第19話 滝の思い


 ☆★☆★☆★


 「絶好調だな」


 「プヒヒヒン」 (実家に帰れるって聞いたから)


 レース前の最後の追い切り調教で、エンマ乗ったけど、馬自体からやる気がありありと伝わってくる。


 「次はどうしても勝ちたいんだ」


 「プヒヒヒン?」 (俺は全部勝ちたいんだが?)


 エンマから降りて引きながら、独り言のように話をする。なんだか、不思議とエンマって話を理解して聞いてくれてるように思ってしまうんだよね。こんなの馬鹿らしいと思うけど。


 周りから見たらとうとう頭がボケ始めたかと思われるかもしれない。


 「次のG1、まだ唯一勝った事がないレースなんだ」


 「プヒヒヒン?」 (滝さんが勝ってないレースとかあるんだ?)


 耳をぴこぴこさせて不思議そうに首を傾げるエンマ。本当に人間みたいな挙動をするな。

 偶にそういう馬はいるけど、ここまで露骨なのは初めてかもしれない。


 「JRAがG1を増やす前に、国内G1制覇の称号が欲しいんだ」


 「プヒン」 (カッコいいな)


 自分でも俗っぽいと思う。

 でもここまできて、後一つで、手が届きそうなら欲しくなっちゃうよね。長い騎手生活の集大成みたいな称号だし。


 俺がどうしても勝ちたいレースはホープフルSと凱旋門賞。この二つが取れたなら引退しても良い。そして、エンマとならやれると思っている。


 初めて見た時の自分の直感は間違ってない。この馬とならどこへだっていける。どのレースだって勝てる。


 「だからエンマ。次のレースも力を貸してくれよな」


 「プヒヒヒヒン」 (任せとけ。俺が滝さんを男にしちゃる)


 「ははっ」


 本当に頷いた様な気がした。



 ☆★☆★☆★


 なんか滝さんがずっと俺に喋りかけてくる。情報が得られるから嬉しいんだけどね?

 例えば、滝さん程のレジェンドならどのレースも勝った事あると思ってたけど、一つだけ勝ててないレースがあるとか。


 それがなんと次のレースでなんとしても勝ちたいと思ってる事とか。

 そんな事言われちゃったらね。馬として力を貸さない訳にはいかない。


 俺も次のレースは圧勝したいんだ。

 俺は勝って、ちびっ子に甘やかしてもらう。滝さんは唯一勝った事がないG1レースに勝つ。利害は一致してますよ、ええ。



 その後はすぐに馬運車に乗せられて移動。

 カゴに入ってた餌をペロリと平らげてから寝てるとあっという間に到着。馬運車で寝るのって気持ち良いな。ちょっぴりガタガタしてるのが心地良い。


 馬用の新幹線とかないのかね?

 絶対その方が早く移動出来る。流石に競走馬の為だけに路線は使わせてくれないか。



 そんなこんなでレース当日。

 またパドックですよ。これ、毎回やるんだな。毎度毎度カメラの前で媚びるのも疲れるんだけど。でもかっこよく撮って欲しいから、ビシッと歩く。


 これをすると何故か観客が沸くんだよね。

 俺のカッコよさに惚れてるんだろうって、ポジティブに考える。

 実際、俺の真っ黒の馬体はカッコいいと思う。毛艶もピカピカだしね。


 「プヒヒヒン」 (でもあのお馬さんもカッコいいな)


 ゼッケン1番をつけてらっしゃる、ちょっと白めのお馬さんがいる。

 今まで黒とか茶色とかばっかりだったから、びっくりした。競走馬にも白ってあるんだな。完璧な白って訳じゃないけど。


 後、ゼッケンは人気順じゃないってようやく分かった。だって俺10番だもん。

 流石に2回連続で勝ってこれはない。抽選で決まってるんだろうな。


 それなら俺は何番人気なのか気になるけど。誰か教えてくれないかなぁ。


 「エーン! 頑張ってー!」


 「プヒン!」 (うぇーい!)


 勿論今日もちびっ子が来てくれている。

 俺が通るたびに声を掛けてくれるから、ちゃんと返事をして頭を振っておく。


 そして止まれの声が聞こえて、騎手さんがゾロゾロと入ってきた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る