第8話 Side MA - 16(-6) - 8 - おまえとのこんやくをはきする -

Side MA - 16(-6) - 8 - おまえとのこんやくをはきする -



「おい、何してる、早く来い!」


「申し訳・・・」


「・・・黙れ!喋るな!」


俺の名前はイッヌ・ネッコォ、ローゼリア王国上級貴族、ネッコォ家の長男だ。


今俺はアリシア・ウンディーネ嬢の誕生パーティが行われている会場に居る、不気味なマスクを付けた婚約者をエスコートして・・・。


ここ数日本当に色々あった・・・パーティの5日前、突然家に王家の監査が入った、親父と妹のシーマは対応に追われ監査人が大量の箱を抱えて家を後にしたらしい、親父も一緒に連れて行かれ家に帰って来ねぇ。


翌日には・・・妹が大量の血を吐いて倒れちまった、以前から内臓の疾患とやらで医者にかかっていたようだがそれが悪化したと執事のジョーイフールが言っていた、何だそれ俺は聞いてねぇぞ!。


こんな状態だからパーティを欠席しようと思ったが妹がどうしても出ろと言うから仕方なく来てやった、今日はアリシア嬢と仲良くなるって目的もあるからな・・・。


パーティ会場に入ると俺達は注目を集めた、忌々しい俺の婚約者、マリアンヌのせいだろうと思っていたのだが・・・どうやらマリアンヌをこんな姿にした俺に対して冷ややかな目を向けているようだ。


改めて考えたらここはウンディーネ邸、パーティに招待されているのは殆どウンディーネ傘下の貴族か取引先だ・・・つまり俺の味方は誰も居ねぇ、何てこった!。


ざわっ・・・


俺達が会場に入って少し経ち、あまりの居心地の悪さに帰ろうかと思っていたら周りがざわつき始めた、何だろうと皆が注目する方に目を向けると・・・。


「なっ・・・王太子殿下・・・」


扉が開いて登場したのはウンディーネ当主夫妻と今日の主役のアリシア嬢、そしてこの国の王太子殿下とラングレー王国の王女殿下だった、王女殿下をエスコートしている凶悪な顔をしたいかつい男は確かシェルダン家の長男だ・・・。


どういう事だ?、まさか王太子もアリシア嬢を狙って・・・確かに身分は釣り合うしお似合いだ・・・だがその女は俺も狙っている、王族だからって好き勝手はさせねぇぞ!。


臣下の礼をする客に向けて王太子が口を開いた。


「皆、礼はやめて楽にしてくれ、私は堅苦しい挨拶は好きではない、今日はラングレーの王女殿下と一緒に友人の誕生日を祝う為に来たのだ、我々の事は気にせずパーティを楽しんで欲しい」


静まり返っていた会場が再び話し声で賑やかになった、待てよ・・・王太子は婚約者ってわけじゃなくてアリシア嬢の友人なのか・・・なら俺が彼女と結婚したら未来の国王とのコネが出来るな、悪くねぇぜ。


そんな事を考えていたら視線を感じた、目を向けるとラングレーの王女様・・・インフィニ殿下が俺をじっと見ていた・・・何だよ俺の顔に何か付いてんのか?。


少し癖のある炎のような赤い髪、透き通った淡いグレーの瞳、健康的な薄い褐色の肌・・・胸は貧相だが整った顔立ちに神秘的な雰囲気が漂う・・・王女殿下もすげぇ美人だよな・・・。


音楽が始まったから気が進まなかったがマリアンヌとダンスを踊った、客も皆自分の相手と踊ってる、マリアンヌが俺の足を踏みやがったぞ畜生、相変わらず不器用な奴だ!。


ぐしっ!


「あぅ・・・痛い」


「踏まれたから踏み返しただけだ、文句あるのかよ」


「うぅ・・・ぐすっ・・・」


「もうすぐダンスが終わる、俺は他の女とダンスするからお前は隅の方で大人しくしてろ、俺に近寄るな!」


そう言って俺はマリアンヌを置いて今日の目的であるアリシア嬢の居る方に向かった、他の奴らもダンスの相手を交代する為に会場に散らばり始めてるな。


王女殿下とダンスを終えたシェルダンの長男がマリアンヌが居る方に歩いて行きダンスを申し込んだぞ・・・おいおい物好きな奴だな、気のせいかそれを眺めてる王女殿下が悲しそうな表情してるし・・・もしかして彼女はあの筋肉モリモリマッチョ男が好きなのか?。


そんな事を考えてると一人残された王女殿下と目が合っちまった・・・何だよ?、何故俺の方に来る?。


「ねぇダンス・・・いいかしら」


「は・・・はい!、喜んで!」


俺は咄嗟に答えちまった、畏れ多くも王女殿下とダンスか・・・緊張するぜ!。


しばらくすると音楽が流れ始め、俺と王女殿下はダンスを始めた。


「貴方いい男ねぇ・・・お名前は?」


「ネッコォ家の長男でイッヌと申します」


「あぁ・・・あの上級貴族のネッコォ家ね、知ってるわ、でも残念ね、婚約者が居るのでしょう?」


「・・・はい、不本意ですが」


俺は思わず「居ません!」と答えそうになったが我慢した、王族に対する嘘は不敬罪になるらしい・・・よく耐えたな、えらいぞ俺!。


「そう、不本意なのね・・・ふふっ・・・今の話は忘れて・・・でも残念だなぁ・・・」


俺は王女殿下の意思の強そうな目に見据えられて・・・思わず足を踏んじまった!。


「も・・・申し訳ありません!」


「気にしないで・・・」


俺の人生で一番と言っていいくらい緊張した1曲が終わり・・・アリシア嬢は・・・と探すと、彼女は王太子と仲良くダンスを踊っていたようだ・・・。


だが今はもうアリシア嬢の事なんてどうでもいい、王女殿下は何と言った?、俺をいい男だと、婚約者が居て残念だと・・・聞き間違えじゃなくて確かにそう言った、まさか王女殿下は俺に気があるのか?。


よく考えろ、アリシア嬢と王女殿下・・・俺にとってどちらが得になるか・・・。


王女殿下は友好国であるラングレー王国の・・・今の国王陛下の一人娘だ、国王には姉と弟が居て王女殿下に何かあったとしても王を継ぐ代わりは居るが王位継承権の第一位は彼女・・・。


頭脳明晰で容姿端麗、人柄も良く政治や魔法の才能もあって次期国王・・・女王は彼女で間違いないと言われている、そんな彼女と結婚すれば、俺はラングレー王国の王配になれる!。


俺の住んでいるローゼリア王国と比べれば国の規模こそ小さいが、それでもラングレー王国はエテルナ大陸の中でも3番目か4番目に数えられるほどの力を持っている大国だ・・・。


「親父には何て言えば・・・いや、ちょっと前にアリシア嬢に求婚したいのなら好きにしろって言ってたじゃねぇか、それが王女殿下に変わっただけだ、何も問題ねぇ!」


俺の気持ちは決まった、あとは邪魔者・・・薄気味悪い「今の」婚約者を排除すれば何の問題も無くなるぜ・・・。


俺はシェルダンの長男と話してる・・・いや、あれは絡まれてるように見えるな、筋肉モリモリマッチョマンに迫られ恐怖で震えてやがるマリアンヌの前に立ち大声で宣言した。


「皆聞いてくれ!、今この場を借りて宣言する!、俺、イッヌ・ネッコォはマリアンヌ・ボッチ!、お前との婚約を破棄する!、馬鹿な上に醜い姿になったお前は俺の妻に相応しくない!」


ざわ・・・


「めでたい席で婚約破棄とは尋常じゃないな、イッヌ・ネッコォ・・・だったか?、今の言葉は本気なのか?」


王太子が俺の目の前に進み、威圧感のある低い声でそういった。


「はい、本気です、親の都合で決められた政略的な婚約でしたので・・・」


「そうか・・・では私がその婚約破棄の証人になってやろう、そうだな・・・後で揉めると面倒だから両家当主には王族立ち合いの元、婚約破棄が成立したと通達も出してやる」


「お手間をとらせて申し訳ありませんが・・・そうして頂けると助かります」


俺の返答を聞くと、王太子は後ろに控えていた執事風の男を呼び寄せ、両家に通達を出すよう命じていた、やったぜ、ようやくこの不気味な女との婚約を破棄できる!・・・そして俺は王女殿下と・・・。


しん・・・


やけに静かだったから周りを見渡すと・・・何だよ!、何故みんな俺をそんな目で・・・ゴミを見るような目で見てるんだ?、アリシア嬢や王女殿下まで・・・。


「ぐすっ・・・お姉様ぁ」


マリアンヌがアリシア嬢に抱きついて泣き出した・・・それを慰めるように頭を撫でるアリシア嬢・・・。


「よしよし、あんな酷い男、結婚しなくて正解、良かったわね向こうから婚約破棄してくれて」


酷い言われようだなおい!。


「可哀想に、泣かないでマリアンヌちゃん」


ちょっと待て!、王女殿下もアリシア嬢と一緒にマリアンヌを慰めてるぞ・・・っていうか何でマリアンヌ如きが王女殿下とそんなに親しそうにしてんだよ!。


「わーん、殿下ぁ・・・イッヌ様が私の事・・・馬鹿って・・・醜いって・・・」


「本当に酷い男ねー、顔も家柄も良いから少し気になっていたのだけど・・・見損なったわ」


あれ・・・もしかして俺って・・・アリシア嬢や王女殿下の大事な友人に婚約破棄を宣言して恥をかかせた酷い男になってるんじゃね?。






ガチャ・・・バタン!・・・


「おい!、早く出せ、帰るぞ!」


「・・・はい、かしこまりました坊ちゃん」


ガラガラ・・・


「くそっ!、完全に嫌われちまったじゃねぇか!、アリシア嬢と・・・王女殿下もだ!、なんてこった!、何で上手くいかねぇんだよ!」


ドン!、ドン!・・・


「まずいな・・・マリアンヌとは婚約破棄しちまったから・・・誰か代わりの女を探さねぇと・・・何とか王女様の誤解を解かないと親父に怒られちまう」


ガラガラ・・・


「・・・そう、あれは誤解だ!、俺の良さを分からせて惚れさせるんだ、マリアンヌとは仲が良いみたいだから・・・あいつを利用して・・・」










「ふふふ、うまくいったわぁ」


「あぁ、見事にあの馬鹿は我々の想定通りに動いてくれたな・・・少なくとも婚約破棄は成功した」


「・・・」


こんばんは、マリアンヌ・ボッチです。


お姉様のお誕生会が無事に終わり、来客達のお帰りを見送った後、私達は今までパーティをしていた会場に集まって話をしています。


私達の座るテーブルの周りはすでに後片付けも終わり、使用人の人達にもお部屋から出てもらいました。


目の前のテーブルには美味しそうなケーキやお茶が並んでいて、周りに座っているのはお姉様とお姉様のご両親、傷マスクを外した私と私の両親、弟、それから・・・王太子殿下と王女殿下、あと何故か無言で私を睨んでいるシェルダンのご子息様・・・。


そうなのです!、私を助けてくれた謎の3人組はとてつもなく身分の高い人達で、平民を装っていたのは世を忍ぶ仮の姿・・・その正体を知らなかったのは私だけ・・・。


パーティ前にお姉様から3人を紹介されて、私は倒れそうになりました・・・。


「私達もパトリックから話を聞いた時には娘と同様、倒れるかと思いましたよ・・・このような高貴な身分の方達に我が家の問題で迷惑をかけてしまって・・・」


お父様が挙動不審になりながら言いました。


「いや、アリシア嬢やマリアンヌ嬢からネッコォ家の現状を聞かされるまで問題に気付けなかった王家の失態です、この件はすぐに親父・・・国王にも伝えました、処分を含めた後始末は王家で責任を持って行いますので安心して下さい」


エルさんこと王太子殿下が申し訳なさそうに言いました。


「不法行為、特に人身売買にまで手を出していたなんてね、マリアンヌちゃんの事件が無かったら対応が遅れて国際問題になってたかも・・・、早く気付けて良かったわよ」


インフィーちゃんこと王女殿下がケーキをもきゅもきゅ食べながら言いました。


「・・・」


相変わらずノルドさんことアーノルド様は無言で私の顔を睨んでいます、・・・怖いです!、私、何か怒らせるような事したかな・・・。


「それで・・・ネッコォ家の処遇はどうなさるお考えで?」


お姉様のお父様・・・エヴィセン・ウンディーネ様が王太子殿下に尋ねました。


「親父・・・いや国王陛下に聞いたのだが、当主であるトゥーラ・ネッコォの処刑は確定だ、贈収賄、違法取引、恐喝、詐欺、人身売買、脱税・・・・あと何があったか・・・違法な薬物も売買していた、とにかく手を染めた犯罪の数が多い上に悪質だ、国家反逆罪も適用されるだろうな、今は城に拘束されて余罪が無いか取り調べを受けている」


・・・わぁ


「今は昔のように当主が犯罪に手を染めたからといって一族が全て処刑される訳ではない、重い場合だとネッコォ家は爵位返上、資産没収された上で家族は平民落ちになる、軽く済めば貴族籍だけは残るかもしれないな、下級貴族として一から出直すか・・・どちらにしても残された家族の命までは取られないだろう」


それを聞いて安心しました、私をいつもイッヌ様から庇ってくれていた優しいシーマ様まで処罰されるのでは・・・と心配していたのです、でも罪には問われるのかな?、私は王太子殿下に聞きました。


「・・・あの、シーマ様は」


「・・・シーマ嬢は・・・表向き当主の補佐となっているが実際に殆どの執務を行なっていたのは彼女だった、それに・・・父親の悪事には加担していなかったが不正を知っていて隠蔽していた、だから父親と共に罰せられる・・・予定だった」


「予定だった・・・というのは?」


私の頭を撫でていたお姉様が王太子殿下に尋ねます。


「あの家に潜ませていた影から報告があったのだが・・・彼女は今日の昼に亡くなったよ」


「・・・え?」


「激務と日頃の心労による内臓疾患、食べた物を消化する器官に重篤な損傷と炎症、それによる大量の吐血と栄養不足による心身衰弱が死因のようだ」


「そんな・・・シーマ様・・・」


「悪い知らせがもう一つある、当主の処刑が確定し、娘が死んだ事実に耐えられなかったのだろう、当主の妻、ミーケ・ネッコォが自室のベランダから身を投げて娘の後を追うように亡くなった、発見したのはネッコォ家の執事だな」


「・・・」


「マリアンヌ嬢、何故悲しそうな顔をする?、あの家は君の両親が懸命に働き蓄えていた金を奪い、望まない結婚を強要した、君の人生を踏み躙ろうとしていた奴らに同情するのかい?」


「・・・だって・・・イッヌ様が・・・家族がみんな死んじゃって一人に・・・」


「残念だがイッヌ・ネッコォは悪事に加担していないから罪には問えないそうだ、それにあの馬鹿は君を虐げていただろう、当然の報いだと思うよ、幸いにも今日婚約破棄が成立しているから彼とは何の関係も無い他人になった、一人残されたあの男がボッチ家に縋り付いて来ても追い返せる」


「でもあの男が逆恨みして報復・・・なんて事になったら危ないからマリアンヌちゃんは暫くウンディーネ家でお世話になっていた方がいいと思うわぁ」


「報復・・・」


王女殿下が私の頭を撫でながら優しく言いました・・・イッヌ様が私に報復・・・容易に想像できる話だったから私は怖くなって思わず王女殿下に抱き付いてしまいました・・・。

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