第6話 出会い
地下ダンジョン十三層を出発して十四日、僕らはついに地上へ戻ってきた。
極力戦闘を避けて脱出を試みたけど、一人は魔物の餌食になってしまっている。
それでも、無事に戻ってこられたことに僕らは肩を抱き合って喜んだ。
「ついに戻ってこられましたね、ソルさん」
「それもこれもコウガのおかげだよ。コウガがニンジャ飯と水を分けてくれなかったら、俺たちは全滅していたさ。ありがとう、本当にありがとう」
全員が疲れていて、今はとにかく休みたかった。
家族がある人もいる。
長らく一緒にいたけれど、ここでさよならすることになった。
「またダンジョンで会ったらよろしくな!」
ソルさんたちはそう言って去っていったけど、それはどうだろうか?
僕は二度とダンジョンに潜る気はない。
何か別の仕事を見つけるつもりである。
とにもかくにもお腹が減った。
もう何日もろくに食べていないのだ。
まずは食べ物を腹に入れてしまわないと、死んでしまいそうである。
でも、先立つものはどうするかって?
ご心配なく、僕もついにこの世界の現金を手に入れたのだ。
実は五層より上のダンジョン内で魔物を何体か討伐したのである。
全部で八千ゴールドになったので二千ゴールドの取り分をもらっている。
微々たるものだけど、屋台だったら何か食べられるだろう。
お、初めてここで見たパン屋さんが今日も屋台を出しているぞ。
「これ、いくらですか?」
「三〇〇ゴールド」
「一つください」
手渡された平たい丸パンは大きかった。
かじると口の中に小麦粉の甘み、ニンニクの味、ハーブの香りが広がる。
それだけで生きているという実感がして、言葉にならない感情が一気にあふれ出してしまった。
泣きながらパンを頬張る僕に屋台のおじさんが声をかけてくる。
「ダンジョンからの帰りかい?」
「は……い……、ぐっ……うぅ……」
恥ずかしいのだがどうしても涙は止まらない。
「よかったじゃねえか、生きていてよぉ。美味いかい、兄ちゃん?」
「美味いです。今まで食べた……どんな飯より美味いです」
肩をポンと叩いてくれたおじさんの手がやけに温かく感じた。
パンだけでは足りなくて、肉串、カットフルーツなど、立て続けに食べ物を買った。
何を食べても美味しく、生きている喜びで気持ちは軽やかだ。
しかも、お金はまだ八〇〇ゴールド残っている。
たとえこれだけであっても、懐に現金があれば気持ちにも余裕ができる。
とりあえず今日明日に死ぬことはないだろう。
腹が満たされると僕はステータスを確認した。
体術:レベル2 縄抜け:レベル1 手裏剣:レベル2 隠形術:レベル6
智拳印:印を結んで「
即死攻撃:首はね:刀(ブレード)を装備したときだけ1%
使いまくっただけあって隠形術のレベルがかなり上がっていた。
これらのスキルを活かして何かできないかな?
たしかギルドの掲示板には魔物討伐以外の仕事もあったはずだ。
給料は極端に安くなるけど、ドブさらいとか、荷下ろしの仕事だってあった気がする。
僕はブラブラとギルドの方へ歩いて行った。
混みあうギルドホールに入ると通路の壁に新しい新聞が張ってあった。
見出しを読んで僕は絶句する。
『チーム・グランソード、サイクロプスを討伐! Aランクへ昇格』
記事にはグランソードの活躍が載っていた。
グランソードは難敵をやっつけたということで、国から勲章を授与されることが決まっているらしい。
そして、ポントラックのインタビューも書かれていた。
「今回の討伐は尊い犠牲の上に成り立っています。死んだ仲間やポーターたちのことを考えると胸が痛みます」
あまりのことに怒りが込み上げてきた。
胸が痛みますだと⁉
ふざけるな!
第十三階層で苦しみながら死んだポーターたちを前にしても、その言葉が言えるのか?
彼らの無念がどれほどばかりだったが、奴なんかには想像もつかないだろう。
だけどどうする?
僕が抗議したって、あいつはヘラヘラと否定するだけだろう。
周りの人たちだって信じてくれないかもしれない。
でも、このまま黙って泣き寝入りというのも癪な気がした。
僕は受付カウンターからペンとインクを勝手に借りて、新聞の余白に告発記事を書いていく。
チーム・グランソードがラッキーソルトという偽名でポーターを集めたこと。
契約内容はまったくの嘘だったこと。
そして第十三層にポーターたちを置き去りにしたことなどを詳しく書いていった。
書き終わると少しだけ怒りが収まってきた。
そして恐れが頭をもたげる。
こんな文章を勝手に書いて怒られないかな?
心配になって周囲を見ると、真後ろで僕の書いた文章を熱心に読んでいる女性がいた。
ぼさぼさのショートヘア、服の上からでもわかる小柄ながらむっちりとした体つき、眼鏡の奥のくりくりとした瞳は好奇心いっぱいに僕の文章を追っている。
「上手に書けているっス。これは事実ですか?」
「はあ……」
叱られるかと思ったら褒められてしまった。
僕より少し年上みたいだけど、二十代前半くらいかな?
女性は僕をじっくりと観察している。
「読みやすい、いい文章っス。説得力もあるっス」
「それはどうも……」
この人はどういう素性の人なのだろうかと訝しんでいると、女性はスッと名刺を差し出してきた。
「自分はこういう者っス」
実録タックルズ 編集部 ノイマ・プラット
渡された名刺にはこのように書かれていた。
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