第32話 契約者、そして聖騎士アルファの願望

 力がみなぎってくるのを感じる。

 煮えたぎる怒りが燃え上がっているのがハッキリとわかる。


 迫ってくる化け物はただ圧倒的な力で拳を振るい、レインはよけることなく頭に直撃したが、微動だにしなかった。


 そのことに化け物は初めて、反応し、一歩を後ろへ引くところに合わせて軽く、剣を振るった瞬間、風を切り裂くほどの剣圧を放ち、化け物を吹き飛ばした。



「…………すごいな」



 剣を軽く振るっただけで化け物を吹き飛ばしたことに驚くレイン。

 視界も真っ赤で不自然なのに、意外にも平気だ。



「強化魔法も継続してるな。よし、これなら」



 レインは吹き飛ばした化け物へと足を向けて、歩き出した。

 


「ゲニー…………」



 化け物の近くでただ眺めているレインは何とも言えない気持ちを抱いた。

 それは、これからゲニーを殺すという行為に対する躊躇ためらいだ。


 立ち上がる化け物はただ本能に付き従うように乱暴に力をふるった。


 素早い拳は地面をえぐり、剣を交われば、切り裂かれ、苦痛の叫びをあげる。それでも拳をふるい、レインを殺そうと奮闘し続ける。


 そのたびに切り裂かれ、血を流すも、それでも拳を振るうのをやめない。



「わかってる」



 レインの役目はゲニーを楽にすること。もう、これ以上、苦しませないために。

 だが、もしかしたら、醜い姿を元に戻せるかもしれない。それができれば、あの方がだれかわかって、ライラの仇を討てるかもしれない。


 何より、レインの本心はゲニーを殺したくないと思っているのだ。

 同じ村の出身で、俺が強化魔法しか使えないと周りがバカにしてきた中で、ゲニーは普通に接してくれた。


 その優しさがレインにとって、一番、救われた。



「だけど、ダメだよな」



 すでに覚悟はしていたはずだ。

 竜と契約したあの瞬間から。



「もう、引き返せない!!」



 両手で剣を握った瞬間、膨大な魔力が溢れ、化け物をひっくり返した。


 左手は漆黒の鱗で覆われ、まるで竜の手。隻眼が化け物を捉えると、魔力が剣に集まる。


 圧倒的な魔力、圧倒的な力、さっきまで真逆だった立場が逆転し、初めて化け物はその瞳を揺るがせた。



『我が力、存分に振るうがいい、我が契約者よ』


「ああ、存分に振るってやる」



 剣に集まった魔力は次第に漆黒の炎へと変わり、頭上へと掲げた。



「ゲニー。俺、お前と親友でよかったよ…………獄炎剣ごくえんけん!!」



 漆黒の炎を纏った剣を化け物へと振り下ろした。

 無慈悲なまでの圧倒的な力、そこに技も何もない。ただ圧倒的な力でねじ伏せ、化け物は蒸発した。


 ように見えたが、振り下ろした後、そこには何もなかった。



「これは、どういうことだ」



 たしかにレインはあの化け物をゲニーを切ったはずだ。なのに、その場には不自然なほど何も残っておらず、死臭もしない。



「まさか、転移?」



 それならば納得がいく。

 まさか、あの方が転移で助けたのか?でも、転移結晶を使う隙なんてなかったはずだが…………。


 ふと、化け物がいた場所に青い粒子が散っているのが見え、よく見ると木の枝があった。



「まさか、入れ替えか」



 特定の物同士、入れ替える魔法があると聞いたことがある。

 それを用いれば、この状況にも納得がいく。



「んっ!?誰だ!!…………そこにいるはわかっている」



 近くの木影から気配を感じたレインはすぐさま声を上げたが、出てくる様子はない。



「出てこないのなら、森ごと燃やすまでだぞ」



 そう言うとガサガサと音を立てて、姿を見せた。



「まさか、ばれてしまうとは、これが契約者の力ということですか」



 現れたのは気絶したテラを拘束しているアルファ騎士だった。



「テラ!!」


「おっと、動かないでください。下手に動けば、すぐに殺します」


「そうか、そういうことか。全部、全部…………」


「正気を保てている…………なるほど、あのお方に魅入られるわけだ」



 アルファ騎士がテラを捉え、そして姿を現さずに隠れていた。そして、ゲニーもいなくなった。これが偶然であるはずがない。


 そして、アルファ騎士のあの方という言葉はゲニーの言うあの方と同一人物だと考えるが自然だ。つまり、あの方の正体は…………。



「いつからだ。いつから、こんな計画を」


「さぁ、私のような存在ではあの方の考えを理解することはできない。私はただ、あの方の指示に従い、命令を遂行するだけ。そして、すでにすべての命令を終えました」


「なら、テラを開放しろ」


「ですが、私は一つ気に食わないことがあるんです。それはなぜ、あの方が貴様のような男を魅入られたのか!!」



 豹変するアルファ騎士は歪んだ表情を浮かべた。



「あのゲニーというやつも、魅入られ、それを目の前に突き付けられる。それほど苦しくものはない!!だが、まだ耐えられた。だって所詮は使い捨ての道具。ひと時の幸せぐらい与えれるべきだ。それに比べて、私は違う!あの方の騎士として、役に立っている!!そう、貴様と違うのだ…………なのに、お前は、誰よりもあの方に魅入られ、愛されている。ああ、羨ましい、羨ましい!羨ましいぃぃぃぃぃ!!!!」



 まるで何かに取りつかれたように、発狂する。

 少し空を見上げた後、落ち着いたようにこちらを向き、口を開いた。



「だからさぁ、ここで死んでくれ。そうすれば、この子を助けてやる」


「嫌だと言ったら?」


「こいつを殺して、お前を殺すだけだ」


「そうか…………」

 


 レインが死ねば、テラが助かる。

 テラを見殺しにすれば、アルファ騎士にレインが殺される。


 どちらを選択するのか、なんてわかりきっている。



「さぁ、どうするんだ?」


「なぁ、なんでお前が一番強いって思ってんだよ」


「あぁ?」



 その瞬間、レインはためらわず、アルファ騎士との距離を一気に詰め寄った。



「なぁ、正気か。本気で殺すぞ!!」


「やってみろ」


「それがお前の選択か」



 そう言ってアルファ騎士がテラの首を切ろうとしたとき。



「おい、こっちを見ろ」


「あぁ?…………うぅっ!?」



 アルファ騎士がレインを見た瞬間、体が硬直した。

 その隙にレインはアルファ騎士とテラを引き離し、回し蹴りでアルファ騎士を吹き飛ばした。



「一か八かだったが、うまくいってよかった」



 これが、一度、目が合えれば、一時的に相手の動きを止めることができる隻眼の力。


 発動条件も目を合わせればいいだけで、すごく簡単。問題は魔力量が多い相手には効果が効きにくいことだが、アルファにはすごく効いたようだった。



「傷はない。本当にただ気絶しただけみたいだ…………よかった」



 ほっとしていると耳元へ囁かれる。



『油断するなよ、わが契約者。まだ敵を殺せていないぞ』


「わかってる」



 レインはテラを近くの木影に運んだ。



「すぐに終わらせてくるから、少し待っててくれ」



 吹き飛ばされたアルファ騎士は強く木に背中をぶつけ、倒れていた。

 だが、すぐに立ち上がり、腰に収めていた剣を引き抜き、こちら側に向かって歩いていた。



「よくも、よくも、私を…………この俺を!!」


「正直、言ってお前が姿を見せてくれたことには感謝している」


「なんだと!!」


「だって、おかげであの方の正体がわかったからな。だが、同時にテラを拘束し、殺そうとしたお前が許せない。だから、ここで死ね」


「たかが二つ星冒険者が!調子に乗るなよ!!」



 アルファ騎士の剣が青い輝きを放った。



「俺はティルミナ聖教の騎士だが、それは偽りの姿。本当の姿は聖騎士、アルファ・デルバート、そしてこれこそ、俺の相棒、聖剣アイセーン!!」



 聖剣をレインに向けるアルファ騎士。



「あの方に愛されるのは俺だけでいい…………お前は邪魔なんだよ」



 聖剣は聖騎士の証。

 いつもレインならまず、勝算はない。


 だが、今のレインなら、竜と契約したレインなら話は別だ。



「こいよ、聖騎士アルファ」



 俺はこいつを殺して…………ゲニーを見つけ出して、殺して、そして最後にルミナを殺す。


 それで全てが終わる。




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