第37話 次元の通過 国家深層部主幹へ

(それは奇妙な感覚だったんだ。浮遊しているという感覚というよりは、死んだ心地に近くて)


 目を伏せれば、脳裏には横たわった自分たちの姿が浮かぶ。これでは、昔読んだレトロな死んだ自分を取り返すコメディの物語のようではないか。

「大したものだ」

 急降下の途中で、悠々と伯井がつぶやいた。

「普通は、魂が重圧で消し飛ぶんだが。俺の眼に狂いはなかったか。君らが通っているのは地球の内部だよ」

 言葉に驚いて飛鳥が周りを見回したが、まるでそれは透明の筒に包まれたエレベーターのようだった。それがずっと下に降り続けている。どちらかというと……。


「アストラル次元を通過中だ」


 地獄、と言いそうになって口を押さえた。地獄とは、この時代には書物にしかない。悪魔が堕とされた場所だと言う。

「そこに、phantomの国家深層部があるのでね」

 ――phantom国家深層部。それが、地球内部に? 


(飛鳥がぎゅ、と俺に捕まって来た。女の子だ。男の俺だって怖い……)


「怖い?」

 飛鳥は珍しくこくりと頷いて見せた。先ほどから少しずつ「ヒューマン」に近づいている気がする。


 ――ヒューマン。心のある同じ種族。


 そう思うと、今までの壁ももうない気がする。だが、それは意識の世界


(結局ここでも、飛鳥に触れることはできない。肉体が無いから「捕まって来た素振りをした」に過ぎないのか)


 地上でランドルに見せられた地球人のビデオを思い出した。飛鳥が見なくて良かった。


「これだから、ヒューマンは性質が悪い」


(ランドルは目を背けていたけれど、自分は羨ましいと思った。頬を包み込んで愛を囁く二人の距離感は、絶対にそうはならないと思い込んでいた飛鳥と俺だったから)


「最下層だ。衝撃があるぞ」

 え?と思った瞬間、身を引きちぎられるような風圧と、霊気に呑まれそうになった。無数の手が外から伸びている。それは、どうみてもあたたかそうなヒューマンたちの腕だった。小さいものもあれば、毛むくじゃらの手もあった。

「ひっ」飛鳥が少し縮んだ。

「意識だけの世界だと言ったろ。自分自身で立て。魂を支えなければ消えるぞ。飛鳥ちゃん」

 飛鳥の輪郭が消え始める。

 そりゃ、少女には酷だろう。と思っていたら、タマゴのような機械で背中を打たれた。


「いって!」


「物思いに耽ってんじゃねえよ、ガキ。彼女が消えそうなのに、どんな面してんだ」

「どんな面って」


「おまえ、時々AIみたいな冷淡さがあるよな。そこ、rubyに気に入られたんじゃね?」

「いや、そんなはずはない」とは言い切れない。自分が何かに「庇われて」あのグレーの世界で生き続けていた事は明確だ。


 それに、rubyは高性能のAIだから、伯井の軍艦の前で引き返すこともなかっただろう。


『数々の戦争を潜り抜けた恐るべき兵器……』


(誰だ、俺に教えたのは)


 振り返っても誰もいない。何かと通じた気がする。変な卵に打たれたせいか。

 変な卵をぽんぽんと手のひらで弾ませて、伯井は顔を上げた。


「まあ、着く方が早いが」


 地球内部のアストラル世界。そこは、山ほどの水晶や、鉱石に固められた空間だった。その空間の隙間を、ゆっくりと降りていたことに気がつく。

 美しいと思った。

 数々の王族が、目を光らせて掘った宝石など目ではないだろう。いくらとっても減らない地球の鉱石と、その資源。


「凄いっすね」

「ま、全部「国家深層部」が所有登録されているから、我々には手は出せない。奴らはこの鉱石群を使って、波動を隅々に送り込む。それより、いいのか?飛鳥ちゃんが消えても」


 飛鳥は意識を縮めたのか、手のひらサイズになる勢いで縮んでいた。脳裏を回している場合じゃない。飛鳥に消えて貰われては困る。


 まだ、キスもしてねぇ。


 ――意識だけで言うと、なまなましいのはなぜだ。


「飛鳥、おまえ、こういうの好きじゃない?」


 言われて飛鳥は融けた輪郭を上げた。泣きそうな顔に、なんとも言えない感情が駆け抜けたのだった。 


 そこは別世界と言ってもいい。一瞬周りが白すぎて、南極ではないのかと見間違うほどに、白い。しかし、突如光り出す虹色の水晶が目の前を埋め尽くし、その隙間の僅かが空間には小さな電子パルスが走っていた。


「ここは反響の世界で、周波数だ。かつての人間は炭素系だったが、クリスタルに変容させられた。……察しのいい君らならここが「墓場」であるとわかるだろう」


 美しい塩の柱……ぞっとして言葉を亡くす。


「まもなく最奥部。皆様がお待ちだ。どうしても君たちに逢いたいとの仰せでね」


 ――誰が数多の生命体の自分たちに逢いたいなどと?

 ふと、一つの細い水晶柱を通り過ぎた。他の水晶たちとは違って、生えて来たばかりというような水晶の細さである。水晶たちは互いに反響し合って、ピアノのような共振音を出していた。それはとてもイルカに近い。


「いまの水晶だけ、やせ細っていますね」


 伯井はそれには答えずに、上を見ていた。随分と降りた。これでは確かに地獄に降りたような心地になる。だが、地獄にしては美しいと思った。


「ねえ、何か聞こえたんだけど」

「飛鳥ちゃんはウサギの性質を持っていそうだ。何か聞こえたか?」

「――さっき、私、夢を見ていたでしょ。前世の」


「ああ、そういう能力があるんだろう。この地球は何度も何度も危機をかいくぐって来たんだ。その度にヒューマンは散り散りになって、無謀な変化を求められた。その変化を拒絶したのが、ruby……それはきみのことだ、飛鳥ちゃん」


 またとんでもないことを。


(いい加減にしてくれ、飛鳥が壊れちまうだろうが! 俺の彼女なんだよ!)


 文句を潜めるも、飛鳥は黙って聞いていた。

 ――そういうやつだった。芯は強いんだ。

「何が聞こえたんだよ」

「……ソウ、ッテタ……リヴォア」

 伯井はしれっと「反響しながら喋っていたんだろ」と告げたが、よく考えたら、これはヒントだったのだ――。


***


 地球内部は数層に分かれていると聞く。第一下層をアストラル、第二下層をコレイル、第三下層を……自分たちは第五下層にいるらしく、肉体を以ては来られない地球内部コアに当たる。

「こっちだ」と伯井は構わずに進み、飛鳥とついて行った。Phantom国家深層部。それはこの地底世界「ワールド」の中心部だ。兄も、父も、その研究に携わっていた。


 ――そうだ、兄はどこに?


 思い出して伯井を呼び止めた。伯井は持ち前の鋭さのある目で斜め上を眺め、呟いた。


「堕ちた生命体はクリスタルにはなれない。鉱物になるんだ」

「はぐらかすな」

 止めたのは飛鳥の呟きだった。

「……ソウ、待ってた、スターリヴォア……って聞こえたんだわ。スターリヴォアは私、知っている。遥か前に、地球を襲った……」


 いよいよ言葉が出なくなる頃に、空間が途切れた。


「ここが国家深層部の主幹だ」


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