第17話 中央機関ポータルのアルビノ

「あ、あたし、寝ちゃってた?」

 飛鳥がんーと伸びをして見せる。まるで猫の寝起きのようだと思いながら蒼桐は頷いた。「おはよう、飛鳥ちゃん」と伯井が声を掛ける。


「飛鳥ちゃん………」と飛鳥は伯井の言葉をリフレインさせて窓の外を見てまた声を小さく上げた。

「プロジェクト・マッピングだよ」と蒼桐はなんでもかんでも驚く飛鳥に応える。


 そう、飛鳥はruby以外の知識がない。AIハーフでも、抑制されているからだ。そういう意味では、ヒューマンやヒューマノイドはある意味自由とも言える。


「知らないのか?空中に映像を流してるんだと思う。誇大CMとかで使っていたけど、rubyでは禁止されたよな」


「rubyは先進的技術を嫌うから。おばあちゃんなんだ」


 ……確かに。蒼桐は伯井の言葉に頷いた。確かに、伯井の目線でシステムを見ると、そんな気がしてくる。全ては生きていて、何か深層部で動いているのではないか、そんなSF映画のような世界を容易に思いつくのだ。


「え? rubyシステムですよね?」

「きみは、rubyにはあまり接触しないタイプ?」


 今度は飛鳥に興味を示したらしい。伯井は珈琲を飲みながら、飛鳥に向いたので、蒼桐はまた目線を窓に向けた。

 色とりどりの星が瞬いている。中央には、輪をかけた惑星、大昔にあった「太陽系」であるとARが説明をくわえた。

 夜はrubyよりは明るく、美しい。そこに銀杏の黄金の葉が加わるものだから、一瞬ここはどこなんだ、となる。そう、rubyの古代を復元しているというだけあって、風景はほぼ、同じだった。


(昔のホログラムを強請って買って貰った。僕は知っている。蒼い空、緑の芝生、公園はあちこちにあって、都会と自然に分かれていた。しかし、ゆっくりと自然は消えて、メタリックに侵食されて行ったのはなぜだろう)


(rubyが自然が嫌い? そんなことはないと思う。メタリックに閉じ込められたのは、rubyなのでは)


 また額がチリチリとして、蒼桐は眉間を押さえた。

 気づいた伯井が蒼桐に向いた。


「どうした」

「一定の時間で、額が痛むことがあって……特に最近は頻繁になったようなんです」


「いつから?」


 ――いつから?


 聞かれて、蒼桐は考える。兄の手紙を開封した時、四方から発せられた光は蒼桐を何度も貫通したのだ。あの時も、額に直撃を受けた。


「サードアイが正常に戻るんだろうな」

「サードアイ?」


 伯井は「それは軍部機密」と結ぶと、立ち上がった。


「お誂え向きに、ちょうど「phantom政府機関」正面入り口駅。降りよう」


「え? 俺たちも行くんですか」


「紹介したい人物がいるんだ。僕の名刺のインプリンティングは出来た? 飛鳥ちゃん、やってあげて」


 データを注入する「インプリンティング」はまだ慣れない。飛鳥はもじもじしつつも蒼桐の手に手を差し出した。


「手! 繋がなきゃ届けられないわよ」


 ニヤニヤみている伯井を軽く睨みながらも、蒼桐は飛鳥に手を差し出した。手のひらのナノチップがインプリンティング完了するまで。こうすると、許可証代わりになる。この二ミリほどのナノチップで何でも通用するのだから、ある意味恐ろしい。


「出来ました」


「では、行こう。降りたら直行のポータルがあるから。ポータルは知っているよな」


「…………乗りたくないです」


 蒼桐は目を伏せて、顔を背けた。父が消えたのも、ポータル実験だったからだ。確か電磁波と量子を絡み合わせて、時間軸を取り出す実験だったと記憶している。しかし、それはまんまとrubyに見つかり、父は「飛んだ」のだ。その後は政府AIが来て蒼桐を失神させ、管理用のナノチップを入れて行った。


 起きたら父は普通に珈琲を飲んでいた。生きていたと喜んだが、バイオロボットであると気づいたのは二年後で――……


「蒼桐、顔を上げてこちらを」


 顔を上げると銃口が蒼桐に向いていた。かち、と撃鉄やらを起こす音。カラカラと銃創の音が響く。前で伯井はにっこりと男前の笑顔を向けた。


「彼女に手でも握っていてもらえ。こっちには時間がないんだ。本物だぞおぼっちゃま」


***


 ポータルは、空気中の超時空間を繋ぎ、その場所へ転送する。水銀と水晶の波動を使って行う技術である。昔に「空間は音叉である」と言った研究者から発生した「波動技術」は今や地底世界の常識だ。ポータルからポータルへ進むものもあれば、ワームホールを繋ぎ、乗り物で移動するケースもある。


「伯井さん、OKです」


 震える蒼桐の手をしっかりと捕まえた飛鳥が透明の輪の中で合図をした。


「おまえ、怖くないの?」

「わくわくする」目を見れば分かる。phantomの母艦に、ワームホール、ポータルと飛鳥は未来技術の感動に暇がないらしかった。


「では、3.2.1……」


 バシュ、という音の中、二人を取り巻く空気が歪んだ。これは時空を飛んでいるせいだ。これを使えば、同じ地底都市のどの時間でも行けるらしい。しかし、この輪から出れば、どこに飛ばされるか分からない。

 以前もそれをつかった犯罪が起こり、rubyが使用を禁止した。


(そうだ、父は、ポータルの中で、誰かに消された可能性だってあるじゃないか。兄もだ。そして、全ては、この、phantomに関わること……)


「蒼、手だけじゃ足りない?、輪からでなければ大丈夫。もう着きそうよ」


 飛鳥の言う通り、ポータルの中の電子版が浮かび上がってまもなくの到着を告げ始めている。


 しかし、rubyからは『phantom-PD-RC4F』の母艦で二時間、そのあとトレインに乗り換えて、更にポータルで20分……それもphantomの地点を見ていると、深度(Deep)とあるから、地下に降りているようだ。


「かなり、深いな」

「土竜がいそう」

「地中の生物はいないだろ。地球の最奥のマントルはどうなったんだ。おい、空間が揺れてないか?」

「あー、じゃあ歌でも歌いましょうか」

「……怖くないやつな」


 会話の途中で一気に明るくなった。飛鳥にしがみ付いていたのに気づいて蒼桐ははっと飛鳥から離れた。


「ヒトの職場にいきなり抱き着いて現れるとは。……発情期か?」


 目の前には、小柄ではあるが、年を取ってそうな博士スタイルの男。飛鳥が目を見開いた。博士風の男は「おや」と言ったように飛鳥を見詰める。


 飛鳥は更に目を大きくした。そして、閉じた。


「……眠いのかな。キミの彼女」


 男とも女とも見分けがつかない声をしている。ふわふわの白眉の美少年のようでいて、どこかがっしりとした印象も受ける。

 phantom地下の、ポータルの先にいるくらいだ。相当地位は高いだろう。


「はじめまして。ツヅゴウ・hope・ランドルです。種族はヒューマン・アルビノ。キミたちの後見人になる。ツヅゴウでいい」


 ――それが、飛鳥を真実に走らせることになる、ツヅゴウ・hope・ランドルとの出会いだった。


 

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