第17話 第三の陰

 品川の毒殺事件の被害者の住む部屋はゴミとゴミでないものの区別がつかない程ごちゃごちゃで、手掛かりを探すのに苦労しているとぶつくさ言う刑事の声が大磯警部にも伝わって来た。

それでも、遺体発見の翌日の三日の夕方免許証が発見されすぐ報告がきた。

千図時明と海氷翔琉と言う二十六歳の男だった。

 その部屋は千図の部屋だった。大磯は、海氷の住まいを探すよう指示をした。

その時、はたと気付いた「あれ、誘拐された滋賀果歩も二十六だったよな。同じ品川、距離はあるが高校の同級生って可能性は無いか?」大磯は誰に言うでも無く捜査課内に響き渡るような声で呟いた。

数人の刑事が駆けて行った。

 現場から刑事が戻ってきて大磯に一枚の給与明細を見せて

「これ千図の部屋から出ました。給与の支給者が書かれています。ここへ行けば、何か情報を得られるかもしれません。行ってきます」大磯は頷いた。

そこへ不動産屋へ行ったという刑事が戻って来た。

「警部、海氷のねぐら分かりました。同じ品川の千図のアパートにわりと近いとこです」

「おぉ鑑識連れて行ってきてくれ」

 

 夜になって居酒屋へ聞取りに行った刑事が戻って来た。

「警部、千図が元総合病院の廃ビルを隠れ家みたいに使っていると言ってたらしいです。場所は分かりませんが元病院ですから調べられると思うんですぐやります」

 

 翌朝、大磯が出署するとすぐに

「警部、見つけました。元の大見立総合病院です。確か、院長が亡くなって相続争いがあって、結局十名の医師と五十数名の看護師がその争いに巻込まれたくなくって辞めてしまった病院です。二十年ほど前総合病院が廃院になったので大騒ぎになりました。自分もかろうじて覚えてます。

「そうか、ご苦労。……じゃ鑑識を手配してくれ、俺も行く」大磯はそう言って立ち上がった。

 

 その病院は四階建てで二棟の病棟を通路が結んでいてアルファベットの<H>の形をしていた。

その通路にも入口がありそこの鍵が壊されていて出入りに使われていたようだ。

入口を入ると昼間なのに薄暗くひんやりしてやはり気持の良いものでは無い。

手分けして各階の部屋を虱潰しに当たる。

大磯が最初に開けたドアは診察室のようだ。机に椅子、パソコンも置かれたままだ。薬品は見当たらないが医療器具は散乱していた。人の居た痕跡は無かった。

……

南側の棟の三階に施錠された部屋があった。

壊そうかとも思ったが「おい、誰かに千図と海氷が持っていた鍵の束持って来させてくれ。それまでほかの部屋の捜索を続けてくれ」大磯はそう命じた。

……

 最後にその部屋が残された。

刑事が鍵を試す。千図の鍵束のひとつでカチャリと解錠音がした。

引き戸を開けると臭い。がらんとしたかなり広い部屋だ。刑事に窓を開けるよう手で示す。

奥の端に病院のベッドが一床置いてありその付近にゴミが散乱している。

かき分けてみると、女物のバッグにポーチ、引き裂かれた服、下着も放置されている。

そのバッグを開けると財布が入っていた。覗くと数枚の万札に千円札、小銭もあった。

そして免許証が見つかった。滋賀果歩とある。

「こんなひどい所に監禁されてたんだ。可愛そうに」大磯が呟く。

「ってことは、誘拐犯はあのふたりだと言う事だ。それがどうして殺されるんだ? 仲間割れ?」

「警部。パソコンに文書が残されています」刑事に呼びかけられた。

床に放置されていたパソコンの画面に表示されている文字を大磯が読む。

「お騒がせして申し訳ありませんでした。誘拐したのは俺たちです。まさか爆発するとは思ってなくて、すみません」

全員が大磯を注視している。

「どういう意味だ? それに何故パソコンが自宅でなくてここにあるんだ?」大磯が呟く。

傍にいた刑事が、「千図と海氷は自殺だと言いたいんでしょうか?」

「だがな、 ’まさか爆発’ってよ、あれ遠隔操作で爆発したんだろう。自分らがスイッチを押したんだろう?」

どうも納得いかない事ばかりだな……と大磯は首を捻る。

「鑑識さんに、この部屋に何人いたか調べて貰え。それと死んだ二人と滋賀果歩の関係を調べろ?」

 

 署に戻り一息ついていると鑑識からふたりの死因がトリカブトによる中毒死で死亡推定時刻を二週間から三週間前だと報告された。

大磯は真っ先に医師である果歩の父親滋賀魁人を疑った。

医師ならトリカブトの毒を抽出もできるだろうと考えたし、果歩を誘拐し爆殺した犯人を何らかの方法で見つけて復讐したとも考えられるからであった。

すぐに鑑識を連れて滋賀病院を訪れる。

事情を話して院内を捜索させる一方で大磯は滋賀から話を訊く。

「トリカブトの毒を抽出できますか?」大磯はそう切り出した。

「えぇ医師なら誰でもできると思いますよ」滋賀は予想していたのか何のためらいもなく答えた。

「生息地をご存じで?」

「そうねぇ、街中はさすがに無いでしょうが、奥多摩の方へ行けば有るんじゃないかな?」

「最近、行ったことは?」

「無いですが、何故そんな質問をするんです?」

「娘さんを誘拐した犯人がトリカブトの毒で殺害されたんですよ」

「えっ犯人見つかったんですか? どこのどいつです!」滋賀の表情が一変した。

「千図時明と海氷翔琉という果歩さんとおない年の男です」

「警部! 会わせて下さいその男達に、何故あんなことをしたのか訊きたいんです。警部お願いします!」

滋賀はかっと見開いた目を大磯に向け迫る。

「落ち着いて、滋賀さん。今いったように会わせたくてもその二人、もう死んでるんですよ」

「えっどうして? 誰が? 殺されたんでしょう?」と、滋賀。

「どうしてそう思うんですか?」

「そんな奴らが死んだと言ったら殺されたに決まってるじゃないですか」

鼻息を荒くして滋賀が言う。

「ふむ、まだその辺は分かっていません。今捜査をしているところです」

 

 署に戻った大磯に果歩の出身高校へ捜査に行っていた刑事から報告があった。

「警部、分かりました。果歩と千図、海氷は同窓生で、悪仲間で随分と虐めをやっていたようです。その中に九年前千図と海氷にレイプされ自殺した女子生徒がいて、その彼氏が犯人を探して二年後千図と海氷に辿り着いたんですが逆に殺害されたんです。ふたりは殺人罪と併せて暴行罪でも逮捕されて収監され、ひと月前に刑期を終え出所したばかりです」

「そのレイプと殺人事件に果歩は絡んでいなかったのか?」大磯が訊く。

「えぇ疑いはあったようですが逮捕には至らなかったようです。それと果歩のパソコンの中を調べたんですが、自殺した貝塚咲良の写真に×印を付けて保存されてて、レイプ事件に絡んでいた可能性はありますね。それと桃川心美の写真にも×印が書かれていて、レイプを計画していた節があります。そして自分を誘拐して五千万円を奪う計画も立てていたようです」

「何? 自分で自分の誘拐を計画してたってことか?」大磯の声が自然と大きくなる。

「そのようです。それを殺害されたふたりにやらせようとして、逆に自分が襲われてしまったということのようです」

「すると爆殺したのは誰だ? そのふたりが殺ったということになるのか?」

「いえ、爆破スイッチを押しても爆破しないと思っていたのか、押さなかったのかはわかりません。それと廃病院に爆弾の入った箱が見つかったんですが、調べると偽物でした。なんでそんなものがあったのかは分かりません」

「ふむ、ここまでか……いや、その自殺した娘の親と殺害された彼氏の親はどうしてる?」

「今、当たってます。もう帰って来るかと……」

 

 夕方になってその刑事が帰ってきた。

「犯人の二人の出所は知ってました。年前に赤井川創語の助手が取材に来た時に聞いたそうです。それと誘拐された二月十四日から十六日は平日なので貝塚は経営する薬局で店に、田畑の方は勤務先の貿易会社に出てました。裏もとってます」

「そうか、じゃ白だな」

 

 

 

 探偵岡引一心は警視庁の万十川課長経由で品川の誘拐殺人事件への協力を依頼された。

送られてきた資料を見て流れは理解したが、課長の言う通り誘拐犯を毒殺した犯人を推理するには情報が少なすぎる。

 それと疑問があった。

果歩の殺害は二月十六日で犯人の遺体が三月二日に発見されている。

そして犯人の死亡推定時刻は解剖日の二から三週間前と報告されている。

とすれば犯人が殺された日にちは、三月二日を起算日とすれば二月九日から十六日となり、解剖が起算日の二日後だったとしてもせいぜい十八日だ。

そうすると果歩を爆殺したすぐあとに犯人が殺されたことになる……これは妙だ。

しかも、ふたりを犯人だと思わせるために遺体のあった部屋で毒殺した後、果歩を爆殺したという可能性すら残されている。

犯人を知らない第三者が数日で犯人を突き止めて且つトリカブトの毒を抽出して飲ませるなどほとんど不可能だ。

つまり、ふたりの犯人を殺害したのは犯人を事前に知っていた人物という事になる。

病室に見舞いに来た丘頭警部と大磯警部に一心はそう伝えた。

「せやなぁ、という事は端から犯人は三人おって三人目のお方はんがふたりを毒殺したってことでっしゃろか?」

付き添いの静が言う。

「なるほど、ふたりの交友関係中心に三人目の犯人を捜索します。いやー相変わらず探偵さんは鋭い。ははは」

ふたりの警部は帰る。

「なんでそんなことくらい気ぃ付かないんだ?」一心がぼそっと言う。

「ふふふ、そんだけあんたはんに頼らはってるちゅうこってすがな。お金もろうとるさかいおきばりやす」

静は微笑む。

「そうだな。三人目の犯人を推理してみるわ」

 

 翌日になって一心は九年前の事件の調書を眺めていた。

そこへ静が事件の何週間か前、浅草寺付近で女の子を男二人から助けたことを思い出したと言ってきた。

「あの女子はんな今から思うと果歩はんやったんやないかと思うねん。でな、襲った方が千図時明と海氷翔琉はんですわ」

「えっ間違いないか?」

「ほんまどすて。浅草での被害者と加害者がグルになってな被害者の誘拐を偽装してお金を奪おうとしなはった。それもてて親からでっせ……ところが加害者が裏切って被害者を監禁しはって乱暴もしはったうえで殺害。でもな、一心、どうしてお金を奪ってから殺さへんかったんかいなぁ?」

静が首を傾げた。

「……そうか、だからパソコンの文書に《……まさか爆発するとは思ってなくて……》と書かれていたんだ」

「ほんに、そうどんな。それなら分かりますがな」

「ってことは、金よりも殺害を選んだ。つまり果歩に恨みの有る人物だ。犯人ふたりを殺害したのは彼らが捕まって自供されると困るから……」一心はそんな風に事件を考えてみた。

「ほなら、九年前と七年前の被害者の家族は、果歩はんは疑わしいけど捕まえられへんかったんやから無関係やろか?」

「恐らくな。可能性はゼロじゃないが、それなら果歩はもっと早く殺されていて不思議はない」

「ほな、果歩はんの周辺を調べてみまひょか?」静のその意見に一心も賛成した。

 

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