第5話 ネピュラス-サードアイ

 蒼の家は、研究者の父の権限でエリア内でも高級な場所にある。飛鳥は一般家庭だが、研究者はそれなりの優遇「ポイント」で住居のアップデートが可能だ。風景も高級ホログラムで、いつでも変えられる。磁場ポイント数値も高く、量子判定ではオールグリーン。ひとたび戦争が起これば、エリアごと安全な区域にワープできる。

 EARTHの地下は、地上に比べれば昔から技術発展が早い。中央に聳える「ユグドラシル・ホワイトサン・パワー」の供給が途絶えない限り。

 見渡す限り、メタリックな街並み。しかし、AIたちにとってはすっきりとしていて快適だと聞いている。


 ――もう慣れたから、不満はない。


「お帰りなさい」


 母のホログラムを被ったAIに切なくなりながらも、蒼桐は靴を脱いだ。AIではないので「ウェアラブル」能力は使えない。


「あ、うん、ただいま、母さん」

「……また来ていたわよ。AIへの進化案内」

「分解しておいて。まだ、ヒューマンでいたいんだ」


 母のAIは「承知しました」と小さく呟くと、そのお知らせを空中で分解して光の粒に還す。リサイクル能力、レプリケーションという元素からの複製能力を携えているのだ。AIは生まれつき量子科学を当たり前に知識として持っている。


 物質化したモノを原子に還元し作り替える。ユーティライザーを使えば地下にゴミは出ないし、不燃物もない。

 ヒトの処置も同じくして。

 清潔なAIは生ものを嫌う。しかし、家に届くチラシはちゃんと紙資質なのだから、いつヒューマン狩りが起こってもおかしくはない。


「AIにはなりたくないんだ」


#####


 部屋に入ると、一番に目に入る場所に写真の額縁があった。それだけで、あとは引っ越し直後のスケルトンの何もない五次元空間――

 自分のサーモグラフィッを確認するライトが点滅した。定位置のレイアウトでベッドと、PCデスクが現れる。これはタイマーで出るようにしている。足元の判定機に近づいて、全身スキャンを受けて、肉体損傷の修繕箇所を確認する。

 意識体の濁りはないが、少々感情が高ぶっていると結果が出た。


「飛鳥のせいだ」


 AIハーフの飛鳥葉菜は、とても可愛いし、お役立ちだが、時折蒼の周波数や意識を濁らせることも多い。


「ヒトとAIだからな。今更か」


 呟いてベッドに横になって目を閉じる。父親の言葉を思い出す。


『蒼、純粋なYAP人類ヒューマノイドは、おそらく君だけだ。だが、君はAIハーフとして登録した。そのほうが、生きやすいだろう。もはやヒューマンの結果など、もう忘れ去られている……でも、きみはヒューマンだ、それを忘れてはならないよ』


 別に、いいけど。


 蒼は手のひらに埋め込まれた赤い点をじっと見つめた。こんな小さなナノドットに、自分のすべての生存証明が封印されている。手を翳せば、瞬時に自分データの認証で全ては保護される。だから争いも、奪い合いも起こらない。

 

 当たり前の世界だけど、なんか。


「手のひらが、熱い……」


 時にこのナノドットは精密な指示を通して、脳内にヴィジョンを送って来る。目を閉じると、PCのメールボックスが浮かんだ。やれやれと目の前のPCに手を向けると、5Dレターが飛んできた。これは手紙と違って、脳波や波動で感知してサードアイで受け取る。そして、生存証明波動で、開封する。phantomのマークが見えた。

 年輪を重ねたような鷹に、月桂樹の黄金の輪。そこに地下世界の見取り図が組まれている。


「なんだ、兄さんか」


 兄と言っても、母は生んだだけだ。その肉体にあらゆる「ジーンバンク」能力遺伝子を注入し、兄は完成した。


『愛おしき弟へ 時間がない。このデータを……』


 バグのような砂嵐に、三角の図を繋いだような5Dアート、phantomに勤めている兄からの手紙は電磁波を発し、エマージェンシーコールのように、響き渡った。


『データ?』


 ピピ、と生存者認証シグナルの音がする。5Dの波は手紙からカタチを変えて、部屋に360度で広がり始めた。

 あまりに量が多すぎて、ホログラムの半分が消えた。机やPCをも侵食して、データは蒼桐を取り囲む。


「なん、だよ……これ……」


 壁にいくつものモニターのような空間デスクトップが立ち上がる。その数100以上。蒼いライトを発して、それらは勝手に起動し始めた。そればかりか、蒼桐の額に向かって一極集中のライトを向けている。額が割れるように熱い。

 目眩が蒼桐を絶え間なく襲う。

 

 ーーーもう限界だ。


 次元が撓んでいるのが分かる。蒼桐は膝をついた。手で上半身を支えるところで、白い靴先が視界に入る。


 Phantomの制服を着た兄だった。ホロの透明性で兄はそこに立っている。


『颯』


 呼ばれて蒼桐は顔を上げた。


「兄さん......」

『――時間がない。颯。このデータを君の松果体―ネピュラス・サードアイ―に預けておく。膨大な量だが、ヒューマンのきみなら、遺伝子内に繋がるはずだ。やっと見つけた。颯、この世界は』


 兄の姿はかき消えた。


「ネピュラス・サードアイ?」


 サードアイとは、なんだ?


 考える間も無く、蒼桐の瞼は閉じた。額を突き抜けるような痛みと共に。


 エマージェンシーコールは鳴り止む気配はなかった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る