第11話 お客怒り心頭
「以前奴隷を買った方が、怒って怒鳴りこんで来ました、どうしましょう」
受け付けのメイドが涙目になってわたしの部屋に飛び込んで来た、
「わたしが対応します、あなたは高級茶葉と一番高いお菓子を用意しなさい」
◇
温度がいつもより下がって感じる応接室、
「おまたせ致しました、フリッカさん」
おでこを広く見せる髪型、田舎なら美人顔と呼ばれそうなソバカスお姉さんに挨拶する、
「あら、買った人と違うわね、本気で話を聞く気あるのかしら?」
いきなりのトゲの有る言葉、なけなしの金を枚払ったのに不良物件掴まされて怒り心頭だろう、
「これは手厳しい、確かにわたしは担当ではありませんが、フリッカさんのお話を聞くくらいの事はできますよ」
「最初に要件を言うわ、返品よ!」
「フリッカさんお怒りのご様子、我が商会の奴隷がいかな粗相を致したのでしょうか?」
冒険者さんの話では迷宮での荷物運び用に買った女奴隷だけど、迷宮の入り口まで来たらガタガタ震えて泣き出し、使いものにならないそうだ、
“これじゃわたしでも怒鳴りこむわよ”
「……最初に奴隷を売った時の商人の話では迷宮でも平気、って言っていたわよ」
「本人に聞かないと分りませんが、迷宮で怖い思いをしたのかもしれませんね、ですがフリッカ様にご迷惑をおかけしたのは事実です、わたくしミヤビの責任で買い戻しを致しましょう」
「どうせ買値よりも安くなるのでしょ」
腕を組んだフリッカは不満げに鼻を鳴らす、
「当商会の規定に基づいた査定金額となります」
そう言うとわたしは軽く手を挙げる、
扉の陰からメイドが恭しくトレーを持って出て来た、ビロードの上には金色に輝く貨幣、
「ちょっと買値より高いわよ」
「わたしの気持ちで色をつけさせてもらいました、その代わりと言っては何ですか、冒険者としてのお話を聞かせてもらえないでしょうか?」
ここで大切なのは商会の奴隷に瑕疵が有ったから上乗せしたのではなく、あくまでもわたしの気持ちと言うところよ、
そうやって奴隷に問題があったと言う論点をぼやかしていくの。
「なに、あなた迷宮に興味があるの?」
“まんざらでもない”、そんな表情になったフリッカ、
「いえいえ、冒険者としてのお話しを聞かせて欲しいのです、わたしはまだ駆けだしですので」
ドヤ顔のフリッカさんが言う、
「まあね、話しても良いけどありきたりな話よ」
「フリッカさんはその歳で奴隷が買えるのだからかなりの腕じゃないのですか?」
「わたしよりも強い人は大勢いたわよ、けどみんなあっさり死んじゃった、迷宮っていうのはね……」
◇
国の中に幾つかある迷宮、そこは世の理は通じない世界、魔物と言う生き物がいて、人間を見ると見境なく襲ってくる世界だそうだ、
とは言え迷宮にも階層があり、初心者が入る上層階の魔物はそれ程たいした事ない、剣ではなくこん棒で殴っただけで倒せる魔物もいるくらいだ、
倒した魔物の腹の中には魔石と呼ばれる物が入っていてそれを取り出し地上で換金、冒険者の基本的な生計の立て方だ。
こちらの世界に来たばかりの時に魔物には怖い目にあわされたわたしにはフリッカさんは最強戦士よ、
こん棒一本で倒せる魔物でも魔石を取り出している最中に背後から襲われると剣術を極めた者でもひとたまりもない、
そんな事態にならない様に数人のパーティーを組むのだが、地上で換金する段階になってトラブルを起こす例は枚挙にいとまがない、
迷宮の中での刃傷沙汰も報告されているので、迷宮統括組織“冒険者ギルド”では奴隷の使用を推奨しているそうだ。
そんな話を自身の経験を交えながら、時に面白おかしく話してくれる冒険者のフリッカさん、
「……そう言う事があったのでわたしはソロで頑張ってお金をためているのよ」
街の鐘が二回聞こえたくらい長い時間話しをしていたフリッカさん、言いたい事を言えて満足そうだ、
「フリッカさんのお話は楽しいし勉強になりました」
「こっちこそ一人で喋っちゃってゴメンね、美味しいお菓子も食べられたし」
「お気に召したのなら幾らかお包みしますよ」
わたしは独演会お開きを宣言する。
手には高級菓子、懐には金貨を収めたフリッカさんを見送った。
商会に来る時には怒り心頭だったフリッカさんだけど、帰りは満足そうに帰って行った、
買い戻し値に色をつけて高級茶葉と珍しいお菓子でもてなし長い時間話を聞いたのはこの商会の悪口を言われない様にするため、悪い噂は一瞬で広まるからね。
「レアンドラ、手紙を書きます」
「かしこまりました」
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