第5話 タレコミ
そんな南部が警備員を辞め、新たに入ったところで、いくら、
「世界的なパンデミック」
が流行していて、そのせいで今も警備関係の仕事をしなければいけないのかということを考えるとどこか理不尽な気もしていた。
だが、しょうがないことだと思ってやるしかなかったのだが、そこでまさか、死体にぶつかるとは思わなかった。
その死体に見覚えはなかったが、警察がやってきて、いろいろと調べているのを、最初はボーっとして見ているだけだったが、刑事がその男の身元をもう一人の刑事に告げるのを聴いて、南部は、一瞬ドキッとした。
その名前に聞き覚えがあったからで、思わず、声を出しそうになったのを、何とか堪えたのだ。
「被害者は、松前陸人、40歳。運転免許証ではそうなってますね。どうやら、この顔に間違いなさそうですね。もう一つ、パスケースには、日興商事の営業主任となっていますね」
というのだった。
「ほう、日興商事というと、大手じゃないか。後で早速連絡を取って見てくれたまえ」
ということであった。
そばで、鑑識がいろいろ探っていた。
「桜井刑事、死因は、刺殺による、出血多量によるショック死でしょうね。どうやら何か所か刺されているようで、そのうちに一か所が致命傷になったんでしょうね」
ということであった。
桜井刑事と呼ばれた男が、
「じゃあ、この犯人は、素人による犯行か、それとも、よほど、被害者に恨みを持っていたかということでしょうかね?」
というと、
「そうですね。その可能性は大きいと思いますね」
ということであった。
「死亡推定時刻は?」
「解剖してみないとハッキリしたことは分かりませんが、今から、7,8時間前というところでしょうかね?」
ということであった。
「ということは、夕方の時間帯で、まだ、日没前くらいだったということでしょうかね?」
というので、
「まぁ、そんな感じでしょうか?」
ということになった。
刑事たちは、それから無言でしばらく、いろいろ調べていたが、
「よし、とりあえず、このあたりで、君は分かったことをとりあえず、確認と、本部に連絡してもらおう」
と言って、桜井刑事だけを残して、もう一人の刑事は、その場を少し離れるようだった。
そして、おもむろにこちらを振り返り、
「ああ、あなたたちが、この死体の発見者ですな?」
と言われ、南部ともう一人は、この状況にまだ慣れていないのか、震えが止まらないようだった。
ただ、見ていた光景は、
「テレビドラマとあまり変わらないな」
と漠然と思っていたので、その光景は、あまり意識の深いものではなかった。
「お二方が、通報していただいたのかな?」
と言われ、二人は、顔を見合わせることもなく、ただ頷いた。
普通なら、お互いに顔を見合わせるのだろうが、それをしなかったということは、それだけ二人は緊張しているのか、それとも、この状況にまだ、自分の中で納得がいっていないかということであろう。
「ええ、そうです」
ととりあえず、南部が代表して答えたが、その声は、喉が完全にカラカラに乾いているということで、まともな声になっていたかどうか分からない。
そもそも、自分の声というのは、自分で感じている声と、それを聴いている人とではかなりトーンが違っているようだ。
それも、
「人によっては、高く聞こえるが、また別の人が喋った時には低く聞こえると、その感覚は一定しているものではない」
というものだった。
「ところで、ここで死体を発見されたわけですが、なぜゆえに、この時間に二人、こんなところにおられたんですか?」
と桜井刑事は、訊ねた。
それは、別に疑っているというわけでも、口調もそんなにきついわけではないことから、
「この桜井という刑事は、事情を分かっているのだろうな?」
と南部は分かったので、
「ええ、刑事さんであれば、ご存じかと思いますが、このあたりは、人流抑制や休業要請のための宣言が出されたせいで、空き巣が蔓延るようになったんです。だけど、どうしても、雑居ビルの飲み屋街というのは、ビル自体に警備もないし、かといって、店ごとにもそれほど警備というのもありません。だから、我々が独自に警備隊を組織して、見回るしかないんですよ。なんと言っても、この業界、本当なら、まだ営業していてもおかしくない時間ですからね」
ということであった。
「なるほど、確かに、このあたりのお店は、深夜遅くまで開いているというイメージですからね。それで、警備もそんなに必要ないということだったんですね」
と桜井刑事がいうと、
「そうなんですよ。この伝染病が流行りだしたおかげで、私らも商売にはならないし、さらには、他の店もやっていけなくなって、廃業の店も、そろそろたくさん出てきましたからね。それによって、失業者があふれるわけですよ。こんなご時世なので、再就職などもできないでしょうから、街に失業者があふれる。明日の生活、いや、今日の生活を考えると、盗みに入るというのは、無理もないことではないんでしょうかね? 気持ちはわかりますが、我々だってギリギリでやってるんです。盗まれたせいで、こっちの首が締まってしまうと、今度は、自分のところの従業員や、うちの仕入れ先のことまで考えないといけなくなる。何といっても、仕入先まで、政府は面倒見てくれませんからね」
とまくしたてるように、今まで黙っていたもう一人が話し始めた。
よほど、恨みに思っているのか、この言い方がどれほどのものか、ということであった。
「いやはや、分かりました。お二人は、ちなみに、この被害者をご存じですか?」
と聞かれて、もう一人は即答で、
「いいえ、初めて見る顔です」
と言って、今度は南部を振り返って、
「お前の初めてだよな?」
と聞かれて、
「ええ、そうです」
と答えたが、少し声が震えていたのを、どうやら刑事が気づかなかったのは、幸いのように、南部は思った。
「とことで、この警備というのは、いつ頃からしているんですか?」
と聞かれて、
「そうですね。今から、2週間くらい前からですかね? 世間では人流抑制がだいぶなくなってきたようですが、何といっても、一番厄介なのは、我々の業界なんですよ。ご存じのように、酒類の提供が制限されてしまった。これでは、店を開けるにあけれませんからね」
ともう一人が言った。
ここから先は、
「彼に任せればいい」
と、この業界では先輩にあたるこの人がきっと刑事の納得がいく回答をしてくれるであろう。
南部が答えるよりも正確な答えをしてくれるに違いない。
そんなことを考えていると、
「確かに、酒類の提供ができないというのは、大変しょうね。ところで、最近は、飲み屋の方たちが、お弁当の直売のようなことをしているところが多いと伺ったんですが?」
ということを聞かれ、
「ええ、そうですね。ランチタイムに間に合うように、朝からお弁当を作って、オフィス街の公園のようなところで直売しています。結構売れるのでありがたいですよ」
というのを聴いて、
「じゃあ、昼間、このお店で、仕込みなどをするわけですね?」
ということを聞いてきたので、
「ええ、そういうことになりますね」
というと、
「じゃあ、最後に締めるのは、何時頃になりますか?」
と聞かれたので、南部たち二人は、刑事が何を聴きたいのか分かった気がした。
「そうですね。午後2時過ぎくらいには、終わりますね」
ということであった。
「でも、お店や、その日の売り上げによって、変わるのでは?」
と聞かれたので、
「ええ、だから、それも含めて2時過ぎということです。そもそも、お弁当を出しに公園に赴く前に、店の後片付けも、少々のことは終えてから行きますからね」
ということであった。
「ああ、それなら分かります。なるほど、2時に終わるということは、夕方には、ここはもぬけの殻になるということですね?」
と言われ、
「ええ、そういうことです」
と答えると、
「ここの通路は表にカギがあるわけではないので、誰でも入ってこれるということですね?」
と聞かれたので、これに対しても、
「ええ、そうです」
とオウム返しで答えたのだ。
「ところで、お二人は、今夜は、警備の時間はどれくらいなんですか?」
と刑事が聴いてきたので、
「大体午前0時から、約2時間を2交替でやってます。だから、我々が、午前2時まで、そして、もう一組が午前2時から4時までということですね?」
という。
「じゃあ、今日のお昼のお仕事は、どうだったんですか?」
と聞かれて、
「我々は、今日はお昼は出ていません。もちろん、早朝からも勤務はできませんから、警備に回る時は、その前の日と、その日の早朝には、勤務ができないことになります」
という。
「それは大変ですね」
というので、
「本当にそうですよ。いい加減にしてもらいたいものだ」
と言って、もう一人は、不満を露骨にぶちまけている。
こんなところで、刑事を相手に愚痴をこぼしても仕方のないことで、しかもこれは殺人事件の捜査だということが分かっているので、あまり余計なことも言えないとは分かっているが、正直、誰もがやり切れない気持ちだっただろう。
何と言っても、目の前には死体が転がっていて、捜査をする刑事も、鑑識も、そして、第一発見者である南部たちも、皆マスクをしているではないか。
こんな薄暗いところで、乾いた空気の、店がすべて閉まった。まるで廃墟のようなところにいるのだから、正直不気味でしかないといってもいいだろう。
「なるほど、このビルにはどれくらいのお店が入っているんですか?
と聞かれ、
「そうですね、1階には店舗がなく、その分地下一階にある構造になっていて、2,3階に店舗があって、ワンフロアに4つくらい店舗がありますので、やっていない店も考慮すると、今営業しているのは、8店舗くらいですか? そこから警備を出すので、正直、結構きつきつのシフト体制です」
という。
何と言っても、警備などというのは、実に
「後ろ向きの業務」
でしかない。
というのも、
「伝染病が流行るから、人流抑制が掛かり、商売ができない。そうなると店が潰れていって、失業者があふれる。その日の暮らしもままならないので、泥棒に入る。それを警備しようと、ボランティアの形で自分たちで警備を行う。もちろん、ちょっとした手当しか出ないので、ほぼ、サービス残業のようなものだ」
という完全に、
「負のスパイラル」
ということである。
それを考えると、この状態は、どうしようもない。
誰が悪いというわけでもなく、誰かに頼ろうにも、皆が皆苦しいのだ。
確かに、人生のうちに、苦しいということは、あるだろう。
「生きているんだから、何があっても不思議はない」
ということも言われるが、まさにその通りだが、そんな時でも、
「捨てる神あれば拾う神あり」
ということで何とかなってきたのは、
「苦しいのは自分だけで、まわりはそうでもないので、そのうちに誰かが助けてくれるか、自然とよくなっているものだ」
というものだ。
だから、何か悪いことがあっても、
「いずれは何とかなる。ただ、今はバイオリズムが悪いだけなんだ」
ということで、
「好奇の到来を待つしかない」
という状態であった。
なるほど、確かにその通りであった。
ただ、そのバイオリズムもいちいち調べたりはしない。
今の世の中、パソコンでもスマホでも、たいていのことはすぐに調べることもできるし、その気になれば簡単にできることくらいは分かっているというものだ。
それでも、しないのは、
「知ってしまって、却って余計な意識をするのは、愚の骨頂だ」
と思うからだった。
そんなことを考えていたのだが、さすがに、このパンデミックだけは、どうにもなるものではなかった。
何と言っても、自分だけのバイオリズムではないからで、社会全体が疲弊し、
「立ち直れないのではないか?」
と感じさせるほどのひどい状態に、果たしてどうすればいいのか、誰もが、
「暗中模索」
という状態に入っているということであろう。
警察もそんなことは分かっているが、それでも何もすることはできない。ただ、警察内部にいると、統計的な数字は分かるというもので、
「確かに、空き巣などの犯罪も多く、自殺者もかなり増えてきているよな」
というのは分かっていた、
何よりも、最近は鉄道などの、
「人身事故」
が増えてきている。
「鉄道の人身事故というのは、ほとんどが飛び込み自殺だと言っても、過言ではないからな」
ということである。
そんな話をしていると、そこにもう一人の刑事が帰ってきた。
「桜井刑事、連絡してまいりました」
と言って、もう一人の刑事が戻ってきたので、
「ありがとう、坂下君」
というので、もう一人の刑事は、どうやら坂下という名前のようだ。
「ところで、どうだった?」
と、桜井刑事が間髪入れずに聞くと、
「会社に連絡を取ってみますと、どうも被害者の松前という男は、3日前から欠勤しているようですね。体調が悪いということだったそうです。ただ、PCR検査では陰性だったということを報告しているようで、会社も、このご時世、出てこいなどとは言えるはずもなく、一応、一週間の休暇を与えたということでした」
と坂下がいうので、
「なるほどそれで、家に連絡がついたかね?」
というと、
「奥さんが出られたので、とりあえず、こちらに向かってもらうことになりました」
と坂下は、そういって、当たりを見渡した。
そして、その目が、南部のところで止まったかのように、感じた南部本人は、一瞬ゾッとし、たじろいでしまったが、もう、この状況には慣れているのか、今度は、立ち眩みを必死で抑えることができたのだった。
「それにしても、会社に、体調が悪いと言って休んでいる本人が、ここにいるということはどういうことなのだろうね? 会社に、ずる休みをするため、体調が悪いと言って連絡したのか、それとも本当に体調が悪くて、休んでいたが、その体調が治ったのが、昨日だったということなのか? それとも、体調が悪いといって休まなければいけない理由があったのか?」
と桜井刑事は、いくつかの見解を口にしていた。
「いろいろ考えられるでしょうが、まずは、奥さんの話を聴いてみることなんでしょうね」
と坂下刑事がいうので、
「奥さんがこっちに来るのはいつ頃になるかな?」
と聞かれて、
「そうですね、住所から考えて、うちの署の人間が迎えに行ったとして、20分くらいじゃないですかね? 私が一報を伝えてから、そろそろ10分は経とうとしているので、あと10分くらいではないでしょうか?」
と坂下刑事は言った」
「そうか、あと10分ということはすぐだな。話を聴いているうちにそんな時間になるというものだ」
と桜井刑事が言った。
「ん? それにしても、10分も連絡に掛かったのかね?」
ということを桜井刑事が聴くと、今度は桜井刑事を目で促すようにして、二人は、端の方に行って、コソコソと話し始めた。
どうやら、他の人には聞かせてはいけないことでもあったのだろうか、それを聴いて桜井刑事は驚いたというよりも、意外そうな表情になったかと思うと、急に、にやりと表情が変わった気がした。
それを見て南部は、少々、気持ち悪い気がしたが、
「あくまでも警察署内でのことだろうから、気にすることはないだろう」
と思ったのだ。
それよりも、南部は少し怯えているようだった。
その雰囲気は、他の誰にも悟られるという感覚ではなかったが、
「何か皆から見られているようで、気持ち悪い」
という感覚が、南部の中にあったのだった。
南部は、震えはなくなったが、不気味な寒気のようなものが残っていた。それがどこから来るものなのか、分かってはいたが、
「それを自分で納得するのが怖かった」
と言ってもいいだろう。
そんなことを考えていると、遠くの方からパトカーのサイレンの音が聞こえた。
徐々に近づいてから、音は消えたのだ。
だが影になっているところで、パトランプが回っているのか、赤い色が周期的に変わっていくのを感じたのだ。
「バタン」
という乾いた音が聞こえ、
「どうやら、車から誰かが出てきた」
ということが分かると、南部には、
「ああ、警察が奥さんを連れてきたんだな」
ということが察知できた。
まるで産まれたばかりの馬が立ち上がろうとしているかのような足のおぼつかなさであるにも関わらず、それでも気持ちだけは先に進んでいるのだろうが、まったく気持ちとは裏腹に前に進んでいないその様子に、
「これはどうしようもないな」
と思うほど、絶望的に進んでいない状況を、普段なら滑稽に思って見ているのだろうが、この時の南部は、そんな気には、とてもではないがなれなかった。
それでも、急いでいる奥さんを見ていると、何とか息を切らしながら走ってきたのが分かり、神は振り乱されて、まったく、
「どこの誰だろうか?」
としか思えないその形相は、
「気持ちを一緒に表しているんだろうな」
としか思えないほどだった。
「桜井刑事、坂下刑事、ご苦労様です。被害者の奥さんを連れてまいりました」
と、敬礼しながらもう一人の刑事が言った。
「ありがとう、あとはこちらでやろう」
と言って再度敬礼すると、もう一人の刑事も直立不動で敬礼すると、踵を返して、パトカーの方へと戻っていった。
「きっと、この奥さんは、事情を何も知らないんだろうな」
と桜井刑事は思っていて、それだけでやりきれない気持ちになるのだった。
奥さんがやってくると、すぐに旦那のところに駆け込むと思ったが、一瞬たじろいだのを、南部は気づいた。
そもそも、南部も奥さんを注視して見ていたので、気付くのは当たり前というものだが、これにほぼ同時に気づいた人がいた。
もちろん、まわりの誰もそのことに気づいた人はいなかったが、それこそが桜井刑事だったのだ。
「さすがは、刑事の勘」
というところであったが、実はもう一人気づいた人がいた。それが、奥さんである、松前潤子だったのだ。
奥さんが、
「聡い性格である」
ということは、南部が知っていた。
この様子でも分かるように、少なくとも二人は初対面ではない。しかも、桜井刑事が睨んだ通り、かなり、深い仲のようだ。
そこで頭に浮かんでくるのが、
「不倫」
という言葉だった。
だが、二人は、お互いに、
「不倫をしている」
という意識はなかった。
もちろん、不倫であるのは間違いないことなのだが、潤子の方に、その意識が最初からなかったのだから、独身である南部に、
「不倫という意識を持ちなさい」
という方が無理ではないかということであった。
不倫というのは、二人の共通した意識として、
「お互いの伴侶を裏切ることだ」
という意識であった。
潤子とすれば、
「最初に裏切ったのは相手なんだから、私のことを不倫だなんて言わせないわ」
ということだった。
二人の間に、どういうことがあったのか分からなかったが、その不貞と言えることが、今回の殺人事件にどういう関係があるのか、正直、今のところは分からないかに思われた。
しかし、この時、奥さんを連れてきた刑事から、耳打ちをされて、桜井刑事に入った情報は、実に面白いものだった。
人が殺されているのに、
「面白い」
などというのは実に不真面目なことであるのだが、長年刑事をやってきた桜井としては、この情報は、今までの刑事経験の中で考えても、
「興味深いことだ」
という意味での、
「面白い」
だったのだ。
この時、もう一人の刑事からもたらされた情報というのは、
「実は、この事件に関してというわけではないんですが、この事件の登場人物という意味で、興味深いタレコミがあったんです」
というではないか。
「ほう、それはどういうことなんだい?」
と、桜井刑事がいうと、
「待ってました。食いついた」
とばかりに、話しかけた刑事は、自分の中でも、面白いと感じていた。
「今私が連れてきた奥さんなんですが、彼女は、潤子というんですけどね。その松前潤子が、不倫をしているということを通報してきたんですよ」
というではないか。
「不倫のような民事的な話は、警察にタレコんだとしても、別にどうにもなることでもなかろう」
と桜井刑事がいうと、
「それがですね。奥さんは、万引きの常習犯で、その不倫相手というのが、彼女の万引きを発見した警備員ということだったんです。それを奥さんが、色仕掛けで見逃してもらい、そのまま不倫に入ったということなんですよ」
という話だった。
「なるほど、それは面白い話だ」
と桜井刑事はそういったが、その話を持ってきた刑事には、第一発見者の中に、
「元警備員」
がいて、その男が、万引きをよく捕まえていたということは知らなかったので、ただ、このタレコミに興味を持っていただけだったのだ。
しかし、南部のことをさっき聞いたすぐあとでのこの情報は、実に新鮮で、興味深いものだったといえるであろう。
「南部さん、あなたは、先ほど、この被害者を知らないと言われたんですが、本当ですか?」
と、桜井刑事に聞かれた。
何とも答えずにいると、
「後で、ちょっとお話を伺いたいんですが」
というではないか。
南部はまさか、そんなタレコミがあったということを知る由もなく、さらには、そのタレコミを知らないので、
「奥さんと、知り合いだということが分かったとしても、別に旦那を殺す理由にはならない」
と思った。
それは、二人ともお互いに、
「不倫ではない」
と思っているから、
「別に刑事に疑われても、すぐに、容疑は晴れる」
というくらいに感じていたに違いない。
だが、タレコミがあったということであれば別である。きっと、それをどういう形で取り調べに使うのか分からないが、まさかと思った事情聴取に、南部は正直戸惑っていた。
思わず潤子を見てしまったが、すぐにそれに気づいた潤子が眼をそらしたので、二人の目が合うことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます