014: 破壊の迷宮

 火山の風景とは打って変わって、破壊の迷宮の最深部は冷え切った空気が流れていた。洞窟のような壁からは鉄らしい鉱石が刺々しく突き出ている。岩壁も、その鉄の棘も、どことなくひんやりとしていた。

 まるで獣の咥内に迷い込んだような景色だ。牙のように生えそろう鉄の向こうに、ボスの部屋らしき扉はあった。


「これ、採取ポイントじゃないのか」


 鉄の茨を観察していたカナギが残念そうに言った。

 ヴィルヤンド火山は鉄や鋼のような金属素材が取れることで有名だ。だからこそ刀のために素材を集めたいカナギやイヅルは、火山に棲む刀と相性の悪いモンスターたちに悪戦苦闘してきたのである。


「ヴィルヤンド、狼、鉄。なにか思い出せそうな……」


 ライラが眉根を寄せて呟いた。

 その瞬間、どかんと扉の方から重たい衝撃が走った。

 どん、どんと音は繰り返され、振動は徐々に大きくなる。天井から岩の破片がぱらぱらと落ちた。

 即座にイヅルたちは武器を構えた。ライラとコウを庇うようにカナギが前に出て、イヅルはその横に付く。


「破壊される……」


 呆然とするライラの声が聞こえた。同時に、開け放たれた扉の向こうから、猛々しい炎の狼が飛び込んでくる。

 この勢いは、抑えきれない。


「<氷盾>!」


 コウが叫ぶと狼の前に氷の盾が生え出た。しかしそれもすぐに破壊され、狼の駆ける足を止められない。


「師匠! ヘイトを」

「任せろ」


 リビングアーマーを二列に召喚する。後列はライラたちの壁、前列はカナギの支援だ。

 その意図をすぐに汲み取ったカナギが、リビングアーマーの盾を踏み台にし、ぐっと身体を跳ねさせる。


「<展延>」


 どこまでも伸びる刃先が狼の背を切り裂いた。その勢いのままカナギが飛び越えると、狼は熱いよだれを垂らしながら後ろを向いた。


「今のうちに」

「分かってるわよ!」


 不服そうに返したコウは気を静めるように息を吸い、勾玉をかざした。


「”命をかけて安らいよれり”―<幻の柱>」


 勾玉が宙に浮かび上がった。それらはライラとコウを囲み正方形の空間を形作る。その内部に霧が満ちていき、やがて二人の姿は見えなくなった。

 イヅルが振り返ると、カナギは上手く距離を取りつつ狼を観察していた。鉄の棘から棘へ渡り、時には狼の鼻先を踏んで跳躍する。

 狼は棘を踏み壊しながらカナギを追った。幻の中に隠れる二人を背に、イヅルはその動向を目で追った。

 あちこちに切り傷を作った狼はその刀傷から炎を噴き出し、むしろ勢いづくかのようだ。


「おかしい、効いてる感じがしない……」


 イヅルは眉をひそめてモンスターのステータスを確認した。

 日食のスコル。その名前の下に状態異常のアイコンが見える。

 <状態異常:日食>。高ぶる熱により、痛みを感じない。


「はあ……?」


 めちゃくちゃだ。HPゲージも減っている様子が無い。

 魔法なら削れるのか? イヅルがそう思ってコウの方に視線を向けたとき、ライラの呟きが聞こえてきた。


「スコル……鉄の森……!」


 霧の中からライラは声を張り上げた。


「気を付けてください! ここにはまだ狼がいます!」


 驚いた顔のカナギが鉄の茨を踏み外した。狼が大きく口を開けた。


「師匠!」


 思わずイヅルは一歩踏み出した。しかしカナギは刃先の延びた刀を地面に突き差し、それを軸にぐるりと身体を振って、難なく狼の鼻先を蹴り飛ばした。

 イヅルが安堵したそのとき、何かが岩をえぐる音がした。コウの小さな悲鳴が鼓膜を震えさせる。

 ばっと振り返ると銀色の針が床から天井まで突き抜けていた。それは檻のように列を成し、霧に包まれる二人をイヅルたちから分断していた。

 それだけじゃない。二人の向こうから、もう一匹の狼がゆっくりと歩いてくる。


「ライラの言う通りになったわね」


 霧を解除したコウが勾玉を構える。その顔を見据えた狼は口から冷気を吐き出した。


「月食のハティ。やっぱり……。私がもっと早く気づいていれば」


 ライラは悔しそうに顔を伏せた。

 冷えた空気をまとう狼をイヅルは鉄の針の合間から観察した。日食のスコルと同じく、見たことのない状態異常がついている。

 <状態異常:月食>。身体を巡る冷気は、術を弾く。


「ライラ。一体何に気づいたの」


 イヅルが針越しに声をかけると、ライラは視線を上げて口を開いた。


「スコルとハティは北欧神話に登場する狼なんです。彼らの住処は鉄の森……ヤルンヴィド」


 ヤルンヴィド。入れ替えればヴィルヤンドになるとイヅルは気付き、目を細めた。

 しかしそんな言葉遊びをして、運営は何を考えているのだろう。

 思考に浸る暇も無く、戦闘は始まる。


「<氷雨>!」


 コウが繰り出した氷柱は確かにハティを貫いた。しかし毛皮の穴からはただ冷気ばかりが漏れ出て、狼はいまだ堂々と歩いていた。

 最悪の形で分断された。おそらくカナギならハティを倒せるだろう。そしてスコルを倒せるのはコウしかいない。

 イヅルはスコルと戦うカナギに目をやった。彼も行き詰まりを感じているのか、避けるばかりで無理に攻めようとはしない。

 燃える爪がまた一つ、鉄を砕いた。

 イヅルの脳裏に閃きが走った。


「師匠! スコルをこっちに!」


 カナギは一瞬目を丸くしたが、すぐに口角を上げて頷く。

 次にイヅルは鉄格子越しに声をかけた。


「スコルを頼みます」

「はあ? そんなの無理……って」


 まなじりをつり上げて振り向いたコウは、こちらへ走ってくるスコルを目にして笑った。


「なるほどね。任せなさい!」

「私も杖でサポートする」


 ライラは真剣な顔で杖をかざした。後悔も迷いも消した、真っすぐな光がその瞳に宿る。


「行くぞ!」


 駆けてくるカナギが言った。そして天井を貫く鉄に飛び移ると、すかさずスコルが強靭な爪を立てた。

 鉄の檻が粉々に砕けていく。着地したカナギはイヅルの用意したリビングアーマーの盾を傘にし、破片を避けた。


「<稲光>!」


 ライラの杖が強烈な光を放った。二匹の狼は唸り声を上げて立ち止まる。


「”心砕けと霰降るなり”! <氷雨>!!」


 コウの金の瞳がかっと見開かれた。恨みつらみをぶつけるように、激しい氷柱が燃え滾る狼に襲い掛かる。


「さてと」


 盾の下から顔を出したカナギは、そのままリビングアーマーを踏んで跳躍した。刀が白く輝き、龍の彫刻が浮き上がる。

 一閃。頭を綺麗に裂かれたハティは、冷気を立ち上らせてよろめいた。

 スコルもまた、しゅうしゅうと湯気を漏らしながら倒れた。そして一対の狼は揃って粒子へと変わっていく。


「……やった。やったあ!」


 コウがぴょんぴょんと跳んで喜んだ。

 空気が緩んで初めて、今まで死地に居たのだと自覚する。

 生き延びた幸福。成し遂げた喜び。胸が熱くなるのを自覚しながら、イヅルはリビングアーマーたちの召喚を解いた。

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