第3章 お泊まり強襲②

 仕方ないので開ける。

 

 ———すると、まるで幽霊のように音を立てずに靴を脱ぎ並べ、そしてキッチンに向かい始めた。


 「おい、紗奈、どうした」

 「———」

 まずい!

 虚空を見つめている!

 そして意思疎通が取れる気がしない!

 「なんだ、何があった!」


 「———」

 

 何も言わないが、首がグキキと音を立て、ルルシアの方を向く。

 「はへ?」

 そしてそれを元に戻したかと思うと、キッチンに到着してしまった。

 よく見ると手に何やらエコバッグを持っている。見たところかなり多くのものが入っている。

 すると、袋から何やら取り出した。


 ———牛すじ。


 高いだろうに。なんでそんなもん買ってわざわざウチに来たのか?


 ———いや、待てよ?


 牛すじはそのままだと硬くて食えたもんではない。

 しかし、時間をかけて煮込むことで、その辺の牛肉よりも柔らかく、旨みたっぷりのものに仕上げられる。


 だが、時間がかかる。


 ———あら?まずくない?


 「本当にお前どうした⁈」

 俺は流石に肩をガッと掴んだ!

 「———ウラ、ギリ、モノ」

 そうカタコトでつぶやいたかと思うと、スペアリブのフライパンにラップをして、そのまんま冷蔵庫に入れた!

 すっからかんだからだ!

 こんなことならもっと色々買えばよかった!

 冷凍庫ならよかったのに!

 さらにまな板を勝手に取り出して牛すじを切り始めた。

 「なんだ?お前、さっきあのスーパーにいたのか⁈」

 「えぇ?」

 ルルシアが驚いている。いやお前のせいだろ。

 「———わかってるなら、誤魔化さないで」

 そう淡々と告げる紗奈。

 

 ———面倒なことになったなぁ!



         ◉


 「牛すじは〜♪どこですか〜♪」

 そう即興の歌を口ずさみながら、鈴代紗奈は買い物していた。

 彼女はかれこれ牛すじを探して五軒目のスーパーまで辿り着いていた。

 なんでこんなことをするのだろうか?

 

 ———理由は簡単である。

 ———龍宮寺暁を家に呼び込むためだ。


 前回、家に誘ってみた際『人の家に意味もなく行く意味がわからない』と彼が言った。

 

 彼女は何がなんでも、閉鎖空間で彼と二人になりたかった。


 別にそういうことになろうが、そういうことにならなかろうが、彼女はそうすることが大事だと考えた。

 そのためには、無理矢理にでも理由を作るしかない。

 しかし並大抵の理由では、あの効率しか考えない男は断るだけだろう。


 ———ならば、元々の理由を移し替えればいい。


 そのため彼女は、自分の家で食事を共にすることを決めたのだ。

 しかしそうなると人が来るのだ、ある程度非日常のものを作らなければならない。

 しかし彼女もそんな言うほど贅沢してきたわけではない。

 炭水化物をメインに取っているのだから、ラーメンや粉物しか浮かばなかった。

 それに彼女は大して料理ができなかった。

 しかし、ここで考えた。

 非日常とは、普段の食事の時間ではあまり取れないもの———それは手間がかかるもの。

 手間がかかるならば、簡単な料理でも、豪華なもの、ということになるはずである。


 ———簡単だが、しかしかけようと思えば無限に時間がかかる料理。


 ———そこで、あのよく煮込まれた、食欲をそそるあのトロッとした料理が浮かんだ。


 ———そう、カレーである。


 流石の彼女もカレー程度は作れる。

 これは名案だった。

 しかし———問題は時間の掛け方である。

 ルーを自分から作る?具に時間をかける?餃子でも包めばいいのか?

 

 ———彼女はスマホを駆使して調べた!


 ———すると、『時間をかけたカレー』として多数ヒットしたタイプのものがあった!


 ———それが牛すじだったのだ。


 なんでも今は炊飯器で牛すじカレーは出来るらしい。


 だが、そんな簡単にしては、自分自身に苦労の色が出ない。


 そうしなければあの冷血な男は気づかないだろう。

 彼女は二人の時間を過ごすだけでなく、少し心配されたかったのだ。

 それは女の子としてごくごく当たり前の欲求と言ってよろしい。

 そのためわざわざ昼からスーパーをエコバッグ片手に回っていたのだ。

 しかし牛すじはなかなかない。

 この町にあるスーパーが安さを売りにしているものばかり、というのもある。

 「おー、あったあった」

 だが五軒目にしてついに発見することができた!

 「よし!」

 あとは家に帰って、龍宮寺にアポを取るだけである!

 流石に三日ほどは持つだろう。

 その間には彼は応じてくれるはずである。

 「野菜は何入れようかな〜」

 そう気分ウキウキで野菜売り場まで向かう———その途中で。


 ———何やら、見覚えのある男がいる。


 「何にしましょう」

 「お前が決めれば?」


 ———その男の声も顔つきも、自分がよく知るものとは違っていたが。

 彼女は運悪く、かなりの観察力を持っていた。

 シンプルな剣の聖銀で戦えていたのも、それが大きく関係している。

 そのため———彼女は気づいてしまった。


 ———自分が誘おうとしている男が、美少女を連れて、買い物をしていることに。


 (———そんな)


 彼女は急いで野菜売り場から離れる。

 そして一旦真反対のお惣菜コーナーまで移動する。


 (———うそだ、うそだうそだうそだ———龍宮寺、そんな———)


 彼女の妄想で満ちていた脳は、重い現実に満たされていく。

 ———あったはずの猶予も、もう存在しない。


 (———でも、どうすればいいんだろう。あんだけ距離が近いなら、もう無理かもしれない———でも、それを黙って、私も食事に行ってたって、ことになる———そしたら、あの隣の子も可哀想だ———)

 彼女の中で、考えがぐるぐると回っていく。

 (———多分龍宮寺は、大分気を抜いてるはず———今日行けば、もしかしたら、目を覚まさせることができるかもしれない———でも)


 (———そんなことしたら、どう思われるんだろ———)

 彼女の中に、龍宮寺との思い出が駆け巡る。

 (———ずっと、積み重ねてきたのに———それを、一気に壊すみたいな真似、いいのかな)

 彼女の目から雫がポロポロと落ちる。

 「うっ……ううっ……ひぐっ……えぐっ」

 (———でも———とにかく、聞かなきゃ。龍宮寺が、どんな状況か、すぐに———)


 (———今日———家に作りに行かなくちゃ)


 (そのためには———)

 

 その後、買い物を終え帰路に着く二人を尾行し、山田の家を掘り当てたのだった。


 しかし———いざ行動に移そうにも、彼女はなかなか決断に至れずにいた。


 そしてしばらく、アパートの前でうずくまって泣いていた。

 頭をこすりつけたためか、髪も乱れてしまった。

 そしてようやく決断したその時———彼女は、もはや自分を押さえつけて、怒りを表現するしかなかったのだ。

 その結果———強張った無表情の、荒れた頭髪の真っ赤な目の彼女が出来上がったのだ。


         ◉


 「お前、マジでいい加減にしろ」

 「……言い訳?」

 ちょっと怒りの感情がしみ出てきた。

 龍宮寺がそんなこと言うの珍しいからな。

 「……その子は、なんなの?」

 「——————」

 ……なんなんだろう?

 考えねばならぬ!いやどうする?まず彼女とか、血の繋がってない存在はNGだ、しかし義妹とかだとなんか大分やってる感が出てしまう———ならばどうするどうするどうする———仕方ない!今思いついた案に賭ける!


 「彼女は、俺の最近見つかった遠い親戚だ。身寄りがないそうでな、互いに唯一の家族ということで、一緒に住むことにしたんだ」

 「はい!そうです!よろしくお願いします!」

 ルルシアが頭をブンブン下げる。

 逆に挑発してない?

 「———そう、だったんだね」

 だんだんと強張っていたであろう顔が、だんだん和らいでいく。

 「———ごめんね?こんなことして……」  

 なんか泣き始めた!

 そんな目なのに!そろそろ乾燥してひび割れてしまうのではないの?

 謝らなくては……!

 「いや、早く言わなかった俺が悪かった」

 「いつも、迷惑かけちゃって」

 「いつも?」

 「いつも、いろんなこと愚痴って」

 「そうか?」

 「私、龍宮寺に負担かけて……」

 「いや、別に俺は思っていない」

 「……私が、悪いんだ」

 「じゃあ、何かしら償えよ」

 

 「———えっ?」


 彼女が呆気に取られた顔をする。

 これだけ本人が罪の意識に駆られているのなら、ペナルティを与えた方がある意味本人が楽だ。

 「ほら、早くしろ」

 「……わかった、じゃあ、私がご飯を……あ、でもスペアリブ……やっぱり、私が悪いんだ……私が、自分勝手な思い込みで……」

 また泣き出した!

 めんどくさいなこいつ!

 「関係ない」  

 「……えっ?」

 「あれは寝かせないと不味い。三日ほどはそうするつもりだ。それを埋めるものを作れ」

 「……でも、私なんか……」

 「作れと言っている!!!」

 俺は紗奈の肩をガタガタ揺らした!

 怖い!怖いと思うよ!

 「……り、龍宮寺がそう言うなら、作る……」

 めっちゃビクビクしながら、でも少し照れつつ申し訳なさそうに鍋に入れた牛すじに水を張り始めた。

 (これどっちがどっちなんですか)

 小声でルルシアが囁いてきた。

 (わからん!知るか!)

 (ついにヤケクソに)


 「ねぇ、龍宮寺……それでね……ツナ缶と間違えて買った鯖缶でなんとかしてチャーハン作ろうとしたんだけど、私ニラと間違えて青ネギも買ってて。なんかすごい和風のチャーハンになっちゃった。美味しかったからよかったんだけど。やっぱり間違えることって多いよね。間違えるといえばさ、私視力検査よく間違えちゃうんだよね。見えてないわけじゃないんだけど、なんか時々すごい古くさい、光る看板みたいなのがあるじゃん?なんかすごいぼやーって光るからさ、あれのせいで私視力がBBになっちゃって。AAのはずなのに、なんかこう、しっくりこないというか、やっぱりそういう健康であるときは健康って言われたいよね。自信にもなるしさ。健康といえば……」  

 何やら彼女は元に戻ったのか、どこか朗らかな雰囲気で、なんか延々と続く話をしていた。

 どうやら鍋は放っておいてもいいらしく、三人でソファーに座っているのが現状である。

 ねぇこれいつまで続くの?

 そんな面白くもないんだけど!

 「あぁ、そうだな」

 (耐えきれない顔ですね)  

 (あばば〜)

 (臨界点間際だった)

 「おい、今何をしている。調理中だろう」

 「牛すじ煮込んでるよ〜」

 「あとどれくらいかかる」

 「夜までかかる」


 「———夜までっすか⁈」

 

 「え?どうしたの龍宮寺?」


 なんか彼女がへ?って顔をしている。

 しまった山田太郎が出てきてしまった。


 「いやぁ、疲れてるのかもな」

 「ちゃんと休まなきゃだめだよ〜」

 なんかすぐ元に戻った。

 俺を思ってのことなのか?

 それとも言ったらさっさと信じ込むのか?

 どっちなんだい?

 

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