第2話 殺人事件
そんな街で起こっているという、
「現在進行形」
ともいうべき、
「空き巣」
と言われるような事件の中で、最近、
「いよいよ、こんなことに」
と、誰もが予想してはいたが、口でいうのは、怖いとでもいう事件が、起こったのだった。
というのは、殺人事件であった。
今までは確かに夜になっても、営業しているのだから、
「空き巣」
ということは考えにくい。
店にいない時間は、真昼間なのだから、まさか、空き巣がそんな時間から入るわけもないだろうということで、ほとんど警戒もしていなかった。
そんなこともあって、前述のように、警備会社と連結しているような警備も掛けていなかったので、ビル全体がそこまで考えているところでなければ、個人でそこまでする人はいないだろう。
今は、正直、
「盗人にでもならないと、明日も暮らしていけない」
という人が溢れているので、空き巣が多いのも仕方がない。
今までになかった凶悪な空き巣が出てくるということは、それだけ、
「背に腹は代えられない」
ということだろう。
それなのに、政府は、
「補助金を出したくない」
さらには、日本には関係のない国で起こっている戦争を、本当は、
「中立の立場にならなければいけない」
というはずなのに、
「日本が」
ではなく、
「私個人が、世界で名前を売りたい」
というあからさまな意思を持って、国民の血税を湯水のように海外にやるのだから、国民としてはやってられないというものだ。
確かに、
「道義的に、攻められた国が可愛そうだ」
というのは、個人的な感情としては悪くはないだろうが、国の税金を、
「はい、どうぞ」
とばかりに、やるというのは信じられない。
富んでいる国で、金が余っているのであれば分からなくもないが、
「国の借金が膨らみすぎて、後は増税するしかない」
などといって、防衛予算の拡大を、増税で補おうというのだから、言っていることと、やっていることが、まったく辻褄が合っておらず、さらには、理不尽な理由だということなのである。
それが、今の日本であり、今のソーリが、
「亡国の悪魔」
と言われるのも、時間の問題ではないだろうか。
そんなことを考えていて、今の時代を冷静に考えると、
「日本のソーリ、どんどん悪い方になって行ってるので、本当に、誰が亡国のソーリと言われるようになるかというだけのことではないだろうか?」
と言えるのだ。
ここまで続いてきた日本も、
「滅亡の危機」
と呼ばれたこともあったが、何度となく不死鳥のようによみがえってきたではないか。
戦争に負けて、占領されても、国家がなくなることもなく、存続している。それが、今度は内部から腐ってきて、亡国への扉である、
「パンドラの匣」
を誰が開けることになるのか?
今以上のソーリの想像がつかない。そもそも、亡国の何たるかを、考えさせられるソーリが今のソーリなのだろう。
そんな空き巣が増える中、ついに殺人事件が起こったのだが、それは、やはり、
「最近騒がれている、空き巣によるものだろうか?」
と言われていた。
そもそも、こんな
「警備としては最悪」
というビルを守るには、有志が集まって、
「警備団を形成するしかない」
というわけである。
なぜなら、一番の問題としては、
「警備の人間を雇うだけの金もなければ、ビルが、そもそも雑居ビルであるので、管理人がいるといっても、会社としての体裁は整っているが、あくまでも名前だけであり、警備概査とすぐに契約というのも、難しかった」
ということである。
そうなると、
「実際に自分たちで警備するしかない」
ということで、時間帯によって、交替で、警備を行うしかなかったのだ。
それでも、誰かを中心に話をしないと成り立たないということもあり、2階にある、
バー「フェルマー」
を経営している、酒田という人が中心となることになった。
酒田氏は、こういうことは、学生時代から得意で、何かイベとをする時には、いつも中心にいて、逆に目立たなければ嫌だと思うタイプだったのだ。
実際に、他の警備に当たっている人たちにとって、こういう人が一人いれば、気が楽だった。
本当は彼らだって、こんなことはしたくなかった。ただでさえ、警備したって、その金が入ってくるわけではない。
「これ以上被害がないようにするため」
という、後ろ向きの政策だ。
いくら、パンデミックの中での対策だといっても、これほどテンションの上がらないことはない。
できるなら、本当は形式的に終わらせたいと、誰もが思っているはずである。
「そんな俺たちが、警備しても、泥棒が来るという保証があるわけでもないし、第一、泥棒に遭遇したら、どうだというのだ?」
マニュアルめいたものは、確かに、酒田氏が作ってはくれているが、あまりにも単純で、
「どこにでもあるようなものではなく、もっと具体的にどうすればいいのか?」
ということを書かれたマニュアルでなければ、意味がないだろう。
たとえば、
「危険だと思えば、すぐに逃げ出す」
と、当たり前のことが書かれているだけで、
「そりゃあ、誰だって命あってのものだねなわけだから、相手が襲ってきたりすれば、何を置いても逃げるさ。具体的にどういう時にどうすればいいのかということが書かれていないと、どうすることもできない」
と言った人がいたが、
「正直言って、泥棒と遭遇した時、どういう場合にどうすればいいなどということ、分かると思いますか? 私とすれば、だったら、どういう可能性があるか出してくださいとしか言えませんよ。可能性を出してくれれば、この場合は、こうすると、ここに書きますよ。思いつくことが少ししかなく、それだったら、却って中途半端なので、ここに書いておくこととしては、当たり前のことを、当たり前に書くしかないんですよね」
というのだった。
これも当然のことであり、酒田氏が、
「そのすべての可能性というのを示してくださいよ」
と言いたくなるのも分からなくもないというものだった。
そんなことが分かるくらいであれば、もっと、そのことについて、つまり、マニュアル作成から、議論の対象になるはずだ。
「マニュアルというのは、分からない人が見ても分かるように作るものなので、分からないなら分かるまで話し合ってでも作るのが、当然だといえないだろうか?」
というのが、当然の理屈なのだろう。
そんな状態で、見回りをするようになったので、見回りをするのは、2人体制、何とか全部で6人を集めてきたので、とりあえずこの体制を、3交替で行うようにした。
時間としては、基本的に、午前0時から、午前6時までの6時間。だから一組、2時間ペースということであった。
「一応、自治体には、見回りの人を手配してもらうようにしています。一応、2人をお願いしているので、その人数が集まれば、少しは楽になるでしょう」
と、いう話だったが、皆、あまり信じていないようだった。
「自治体に要請したって、いつになるか分からない」
というのだ。
というのの、
「自治体が出してくれるはずの補助金も、なんだかんだと理屈をつけて、なかなか手元にこない、
「どうせ、出し渋ってるのさ」
と、いうのだが、間違いはないような気がする。
今回で二度目の宣言発出になるが、最初の補助金も、なかなか降りないということがあったので、
「もう少し、宣言が長引いていれば危なかった」
というギリギリのところだったというところも少なくはなかっただろう。
宣言が終わった時は、確かに、ほとんど患者がいなくなり、
「もう、これで大丈夫だ」
と思った人もいただろうが、専門家の話で、
「今だけのことで、またいずれ波がやってくる」
という人もいたり、
「伝染病というのは、変異を繰り返すということなので、すぐにまた、患者が増えてくる」
という人もいた。
結果としては、そのどちらも当たっていた。
「今までの従来型の患者に合わせて、変異株というものの流行も始まっている」
ということで、従来型の波と、変異に対しての波とが同時に襲ってきて、変異型に関しては、そこまで増えることはなかったので、まだそこまでのひどさではなかったが、第2波の患者は、第一波の時よりも、かなり感染力が強く、簡単に収まることもなかった。
さすがに政府も完全な人流制限を掛けることはできず、店舗には、時短営業と、酒類の提供を辞めさせた。
ということになれば、夜が中心の居酒屋関係や、水商売は上がったりだった。
昼間にお弁当を作って、公園前などで、サラリーマンに提供していた。そういう意味で、公園や通りで、お弁当の直売が流行したのは、この頃の一種の風物詩だったといってもいいだろう。
だが、さすがにその程度で持ちこたえられるわけもなく、宣言が解除され、実際にまともに営業ができる店も少し減ってしまったようだ。
そうなると、失業者が街に溢れる形になる、
ホームレスも増えたのではないだろうか?
「リーマンショック」
により、一時期、
「被雇用者の集団解雇」
なるものがあり、
「派遣切り」
などと言われた時代があり、そんな彼らを助けるという意味で、ボランティアによる、炊き出しなどが、大きな公園などで行われ、
「派遣村」
などと言われた時代があったが、あの時は、一部の派遣労働者が割を食った形になったが、今回は、大げさにいえば、
「国民全員が苦しんでいる」
ということになる。
それを思うと。
「人のことなんかにかまってはいられない。明日は我が身だ」
ということで、助けが及ぶことはない。
だから、
「犯罪は増えるだろうな」
ということも言われていた。
当然のごとく、休業要請や、時短となり、夜中ずっと開いていた店が、休業するのだから、その間、ゴーストタウンになることも分かっている。
しかも、
「警備など必要ない」
ということで、警備をおろそかにしてきたつけが、回ってきたのだった。
確かに、夜中開いているのだから普通に考えれば、警備も必要ないのかも知れない。
だが、これが、オフィスビル街であれば、ビル全体が警備を掛けられるようになっていて、警備が破られれば、すぐに警備会社に連絡が入り、10数分くらいで警備が飛んでくるということだ。
最近のオフィスビルでは、
「ワンフロアに、一つの事務所」
というような、縦に長いビルも少なくない、
その方が、警備も掛けやすくなっている。
そういう形式でのビルであれば、1階の集中パネルで、警備を掛けたり、解除したりするのだが、
基本は、エレベータと、非常階段の移動ということになる。
「エレベータの故障」
でもない限り、普通は、
「エレベータでの移動」
ということになる。
「ワンフロアに、一つの事務所」
ということにしておけば、例えば3階の事務所のその日の業務が終了し、全員が退社し、最後の一人が事務所のカギをしめると、下の警備を掛けられるようになる。
そして、3階の警備を掛けると、エレベータと連動していて、エレベータは、その階には停車しないことになっているのだ。
つまりは、ビル内のすべての警備が掛かってしまうと、どこかを解除しない限り、エレベータではどの階にもいくことができない。後は非常階段だけだが、こちらも基本、表から鉄の扉をあけて、その階の踊り場に入らなければいけない仕掛けであった。
もちろ、非常階段の扉にもセンサーがついているので、開けた瞬間には、警備が飛んでくるというわけだ。
もちろん、不備な部分もあるかも知れないが、基本、警備員が飛んでくるということであるし、防犯カメラもしっかりとついているだろうから、犯人が途中で逃げたとして、その姿はバッチリ映っているというものである。
だが、飲み屋街には、警備会社の連動などもちろん、防犯カメラすら設置されていない。せめて、消防法の観点から、スプリンクラーが設置してある程度だろう。
そんなところであれば、泥棒も入り放題。ピッキングのプロであれば、入り口のカギなど、簡単に開けられることだろう。今までなら、警備も来ないので、狙われるところは、簡単に狙われるというものだ。
金庫ごと金を持っていったり、高い酒ばかりを物色したりというところであろう。
もっとも、金庫を持っていっても、中身はほとんど入っていないだろうから、持っていった方は、空振りだといってもいいだろう。
今回、この、
バー「フェルマー」
が入ったビルでは、今まで泥棒に狙われなかったのが、不幸中の幸いというべきか、
逆にいえば、それだけ、
「金銭的にロクなものが店にはない」
ということを、泥棒も調査済みということであろうか?
ということになると、犯人は、
「内部に詳しい人間」
ということになる。
もっとも、最初に疑われるのは、内部犯行説であろう。
何といっても、真っ暗闇の中で、いくら、誰もおらず警備が掛かっていないとはいえ、物色をするのだから、結構長い時間滞在していることになる。それだけリスクが高まるというもので、見張りもいるだろうが、長い間の泥棒行為も、かなり疲れるに違いない。
それを考えると、
「本当なら、こんなこと、情けないと思うんだろうが」
と思うのだが、それもこれも、、
「パンデミック」
のせい、
誰を恨めばいいのか分からないが、とにかく、このままでは、どうしようもないということからの、犯行なのだろう。
そう思うと、気の毒なところもないわけではないのだ。
そんな状態なので、もし、入り口に侵入してきて、警備会社に連絡が行って、出動してくるのに、十数分かかったとしても、相手は、実際の事務所に向かうまで、エレベーターが使えない、そのため、非常階段を使うことになるが、その非常階段もカギが掛かっているので、そこでピッキングをすることになる。
やっと、その愛のフロアに出たと思うと、今度はさらに、事務所のカギのピッキングということになるので、ほとんどの場合、ここまでに警備が来ることになる。場合によってはフロアの非常階段を開けようとした時点で警察に通報が入る場合もあるので、ほぼ、空き巣が成功する可能性はゼロに近いであろう。
もし、逃げることができても、防犯カメラに映っている。そのあたりを考えると、完全にリスクの方が大きいといってもいいだろう。
そういう意味で、オフィス街に忍びこむやつはいないだろう。
企業の場合は、空き巣などが怖いというよりも、
「個人情報の漏洩」
の方が怖いと思っているはずだ。
そもそも、金目のものは、パソコンなどの大きなものくらいだろうし、基本的に現金などもおいておらず、あっても、大きな金庫の中にしまってあるに違いないからだ。
だから、オフィスビルに盗みに入るということは、まずは考えられない。それでも犯行を行い、もし成功したとしても、犯人は一気に絞られる。
「内部犯行」
つまり、内部の事情をある程度知っている人がいないと、この犯行が成立しないのだと考えると、犯人が絞られるということでも、リスクの方がメチャクチャ重たい。
だが、飲み屋などの雑居ビルでは、警備すら入っていない。泥棒の入り放題であった。
だから、毎日のようにニュースになり、有志が募って、警備団を結成するなどということになるのだ。
しかし、警備団を即席で結成しても、その足並みが揃うわけもない。最初は皆、士気が高く。
「俺たちの店は、俺たちで守るか」
といって、威勢もよかったのだが、次第に、テンションも下がってくる。
というのも、
「それぞれの店のオーナーが出資して、ビルの警備を行えるように、進めていくので、それまで、皆申し訳ないが、警備団で頑張ってほしい」
という約束だったものが、どうも、その約束が、
「反故にされているのではないか?」
というウワサが聞かれてきたのだ。
「そんなバカな」
といって、皆ショックを感じていたのだが、そのせいもあってか、次第に警備への集まりが減っていった。
最初の方こそ、
「まあ、士気も下がってきているので、しょうがないところもあるかも知れないな」
ということであったが、一人減り、二人減っていくうちに、今までの2時間の割り振りが、3時間にしないと回らなくなってきた。
そうなると、
「2時間だから、何とか出てきたけど、3時間だったら、もういい加減きつい」
という人も出てくるのだ。
正直、まわりを鼓舞していた、リーダー格の、
バー「フェルマー」の酒田氏であっても、
「俺だって、3時間と言われるときついよな」
と感じていた。
そうなると、夜中に時間が空くが、それも仕方がない。
「しょうがないですね。今の6時間体制を4時間体制にしましょうかね。それに平行して、ビル側に、警備員を探してもらうように、募集だけはせめてかけてもらうようにしようと思います」
ということであった。
そこまで約束できれば、とりあえずは、時間を短くして、警備隊を再結成することになったのだ。
だから、警備としては、とりあえず、午前0時から、午前4時までということになった。その理由は、
「早朝であれば、街の清掃員が、若干ではあるがいる」
というのが理由であったが、2時間のロスをどこで補うかというと、もうその時間しかないということだった。
「今の冬という時期は、厳しいけど、夏だったら、5時くらいから明るくなるしな」
という意見もあった。
ただ、
「夏まで続けないといけないのか? いい加減、どうにかしてほしいよ」
という人がいて、それも当然のことだった。
そんなことを言っているのを聞かれてでもいたのか、事件が起こったのは、その頃のことだった。
例の早朝の警備がいない時間、その事件は発生した。
しかし、それは、皆が予感したような案引きではなく、殺人事件だったのだ。
この殺人事件は、今まで、誰かが、いや、皆が心の中で、
「起こるかも知れない」
と思っていただけに、
「殺人事件が発生した」
と聞いた時、さほど、驚きというものはなかった。
それよりも、
「殺されたのは誰なんだ?」
ということの方が気になっていた。
もし、誰かが殺されたとなると、その人は、
「このビルの関係者か、警備に関わっている人たちに他ならない」
ということだったからである。
警備といっても別に街をパトロールするわけではなく、ただ、誰も来るはずのない店内で、店番をしているだけのことだった。
それだけに、
「店を開店していれば、お客がいて、自分が料理を作ったり、お酒を出すことで、賑やかになり、それが楽しく、それでお金がいただけるのだから、それこそが生きがいだ」
と思って店をしていた人も多いだろう。
もちろん、そんなことは理想で、それほど儲けがあるわけでもなく、基本的には、
「自転車操業」
なかなかうまく経営できるわけでもない。
しかも、ビルは、オンボロだし、
「もう少しキレイなビルだったら、客も、収支でプラスになるくらいに、来てくれるんだろうけどな」
と、店の改修に、かなりのお金をかけて開店しただけに、バー「フェルマー」というところは、酒田氏にとって、半分は自分の分身のようなものだった。
だから、この今の生活を守るために、執着する気持ちは、他の経営者に比べれば大きいのだろう。
しかも、彼は昔から、特に学生時代から、目立ちたがり屋だったことから、特にそう感じているのだった。
そんなビルで起こった殺人事件は。ビルの警備の時間が短縮されてから、1週間も経たないうちに起こったのだ。
最初の発見者は、昼間に自分の店を確認に来た。3階のスナックのオーナーだった。
この男は、ビル警備に関しては、最初から乗り気ではなかった。
酒井氏の提案にも、耳を貸そうとすることもなく、集まりも最初の頃に、1,2度出た程度で、後は、まったくの、
「なしのつぶて」
だったのだ。
だから、彼は独自に、昼間定期的に店にやってきて、換気や、簡単な店の掃除だけをして、1時間くらいで帰っていた。
それを週に2回ほど繰り返す程度で、どうやら、
「店を手放すことになるなら、それはそれで仕方がない」
と思うのだった。
元々、脱サラで店を始めたのだから、
「またサラリーマンに戻ればいい」
という程度に考えていたことだろう。
しかし、今の困窮は確かに、会社よりも、店の方が、直撃を食らっているのだが、次第に会社にも影響が出てくることで、もう少し、世間を分かっていれば、
「いまさらサラリーマンというのも、地獄から地獄へと行くだけではないか」
と、思ったであろう。
ただ、この男の、もう一つの性格として、楽天的あところがあったのだ。
といっても、いい意味での楽天家ではなく、
「楽な方に流れようとする意識が働いている」
というだけのことだった。
だから、この男は、最初から警備に無頓着だったのだ。
「どうせ、このビルは烏合の衆で固まっていて、団結などないわけだから、いまさら攣るんだってしょうがない」
と思うだけだった。
そんな彼が考えていたことは、
「なるようになる」
ということと、
「なるようにしかならない」
ということであり、どちらにしても、
「今慌てたとしても、どうしようもない」
ということであった。
だから、日課ともいうべき、店の換気と、掃除くらいをしておいて、
「いつ、宣言が解除になっても、店ができるようにしておけばいいだけだ」
と思っていたのだ。
だが、彼の考えは、実は一番的を得ていたのかも知れない。
「今できるだけのことをしていく」
という意味では、
「100点満点だ」
といってもいいだろう。
そんな店を独自のマイペースで見に来たその時、薄暗い通路に何かが横たわっていた。普段から誰もいないので、党是通路に電気がついているわけではない。自動で電気がつくような仕掛けにはなっておらず、自分で電気を入れないと薄暗いままだ。
彼は、いちいち通路に電気をつけるようなことをせずに、店までいくつもりだったので、そこに横たわっているものを見て、とっさに、
「誰かが倒れている」
と感じたのだ。
その思いは間違っておらず、近づいてみると、確かにそれは人間だった。
「うわっ」
と驚いて、とっさに電気をつけにいくと、うつ伏せに倒れている男は、完全に死んでいるのが分かった。
見開いたその目は虚空を見つめ、瞬きもしていない。倒れた胸のところから真っ赤なものが流れているようで、すでに、固まりかかっているようだった。
乾いた空気の中に鉄分を含んだ気持ち悪い臭いに、吐き気をもよおしそうになり、急いで、警察に連絡を入れたのだった。
これが、この事件の警察への第一報だったのだ。
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