第102話 各陣営


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 「アンジュはベストなレースをしてくれた。が、届かなかったか…」


 レース直後。調教師のウムティはリプレイを見返してポツリと呟く。


 アイアイサーという馬がいるせいで、ハイペースになるのは分かっていた。それでも予想よりかなり早かったが、まさか先着されるとまでは思ってなかったのだ。


 慣れない馬場での挑戦とはいえ、コンディションは抜群。最後はエンマダイオウとの一騎打ちになると思っていたのだ。


 しかし、蓋を開けてみれば2〜4着は鼻差の接戦とはいえ4着。アイアイサー、ヒャッカリョウランにも負けてしまった。


 「アンジュには悪いがエンマダイオウには勝てんな。毎回あんな走りをされたらたまったもんじゃない」


 道中で最後尾からスルスルと好位につけて、最後はロングスパート。騎手の判断も素晴らしかったが、それに応えるエンマダイオウも尋常じゃない。


 アンジュや他の馬が弱いんじゃない。エンマダイオウが強すぎるのだ。


 「来年のエンマダイオウはどういうローテーションで挑むのか…。もう当たりたくないな…」


 今まで長い調教師人生で、とんでもない怪物ホースというのは見てきたつもりだが、自分の馬と一緒に走らせたくないと心底思ったのは初めてだ。


 ウムティはため息を吐きながらそんな事を思い、アンジュを迎えに行った。



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 「これでも逃げ切れないのか…」


 アイアイサーの主戦ジョッキーである井坂は悔しさを滲ませる。


 エンマダイオウに勝つ事に照準を合わせ、大阪杯で大敗してからは、宝塚、天皇賞(秋)、ジャパンカップと、レベルアップしてきたつもりだ。


 アイアイサー自身もエンマダイオウと有馬記念で戦えるのが分かっていたのか、気合いの乗りが尋常じゃなかった。


 今度こそエンマダイオウに土をつけてみせる。人馬共にコンディション完璧で挑んだ有馬記念。


 アイアイサーはいつも以上に飛ばして、乗ってる井坂ですら、ちょっとこれはやばいかと思わせるハイペース。結局最後までアイアイサーは垂れずに走り切ったものの、やはり最後は逃げきれなかった。


 「やっぱり2500mはアイアイには長いかな…」


 元々はマイルでこそ輝く馬だった。それが陣営も、騎手も、馬主も、馬もエンマダイオウに固執した。決して良い判断じゃなかっただろう。


 それでもエンマダイオウに勝つという夢を抱いてしまったのだ。それがどれだけ修羅の道であろうと。


 「せめて2200m…いや2400mなら…。ワンチャンス…」


 井坂は有馬記念の映像を見返して呟く。今日のレースをもう少し距離が短い場所でやれたら…。そんな事を考えて頭を振る。


 「エンマダイオウもそれを見越してスパートをかけてくるか…。やっぱりエンマと滝さんが仕掛けてきても、追い付けないぐらいリードを取って逃げるしか…。アイアイの気質的に逃げしか選べないのがなぁ…。それにこっちは枠順有利で、向こうは不利でこの結果だし…」


 井坂は映像を何度も見返してはうんうんと悩み唸る。


 きっとこの悩みは両馬が引退するまで続くだろう。

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