出現しリヒドにブレスを放つ。今の状態ならば迎撃は不可避、ホープスはそう踏んで一気に攻撃を放つ。だが、その認識は大きな間違いである。


「《裂空魔断》!!」


『ぐはぁっ!?』


剣を落としたことで攻撃が不可能に思われたリヒドは、なんと手刀でスキルを発動する。放たれた斬撃はブレスを掻き消し、油断しまくっていたホープスの右腕を切断して空中から地面に引きずり落とす。


「テスラァ!!行けェ!!!!」


リヒドの大咆哮、だがそれを言うまでもなく精霊の寵愛を受ける少女はホープスの懐に入っていた。


(私は役立たずになんかなりたくない!そのためだったら、人間なんて辞めてやる!!)


「【神格解放】!!」


刹那。


目を穿つ激しい光がテスラの全身から放たれる。その瞬間、神域の魔力濃度が一気に上昇し、まるで勇者の聖霊闘気のような強烈な圧を感じさせる。


神格解放。神という種族のものが行える自身の覚醒手段であり、自身の神格を一時的に引き上げる神の奥義。亜神であるアスフィーを魂に宿すテスラにしかできないこの場面の唯一の打開手段である。


「『一気に行くよ。』」


テスラの背中には、2対の4枚の白銀の翼が出現し、眼は金色に光り輝き、猫のような縦の線が入っている。


「『《創成》』」


テスラはそうつぶやくと、右腕をホープスに向けてかざす。ホープスは困惑しながらも海王水魚群を差し向ける。


(全てを飲み込むレーザー光線を。)


『なっ!?』


テスラに向けられた必中の海王水魚群は、テスラの右腕から放たれる碧色の極光光線によって掻き消される。そのままホープスへと光線は辿り着くが、ホープスは瞬間移動のような速度でそれを回避する。


「『《創成》』」


テスラは再度呟き右腕を翳す。すると海王水の海の上から砂浜に上がったホープスの四肢と首、腰を碧色の鎖が巻き付く。


(絶対に解けない鎖を。)


『魔力が、使えん!?』


「『《創成》』」


鎖で拘束されたホープスに、無慈悲に極光光線が放たれる。それはホープスをみごとに包み込み、砂浜を抉り取り大きな砂嵐を引き起こす。


『か、かはぁっ、、、』


土煙が晴れると、そこには全身を大火傷に晒し両腕と左足を欠損させ、息を大きく乱したホープスの姿があった。


『こん、な、ところ、で、、、我、が、、、』


ホープスは最後にそう言い残し、砂浜に倒れ込む。その瞬間穏やかなビーチのような空間は解除され、元の視界に戻る。


その時、テスラの脳内にアナウンスが響き渡る。


【神格の解放を確認。個体名テスラ・フォン・ラインハルトを下級神と認定します。】


【アルティメットスキル《創成》を獲得しました。神名創成神を獲得しました。】


◆◆◆◆◆◆◆



《創成》


膨大な魔力を消費することで望む通りの事象・物体を創るスキル。創成神以外の者に使用は不可。



◆◆◆◆◆◆◆


「『あ、、、』」


最後にそんなアナウンスを聞き取った瞬間、テスラは地面に倒れ込む。アルティメットスキルの使用のせいで魔力はとっくにすっからかんなのだ。故にテスラの意識は闇へと沈んでいくのだった。























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