第3話 蒼い桐とAIハーフの彼女
……いい天気。そしてこの書籍は空振りだったな。
そうなると、ちょうどいい枕になるし、日よけにもなる。
ああ、いい天気……。
読みたくもない本を顔に乗せるなり、緩やかな微睡みがやってきた。
レム睡眠……五時間欲しい。ところで、目の前がかっと明るくなった。まるで突然に光を浴びせられた猫の気分で、蒼桐颯は闇を探して丸くなった。
ヒューマンはいつでも眠い。本を載せ直したが、それも瞬く間に叩き落された感触がする。
「寝不足なんだ……って」
「やっと見つけた! ホント、快適な場所見つけるのが上手いんだから、蒼!」
「う……」
「またこんなところでお昼寝、居眠りなんかして! お兄さんとおひさまに笑われるわよ」
ここは、エリアEARTH「ruby」。東洋という名残を残した地下エリアで、研究施設でもある。この時代のキャンパスとは、様々な勉学をする場、として用いられている。
主にAI管理産業、ヒューマノイド生育教育、宇宙叡智の管理者研修などが花形だが、蒼桐は未だにまだ「書籍パセージ」と「古代の通信」分野を学んでいる。ゆくゆくは、次元転換装置が作れるようになりたいからだ。
そのためには、通信の古代を学べと父親に……。
しかし、このキャンパスは日当たりがいい。つまりは講義も終わって、いつもの木陰で昼寝をしていたら、バサッと目隠しに置いた資料を難なく奪われたところである。燦燦としたオレンジ色の太陽の直撃を受けて、蒼桐は薄目を開けた。
目の前には彼女の飛鳥葉菜が仁王立ちしている。蒼桐はまた丸くなった。
「あんた、猫みたい。だいたい日当たりのいいところにいるんだから。おかげで日時計に詳しくなったじゃない」
面倒見が良い飛鳥は、同じ学部だが、研究分野が違う。
「そりゃあ、兄のようには行かないよ。あっちは特待で「phantom」の推薦が取れる優等生。こっちは、まだ論文が仕上がらない研究生だ。バイトも終えたし」
「またバイト変えたの?」
飛鳥は呆れたように、蒼桐を見やると、短めのスカートを翻して動作を止めた。
(おっ♪)と思った思考を読まれたのだろう。飛鳥は「ウェアラブル」と呼ばれるシステムにアクセスすると、コートと黒のレギンスで現れた。
これは、この世界では当たり前のことだ。人類は全て第四密度に作り替えられて、生存する意識体なので、意志のままになんでもできる。
第四密度とは、高次元に当たる。量子や、意志が全てを決める世界である。
ここは東洋エリア「ruby」。思考が全てを動かすAI社会だが、ヒューマンとしても暮らしやすい。予め入れられた手の中のナノドットで命令や生存の証明がすぐに出来るからだ。
……時折、手のひらが便利さに反発するように痛む。だが、この世界には戦争もなければ、取り合いもない。
「そのままでも良かったのに、残念」
レギンスを装着した飛鳥は再びぬっと立った。
「そういうわけにいきますか。油断ならないわ。ところで随分難しい本、読んでるのね。『古代の宇宙叡智と量子通信の源』? こんな古代語の本。さすが、本の虫」
「早く兄貴に追いつきたいから」
蒼桐は軽く告げると「返せ」と借りたばかりの本を取り返した。殆どの媒体は「ホログラム」だが、稀に「書籍」でしか残っていない重要機密もある。しかし、「書籍」を愛する生物は変わり者と言われて、すっかり「本の虫」のあだ名をモノにしてしまった。
***
「そう言えば、バイト、止めたの?」
図書館に戻そうと決めて歩き出すと、飛鳥もついてきた。風景は穏やかに今日もブリッジを映している。赤い橋に、少しばかり「古神道」を残した建物は「ruby」の特徴だ。他エリアからの客も多い。
「ああ、うん。あれはいい収入ポイントになったよ。欲しいシステムも買えたから」
「楽しそうだったのにね。子供相手向いてるんじゃない?」
「いや、もう子供相手はうんざりだよ。俺、次のバイト探して図書館に行くけど、君はどうする?」
飛鳥は「んー」と考えて、蒼桐の腕を取った。元気なAIだ。
「一緒に行く! 短いけど、デート」
「……AIらしくないよなあ……AIはそこ、デートなんて言わないだろ」
呟きにはすぐに鉄拳が来た。
「あたしは、ヒューマノイドとAIのハーフ! だから蒼に惹かれたんだって言ったでしょ!」
「珍種ってことな」
「なにおうっ!」
振り上げる拳をふざけて静止して、「自分とさほど変わらない」AIの飛鳥を見下ろす。温かそうな頬、愛らしい口元、感情豊かな動作に、時折見せる涙。どこをみてもAIらしくない。AIの女子はもっと「隙がない」のだ。
目が綺麗だが、どこを見ているのか分からない輩が多い。そのくせ、男AIとの波動交叉は見事なポジティブ波動を出すのだから、時折やるせなくなる。
世界平和の波動と言えば、それまでだけど。
『ヒューマン同士の生殖機能や性欲はもう止められているはずだ。AIになれば、そういった「煩悩」から解放される。AIたちはそのヒューマンらしさを排除した』
……親父の受け売り。そんなものはあろうがなかろうが、平和ならいい。
しかし、飛鳥はちゃんと恥じらうし、困って泣く。封じられた感情を持っているように見える。除去されずに残されたのも、AIエッセンスを受け継いでいるのに、こうも感情豊かだと、親父の言葉を疑いたくなる。
『ヒューマン同士の生殖機能や性欲はもう止められているはずだ。AIになれば、そういった「煩悩」から解放される。AIたちはそのヒューマンらしさを排除した』
(本当、ヒューマンそのものじゃないか……マジでAIなのか?)
ちなみに母はいない。父は死んだというし、祭壇もあるが、蒼桐は信じていない。
兄に付き従って、母はphantomに渡ったに違いない。その頃の記憶は、無い。
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