第2話

5月31日茂津邸


茂津邸は郊外に建つ大きな一軒家であった。塀に囲まれた大きな門をくぐると広々とした庭には母屋、真新しい見た目の小さな二階建ての家、そして古ぼけた蔵があった。蔵の前には大きく古そうな機械が持ち出されている。どうやら無線機のようだ。表面には綿埃が積もっておりつい最近まで仕舞ってあったのだろう。処分するつもりなのだろうか。

長良治「すみません。茂津雄吾氏はいらっしゃいますか?」

インターフォンを押して呼び掛けるとすぐにドタドタと足音を立てて玄関の扉が開かれた。三十代くらいだろうか、少し気の強そうな女性が訝しげな表情を浮かべ、その隣に立つ大柄な男は私を怪しむ態度を隠そうともしていないようだった。

呼子兼続「え〜っと……アンタどちらさまで?」

長良治「失礼しました。私、四月の末頃でしょうか、父に雄吾氏から今日会いに来るようにと言われて代わりに伺ったのですが」

私がそう言うと気の強そうな女性がゆっくりと口を開いた。少し安堵の表情が読み取れる。

茂津奏恵「そうでしたか…主人に呼ばれて来てくださったところ申し訳ないのですが…主人は先週息を引き取りまして」

長良治「それは大変失礼いたしました。ところで父が生前の雄吾さんに頼みたい事があると言われて今日伺ったのですが雄吾さんから何か聞いていませんか?」

茂津奏恵「さぁ…?」

彼女が首を捻っていると家の奥から眼鏡をかけた神経質そうなスーツ姿の男が現れた。

賀茂仁志「キミ、阿頼耶さんのご子息かい?」

阿頼耶というのは父の名前だ。私がそうだと答えるとそのスーツの男は安心したような顔をして続けた

賀茂仁志「ちょうど良かった。阿頼耶氏に連絡がつかなくて困っていたんだ。私は雄吾氏の遺言執行人でね、遺言は雄吾氏の奥さんである彼女、奏恵さんとマネージャーである呼子兼続さん、そして唯一の親友である長良阿頼耶さんの3人が同席した時に発表してくれと言われているんだ」

そう言うと彼は手に提げた鞄から一枚の封筒を出した。

それを見て気の強そうな女性、茂津奏恵は私の分のスリッパを出し玄関からすぐの部屋を手のひらで指した。

茂津奏恵「とりあえず応接間にどうぞ」

どうやら簡単な頼みではなさそうだった。

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