魔王ですが勇者が来ないので始まりの町に行って人間と交わり勇者を誕生させようと思います

茶部義晴

魔王ですが勇者が来ないので始まりの町に行って人間と交わり勇者を誕生させようと思います

「暇だ……」


 我輩は魔物を統率する魔王である。

 この世界の東にある城の主人であり、世界の8割を掌握している。

 始めの頃は人間共の抵抗もあり中々楽しい侵略戦争であったが、今では奴らに抵抗の意思もなく許しを乞うて支配下になってくる。


 支配地が広くなりすぎて各地に配下の魔物を置いている、昔はやはりその部下を倒しここまで迫った勇者という存在が現れたりもした。

 しかしやはり我輩を倒すまでには至らずその勇者も何人も死んでいった。

 そしてもはやここ50年はそんな奴も現れはしない。


 「魔王様、ご報告が」


 魔王城の謁見の間で玉座に座り退屈していたところ、側近の魔物【デビルプリースト】が入ってきた。

 人間の司祭の真似事をした姿の紫色の悪魔は、我輩の前に跪き伝える。


 「ナハルトリアの領主が降伏し、支配下にはいりました」


 また人間共が支配下に入ってきよったか。

 特段強い攻勢にでたわけでもなかろうに不甲斐ない奴らだ。


 「そうか、ではその支配は【デビルナイト】にでもまかせておけ」

 「デビルナイトですか? でもあの魔物はそこまで強いものではないですが……」

 「抵抗すらできんのだ、もはや誰がやろうと変わらんだろ。あまり遠方に行きたがるやつもいないしな」


 ナルトリアはここより大分西方にある街だ。

 ここには実力のある魔物が多くいるが、領地を貰えてもそこまで出張に行きたがる奴などもういない。

 ある意味領地が増えすぎて人材不足なのかもしれんな。


 「承知しました、ではそのように」

 「うむ」

 「では、これにて――」


 はぁ、これで人間共の領地も空前の灯火。

 また心滾る戦いをしたいがもはや叶わぬかもしれん……ならばいっそ産み出すか?

 頭の中にそんな不埒な考えがよぎる、いやいい考えかもしれぬ。


 残るは【始まりの町】とその周辺のみ、人が誕生したとされるその町で産み出せばきっと良いドラマを作れるはずだ。


 「デビルプリースト」

 「はっ、何でしょう」


 出て行こうとするのを引き止める。

 何かまずいことをしたか? という顔で慌ててこちらに向き直るそやつに言う。


 「我輩はしばらく城を開ける、その間はお前に頼む」


 思い立ったら吉日だ。

 正直誰でも良いが丁度いたこいつに城のことは任せよう。


 「な、何を急に仰るのですか!? 私目が――」

 「我輩が任せると言っておるのだ、頼んだぞ」


 そう睨むと奴は怯えた表情で黙り込む。

 うむ、初めから大人しく従っていればいいのだ。


 「ではな」

 「は、はい。しかしどこへ?」

 「言う必要もなかろう?」

 「はい……」

 「ではさらばだ」


 こうして部下に仕事を押し付けて我輩は城の外に出る。

 

 「飛ぶのも久しぶりだ」


 我輩は何十年ぶりかの黒い翼を広げて始まりの町へ飛び立った。


 ♢


 ふむ、久しく人の住処に来ていなかったが何ともまあ落ちぶれたものだ。

 石造りの道はひび割れ、家も建て替えてもいないのだろう痛みが激しい。

 人通りもまばらで痩せ細った者も多く所々に道で倒れている者までいる。

 我輩達のせいということは重々承知だが、ここまでレベルが落ちようとは、抵抗力がなくなっているのが頷ける。


 さて《変身》っと、我輩は人間の女が好きそうなカッコいい男に姿を変えて降り立ち、始まりの町に入る。


 「なぁ、すまねえが恵んではくれないか」

 「たのむ、ご飯だけでも」


 うむ地上で見ると一層悲惨だな。

 物乞いが多く、良い服を着た様に見せている我輩に次々と懇願してくる。

 それを振り解いて町を進む。


 「臭うな……」


 糞便の臭いか、町中に漂う不快な臭いが鼻をつく。

 昔は水洗トイレと言って清潔を大事にしていた種族がそれをも捨ててしまったか。


 少しばかりある露天商では錆びたナイフや腐りかけた野菜、ゴミみたいなものまで売っている。

 もはや売れるかもしれないものはなんでも売れという精神だ、しかも野菜の端材を買っている者がまあまあいる事に衝撃をうける。


 さて、ここに勇者を産める女がいるのか。


 「ちょっとそこの兄さん、どうだい? 安くしておくよ?」


 声をかけてきたのは痩せ細った女。

 洗っていないだろう赤い髪を束ね、赤い胸元の開いたワンピースを着ているが色気どころか浮いた骨が不気味に映る。

 不健康な見た目で茶色の瞳だけがギラギラと光るそれは、我輩がいうのもあれだがもっぱら魔物である。

 ――これでは駄目だ。


 「ちょっと! 無視しないでさぁ!」


 強引に袖を引っ張る女を振り払い、もっと町の奥へ行く。


 「ここまでか……」


 町の端まで来てしまったようだ、めぼしい者は中々出歩いては居なかったしこれでは居るのかも怪しい。


 「確か奥にも村があったな」


 とりあえず希望は薄いかも知れないが行ってみよう。


 始まりの町の外れにある村に着く。

 ここは昔とあまり変わらない様だ、人々も細いが町ほど病的ではない。

 町など捨て身分にあった生活をすれば良いものを、この期に及んで村人にはなりたくないというプライドが勝っているのだろうか。

 全く浅ましい。


 「こら、ポチ!」


 前から小さい犬が走ってくる。

 人間共の相棒であるこの動物は我輩の前に立ってワンワンと吠える。

 体を強張らせ、牙を剥き出しにして吠えるところを見ると警戒しているようだ。

 人間よりこいつらの方が賢いな。


 「やめなさい! すみません、すみません」

 「よい」


 飼い主が来て犬を抱え上げ、頭を下げる。

 やはり町のあの女よりも健康的な見た目をしている。

 20代程に見えるその女は金色の長い髪を後ろで束ね尻尾の様にし、丸く蒼い瞳は透き通っている。

 多少痩せてはいるものの栄養は大概取れているだろう。


 ――よし、いいだろう。


 「《魅了》」

 「――あっ」


 魔法をかけるとその女の頬が赤く染まる。

 魅了の魔法がかかり、きっと一目惚れの感覚に陥っているだろう。


 「良ければ家に連れて行ってはくれぬか?」

 「は、はい!」


 犬が吠えだすが、もはや飼い主には届かんだろう。

 女は嬉々として家に向かって歩き出した。


 その夜、我輩はその女の家に泊まる。

 1人暮らしだったのは助かった。

 お陰で無事目的は果たした。

 子が出来る確率は100%だ。


 「――行くのですか?」

 「ああ、行かねばならぬうえな」

 「そうですか」

 「では」

 「――え?」


 変身を解き魔王の姿に戻ると女は当然驚く様子をみせた。

 

 「我輩は魔王【サタン】、お主は仕込んだ子を必ず育て上げ勇者とせよ」

 「どうして……?」

 「さらばだ」


 我輩はまた空へと羽ばたき魔王城に向かった。

 これであとは待つのみだ。


 ♢


 「まだ来ぬか……」

 「何を待っているのですか?」


 あれから10年の月日が経った。

 まだ勇者は来ない、人間の抵抗もない。

 10歳程ではまだ子供かと自分を諌めるが退屈が限界だ。

 隣にいるデビルプリーストにはこの気持ちは分からぬだろうが。


 「退屈だな……」


 ♢


 「魔王様! 大変です!」

 「なんだ騒がしい」

 「デビルナイトがやられました!」


 勇者が生まれ16年、ついに配下を倒した様だ。


 「うむ、良いぞ」

 「魔王様? どうして嬉しそうなのですか?」

 「なんでもない、また進展があれば伝えよ」

 「は、はぁ……」


 デビルプリーストが困惑している。

 しかし、待ちに待っていたのだ表情に出すなと言う方が難しいだろう。

 早くここまで辿り着くが良いぞ勇者よ。


 ♢


 「親父――いや、魔王」

 「ようやく来たか、【勇者】よ!」

 

 ついに、ついにこの時がきた。

 配下の魔物が大分倒されてはしまったが、それだけ強き者になったと言う事だ喜ばしい。


 金色の髪は母親の血を引いたのだろう、赤く鋭い瞳は我輩のもの、人間の大人として大きくはなく少し細身のその体に配下から奪っただろう黒い鎧を纏い腰には剣を携える。

 見た目は完全に人間のそれであるが、魔のオーラも感じられ、それが人間と魔物の混血の印となる。


 デビルプリーストもやられ、この城で戦えるものはもはや我輩1人。

 素晴らしい、それも仲間を連れず勇者1人でここまでとはやはり我輩の息子ということだろう。


 「なぜ俺を産みだした」

 「我輩の血の飢えを潤すためだ」

 「母さんはお前のせいで――」


 息子が言うにはあの女は死んでしまったらしい。

 魔王と交わった事で迫害されたそうだ。

 なんとも人がしそうな事である、被害者を痛ぶるなど恐ろしい。


 「お主はそれでも人の為に戦ってきたと」

 

 そんな事があってもこの勇者は人の為に魔王討伐しにきた、なんと健気な子なんだ。

 

 「いや――」


 だが勇者は否定する。

 人の為ではないと言う事なのだろうか。


 「俺はあんたが憎いから殺しに来ただけだ、魔王。人間などどうだって良い」


 そうか、そう言う理由もありえるか。

 自分の母が死ぬ原因となったのは我輩であるからな、当然だろう。

 どちらにしろ我輩の望み通りにきたのだ、なんと親孝行者なのだろうか。


 「ならば倒してみせよ」

 「ああ」


 勇者が腰の剣を抜く。

 黒い剣は禍々しいオーラを放ち、血を欲している様に感じる。

 ふむやはり見つけたか、魔王城に隠していた魔剣を。


 「いくぞ!」


 ♢


 「ハハハ……よくぞ、よくぞ我輩を討ち倒した」

 「ハァ、ハァ……」


 実に良い、心が躍る良い闘いであった。

 やはり我輩が望んでいたのは侵略ではなく闘いであったか。

 心が満たされる。


 勇者がトドメを刺しにこちらに歩み寄る。


 「勇者――いや我輩の息子よ……これでお前は英雄、だな」

 「フンッ、そんなものは一瞬に過ぎないだろうな――俺の血に魔王のものが入っているんだから」


 息子が憎しみを込めて言う。

 それは我輩に対する憎しみか、いやそれ以外の物も感じるな。


 「人間と言うのは実に自分勝手だ。散々母さんと俺を虐げたと思えば、魔王の配下を倒すと手のひらを簡単に返す」


 倒れた我輩の上に剣が向けられる。


 「魔王を倒せば再び俺の事を厄介者にするだろう」


 素晴らしい、実に人間という種に対して理解している。

 きっとここまでくる間にいろいろな事を経験したのだろう。


 「ならば、これからどうする……まさか、隠れて暮らすとでも言うのか?」

 「まさか」


 我輩に向けられた剣先がキラリと光る。

 問いに嘲笑い息子は続ける。


 「お前を殺した後は人間を殺す」

 「ほう」

 「殺して殺して、人間も魔物も殺し尽くしてやる」

 

 勇者は憎しみの目で剣を持つ手に力を込める。


 「ハハハ、良いぞ。それは良い! 魔王を遥かに超えた魔王の誕生だ!」


 笑う我輩に剣が振り落とされた。


 ♢


 魔王が死んで5年の時が経った。

 世界は火に包まれ、人間も魔物もある1人の勇者によって滅ぼされた。

 人間と魔王の混血でありながら全てを憎んだこの者は勇者か、はたまた魔王であるのか。


 「母さん」


 誰もいない世界にぽつりと声が響く。

 かつて人類が誕生したと伝えられる町の外れにある丘、なんども壊された形跡のある小さな墓に向かい青年が祈りを捧げる。

 果たしてそれを聞き届ける存在はこの世界に存在するのか。

 虚しい声だけが音として消えていった。



⭐︎表紙⭐︎

https://kakuyomu.jp/users/tyabu/news/16818023212924566640


⭐︎以下あとがきです。⭐︎

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