第19話 虚偽の自白

 三月の末、巷では決算がどうのこうのと騒いでいる。卒業から入学の時期へと移り街を歩けば新入学なのか大学へ下見に行く親子の姿が目に入るし、近頃では新入社員まで親同伴で会社へ行くのだろう、そういう姿も目に止まる。

 そう言った景色を目にしながら品川署の玄関を入ったところで「あのー」と声を掛けられた。

振向くと事件の関係者だった。「あぁ確か貝塚さんでしたか?」九年前自殺した女学生の父親だ。

「大磯警部さん、お話が……」と言う。

「まぁどうぞ、中で伺います」

捜査一課のある二階の会議室へ向かった。

「どういったことですか?」大磯が尋ねる。

「滋賀果歩と千図、海氷を殺害しました」貝塚がいきなり殺人を認めて自供し始めた。

「えっうちの刑事がお邪魔したときには平日だから仕事してたと言ったんで、こちらでも確認したんですが間違いないようだったので、貝塚さんを捜査の対象外としたんですが、嘘だったと言う事ですか?」

「はい」貝塚は神妙に言う。

「ふーむ、どうやったか具体的に話して下さい」

……

話を聞き終わってから「お父さんの復讐したい気持ちから、自分が犯人になろうとするのは過去にもいましたから分かりますが、トリカブトの毒で死んだことは報道されていますが産地までは公表してないので聞いたんですよ。お父さんが言う奥多摩にもトリカブトの群生域はあるんですが、殺害に使われたのはまったく違う地域のものなんです。それと、男の部屋のドアはピッキングで開けたと言いましたが、無理です。そう簡単なものではないですから。ほかにも理由はあるんですが、虚偽の自供はそう言う罪に問われますよ。今日のところは自分の胸だけに納めておきますんで、帰って娘さんの慰霊にそう伝えてください」

大磯はそう言って貝塚を帰した。

 

 その四日後、今度は田畑時臣が自首してきた。

大磯は細かく話を訊いて貝塚と同じように諫めて帰した。

両方の親は、復讐に燃える気持と、先越された悔しさ、殺害してくれた喜びが入混じって身代わりになることが深い謝意の気持を表すことになる、と錯覚してしまったのだろう気の毒でしかない。

 

 

 一心の疑問は静の言った、何故、果歩が身代金を奪う前に殺されたのか? に加え、犯人もどうして殺害されたのか?

病室に来ていた静にそう言った。

「せやなぁ、ただ単に果歩はんを殺したかったのに誘拐事件が起きたさかい調べたらな、犯人も心美はんを狙ってるて分かったよって三人とも殺しなはった?」

静の考えに一心もそういう可能性はあると思った。

「果歩の周りで何か無かったか?」以前にも指示した事なのだが……。

「それがな、助手の山笠はんが事務所に来てな、果歩はんが誘拐されたその頃、赤井川せんせが街を徘徊しよって、尾行してた山笠はんが見失のうてしもうたのが丁度滋賀整形外科医院の看板のとこやちゅうんどす」と、静。

「えっ作家先生が怪しいと言う事か?」

「せやけど、せんせの事はとんと分からしまへんのや」

「ふーん。で果歩の方は?」

「へぇ、ほんで数馬と一助にな調べや言うて……ほしたら、昔から果歩はんを知りよる十人以上のお方はんから恨み言を聞いて来よりましたわ。 ’あんな女殺されて当然’ちゅうてな、みなはん果歩はんが亡くのうて喜びはってたようやわ」

「ほう、そんなに嫌われ者だったんだ」

「へぇ、ほいでな、果歩はんの部屋にあった桃川心美はんの写真に書かれてた×印やけど、果歩はんはお気に入りの桂慎一郎はんとホテルへ入るのを見てかなり焼きもちを焼かはってたらしい、せやからなこれから心美はんに何かしよ思うて書いたんかもしれへんで。ほいで先回りして果歩はんを殺害した可能性もあるんやないか、と数馬と一助が言うとりましたわ」

「だけどよ、心美の両親はいないし、彼氏は先に殺されただろう。誰が先回りしたって言うんだ?」

「せやなぁ、そこまでふたりとも言うとりまへんでしたわなぁ」と、静の顔が曇る。

「話はちょっと違うがな、俺、これまでの殺人事件の加害者か被害者の部屋に赤井川創語の小説があったろう。それが気になってんだよなぁ」

「ふーん、せやけど、みな赤井川創語はんの関係者やないか? せやから読んでるんちゃうのかなぁ?」

「だけどよ、果歩と千図、海氷は違うぜ」

「果歩はんは出版社の桂はんと、書店の心美はんと繋がってるで?」

「それは、ちょっと遠すぎだろう。それにその本のタイトルと殺害方法が同じ何て出来過ぎだろう」

「そうかいなぁ? 違うやろか?」静がしょげる。

「いや、あり得ないとは言えないけどよ」一心は慌ててホローする。

「その赤井川創語の話も一応品川署の大磯警部にも知らせておいてくれな」

 

 

 新学期に入って桜吹雪の時期も過ぎ、新しいものが街中に増えている。

窓外の景色にそんなことを思い浮かべていると、赤井川創語の妻沙希が浅草警察署に助手の山笠颯太が出てこないと言ってきた。

事件絡みで会ったこともある丘頭桃子警部が直接話を聞いた。

「三月三十日の夕方六時頃帰ったと思うんだけど、次の日から出て来ないんです」沙希はそう言った。

「えっ今日は四月の四日ですよ。どうして今日なのかしら?」丘頭が訊く。

「えぇ特に休みの日を決めている訳じゃないので、主人が仕事を与えていない日は休んでも良いことになってるようだし、年度末でこっちも忙しくって気にしてなかったのよ。そしたら三日の日も来ないから電話したんだけど電源が入ってないってなるし、午後から彼のアパートへも行ったし、出版社へも問合せしたんだけど何処にもいなくて連絡付かないのよ。それで捜索願出した方が良いんじゃないかって主人が言うもんだから今日来たのよ」

「でも、どうして出版社へ問合せを?」

「あぁ彼はそっちと雇用契約をしていて給与を出して貰ってるの」

「そうですか、実家とか友人知人とか心当たりには電話してますよね?」

「えぇとは言っても実家くらいしか知らないから、友人とかは分からないので……」

「はぁそうなんですか。じゃその辺から調べないと、かな?」

丘頭が言って夫人に目をやるとにこりと頷いた。

夫人の笑みを見て「直接関りを持ってないから行方不明になっても大して気にしてないってことね」丘頭はそんな風に受け取った。

 

 

 取り敢えず、丘頭は部下を連れて赤井川宅を訪れ山笠が使用している部屋を見せて貰った。

六畳ほどの洋室でトイレや風呂は無い、クローゼットを開けると若干の着替えがある他は目立ったものは無い。

部屋の中央に置かれたテーブルにパソコンが載っている。

「ちょっとこれ立ち上げてみて」部下に指示して丘頭は一階へ降り創語のいる書斎のドアをノックした。

「山笠さんが調べて書いてる取材ノートとメモを見せて下さい」

丘頭は何も考えずにそう言ったのだが、赤井川はちょっと驚いたような顔を見せて「これは企業秘密だから見せられないんだが……」渋面を丘頭に向ける。

「山笠さんが事件に絡んで行方不明になったならそこに何か重要な記載があるかも知れないでしょう? 私らその中身を盗んで小説書こうってんで無いんで、拒否するなら捜索願を取り下げて貰うか令状でも持って家中調べますか?」

丘頭はちょっと脅してみた。

赤井川は想像したよりも遥かに動揺を見せ「分かった」と言って引き出しから取材ノートとネタ帳を差し出した。

「ありがとうございます」丁寧にお礼を言って中を読む。

……

「赤井川さんは徘徊の癖があるんですか? 随分と夜中に歩き回って、山笠さんはそれを尾けているんですね」

「あぁ岡引探偵にも俺を監視するよう頼んであるがさっぱり報告に来ないな」

「でも、山笠さんは殆ど撒かれてますね。……ん? 最近の殺人事件の有った日にも徘徊してますね。で、撒かれて赤井川さんが何をしたのかは分からない。何か事件に関係あるんですか?」

「だから、それを調べて貰っている。事情は探偵に詳しく話したから聞いてくれ」

「これ、明日一日貸して下さい。必要な個所をコピーするんで?」丘頭は赤井川の言ったことを聞流して取材ノートとネタ帳を掲げて言った。

赤井川は嫌そうな顔をしているが「一日だけだぞ」

丘頭は数十ページあるそれらの全ページの写しを取るよう部下に指示した。

 

 その後山笠のアパートへ回った。ワンルームマンションだ。管理会社に鍵を開けて貰い入室する。

礼を言って中に一歩踏み入れ「独身のわりに綺麗に片付いているなぁ」と呟いた。

あちこち見て回り「バッグと財布や携帯は無いから持って出ているんだろうね」

その部屋にもパソコンがある。

「パソコン立ち上げて中見て」丘頭が若い刑事に言う。

郵便物が箱にまとめられていた。

「その差出人に電話して所在訊いてみて」丘頭は箱ごと部下に差し出す。

パソコンを開いていた刑事が「ここに住所録有ります。電話番号も記載あるからかけますね」

「おー重複しないように確認してやってよ」

丘頭の一声で若い刑事が集まってあれこれ喋りながら電話をかけ始めた。

机に本箱があって赤井川創語の著書が十冊以上綺麗に並んでいる。

そして机の上に「貯水槽殺人事件」が伏せておいてあり読んでいる最中のようだ。

部下が電話をしているので時間潰しにクローゼットを開けて驚いた。

「おい、このコート釧路の配送業者の受付にきた女が着ていたやつじゃないか?」

そう言ってはっとした。「おい、鑑識さん呼んでくれ」

 

 

 四月五日、山笠が行方不明になってから六日目になるが警察からも本人からも連絡は無い。赤井川創語はいらいらしていた。

傍に居ても何かを指示するわけではないが、いないとなるとあれこれ頼みごとが出てくる。

書斎で書きかけの小説の結末を考え始めて、もう一週間になるがまだ迷っていた。

ドアがノックされ沙希が入って来た。

「何だ? 今執筆中だぞ」

「あなた、山笠さんが急にいなくなって不自由だろうと思って取り敢えず代わりの助手連れてきたわ」

沙希の後ろから姿を現したのは桂慎一郎だった。

「なんだ、おまえか……出版社勤務じゃないのか?」

「えぇ湖立課長さんに相談したら、桂でどうだと言われて、正式に山笠さんがどうしたのかはっきりしたらもう一度相談するということで桂さんを出して貰ったんです。課長さんにあなたもお礼を言って下さいよ」

珍しく沙希が気を利かせて助手を手配してくれた。……きっと裏で何か企んでいるのだろうが、取り敢えずは助かる。

「じゃ、最近の事件を警察署回って掴んでくれ、それと俺の調査を浅草の岡引って探偵に頼んだんだが、さっぱり報告がない、どうなってんのか訊いてきてくれ」

「あぁそう言うことなら行ってきます」桂はそのまま出かけようとするので「おい、ちょっと待て」そう言って白紙の取材ノートとネタ帳を渡す。

「話の内容はこれにまとめて書いてくれ」

桂はそれを受け取ると何も言わずに部屋を出ていった。

「相変わらず可笑しな奴だなぁ。行ってきますも無い」創語は尖った目を沙希に向ける。

「いやならいやで湖立課長に直接言ってちょうだい。私が選んだわけじゃないんですから」

沙希は気分を損ねたようでドアを乱暴に閉めて行った。

 

 時間を空けて出版社の創語担当の春奈が来た。

創語はすかさず桂の事を話すと「えーっ私聞いてない。なんで桂なんかにやらせんの? それくらいなら私が兼務でもやるわよ。先生どうして言ってくれないんですか?」

春奈は腹立ちまぎれに創語に当たってくる。

「待てや、俺が決めたんじゃないし頼んでもいない。沙希が気を利かせて湖立のとこ行って相談したらこうなったんだ。あとはおまえんとこの社内の問題だろう? 代わるならそれでも俺は良いから自分で課長とやりあってこいや!」

作品の結末をどうするのか悩んでいらいらしてるところに棘のある言い方をされて腹が立ち、春奈を怒鳴りつけてやった。

春奈の胸に創語の言葉が刺さったのかそそくさと部屋を出ていった。

気持が乗らずキッチンの冷蔵庫から缶ビールを持ち出して、書斎に戻りプルタブを引き上げると炭酸の吹き出る心地よい音が気分を一新させる。

そして一気にビールを胃袋に流し込む。ゴクゴクと鳴る嚥下音と喉を流れるビールの強炭酸が一層気分を高揚させる。

空になった缶を机に置くと、かぁーっとアルコールが一気に身体を駆け上がり頭の中で迸る。この感覚が堪らない。

ふーっと大きく息を吐くと頭の中で何かが爆ぜる。

「そうだ、それしかない。うん、それが良い」小説の結末のイメージが出来上がって創語は呟いた。

……

どれくらい時間が経ったのかは分からないが、書き上がった。

頭を上げると春奈がソファに座っていた。

「おっどうした? いつ来たんだ?」

「はい、先生が夢中でキーを叩いてたんで終わるのを待ってました。先程は生意気言って済みませんでした。ここを出て外の空気吸ったら自分がバカみたいに思えて、何やってんだ私って、……それでカフェでコーヒー飲んでパフェ食べたらすっきりしたんで戻ってきました」

「ははは、おまえなかなか良い奴だな。だが、ひとつ言っとくがちょうどミステリー作家のミステリーな殺人事件を書き終えたんだが、これは《関東文芸社出版》の本社でなく北海道の根田に出版を任せると約束している。おまえのとこにはコンテストにでも優勝したらまた頼むから分かってくれ。良いな」

春奈は一瞬厳しい目を創語に向けたが、創語の意志の固さをその表情から察したのだろう、思いを飲み込んで何も言わずに頷いてくれた。

「ありがとう。どうだ、一息つきたいから外で飯でも食わんか?」

その言葉は創語と春奈の間だけで決めた隠語。

春奈は黙って身支度を始めた。

 

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