強化魔法しか使えない冒険者が親友たちが率いるパーティーに追放された後

第29話 怒り

　信じられない。

　目の前の光景が信じられない。

「どうして、ゲニーが、そんなはずない、そんなはず」

「レイン、しっかり！！」

　目の前の敵、ゲニーはこちらに刃を向けている。

　瞳に写っているのはレインで、ただ真っ直ぐこちらを見ている。

『レイン以外は邪魔だ…………やれ』

　ゲニーの言葉に反応し、ティールキャットがぞろぞろと現れ、レインとテラたちを分断した。

「んっ！？テラ！！」

　しまった、分断された！

　完全に分断され、ゲニーとレインだけの状況が作られる。

　ゲニー、どうしてお前が…………。

「テラ！俺のことはいい！目の前の敵に集中しろ！俺は、ゲニーを相手にする」

「…………わかった。アルファさん、ここから離れます」

「了解した」

　テラとアルファ騎士はティールキャットを引き離すように走り出し、完全にレインとゲニーの二人っきりの状況になった。

『覚悟は決まったか？』

「教えてくれ、ゲニー。どうして、こんなこと…………」

『願いを叶えるためだ』

「願い？何の願いだ！こんなことをしてゲニーの何が叶うんだ！！」

　今でも信じられない。

　ゲニーがどうして、こんなことをするのか。どうして、こんなところにいるのか。もう何もかもわからない。

　全然頭が追い付かない。だから、教えてくれ、俺に納得のいく答えを。

　ゲニーはゆっくり、剣先を下ろした。

　その瞬間、

『レイン、戦え！！』

「…………んっ！？」

　一瞬の瞬きのうちに懐に入り込まれ、レインは体勢を崩す。

『俺と戦え、レイン！！』

　真っ直ぐに伸びる剣をすかさず右にそれながらよけた。

『レイン…………』

「ゲニー…………どうして！！」

　俺も剣をゲニーに向けて振り下ろし、互いの剣が重なり合った。

　歯ぎしりにも等しい歪な音、互いの瞳が敵を映す。

『お前を殺して、俺は手に入れる。俺が欲しかったものを！！』

「ぐぅ…………ブースト・エンチャント！！」

　すぐさま、剣を強化し、ゲニーの剣をはじく。そのまま流れるまま、振り上げるがゲニーは後ろを下がる。

「ブースト、ブースト・フィールド、ブースト・リィフレクション」

　ゲニーは三つ星冒険者だ。いくら俺がレベルアップしても、まだ実力には差がある。だが、今の俺ならゲニーの実力を強化魔法で埋めることができるはずだ。

　ブースト・リミットリリースを使うことも考えたが、漆黒の竜との戦いのときみたいに1分以上持つとは限らない。

　これは奥の手だ。

『こい、レイン』

「ゲニー、俺は」

『来ないなら、俺から行くぞ』

　勢いよく攻めあがるゲニーはためらいもなく剣を振り下ろし、その一撃は確実に殺しに来ていることを打ち合った瞬間にわかる。

　弾き、重なり、歪な音を立てながら、森の中を駆け巡る。

　ひたらすらにゲニーは剣をふるい、レインはただ剣を盾に防ぐだけ、そんな攻防が繰り広げられた。

「ゲニー、話を聞いてくれ！！」

『死ね』

　語りかけてもゲニーが発せられる言葉は”死ね”のみ。まるで、こちらの言葉が届いていない。

　やっぱり、ゲニーらしくない。まるで、別人だ。でも、俺から見れば、あいつはゲニーだ。

　ゲニーが魔物を操っていることは分断された時点で分かった。ということは殺すべき対象であるということ、だけど、相手はゲニーだ。俺の大切な友達だ。

『レインを殺せば、願いが叶う』

　ゲニーの言葉から発せられる願い。それはなんだ？

　ゲニーには夢がある。それがどんな夢なのか、ある程度予想がつくけど、こんなことをして叶うとは到底思えない。むしろ、遠のくばかりだ。

　思考を巡らせている中、気を取られ、剣をはじかれる。

「しまった！？」

『これで…………』

　無防備なレインをゲニーは見下ろしながら剣を振り下ろそうとする。

　だが、その時、パッとお腹に隙が見えた。

「ごめん、ゲニー！！」

　レインは引くのではなく、足を一歩前へと踏むだし、右こぶしを強く握りしめ、渾身の一撃をゲニーの腹めがけて、ぶち込んだ。

『ぐはぁ！？』

　強化されたこの体での一撃は凄まじい音を鳴り響かせながら、木々を貫き、遠くへとゲニーを吹き飛ばした。

「はぁ…………ゲニーどうして、ためらったんだ」

　振り下ろされたタイミングと俺の一撃が入るタイミングはほぼ一緒だった。たとえ、俺のこぶしが食らうとしても俺の片腕を持っていくことぐらいできたはずだ。

「…………ダメだ、考えても全然まとまらない」

　俺は落ちた剣を拾い、ゲニーのもとへと向かう。

　向かった先にはただ茫然と立ち尽くすゲニーの姿があった。まるで抜け殻のようで、その瞳には一切の光はない。

「ゲニー」

『レイン、俺と戦え。お前を殺せば、願いが叶う』

「教えてくれ、願いってなんだよ！お前の願いってこんなことをしてまで何を叶えようとしてるんだよ！！」

　語りかけても、ゲニーはこちらを向いて剣先を向ける。

　やっぱり、届かないのか、俺の言葉は。

『手に入れる。手に入れるんだ…………彼女を…………らライラを』

「んっ！？」

『お前を殺せば手に入る。あの方はそう言った。だから、殺す』

「何を言って…………んっ！？」

　その時、脳裏によぎったのはルリカ、シェルミーと会話したシーンだった。

　パーティーが解散した後、ゲニーとライラが姿を消した。

「ゲニー…………ライラはどこだ」

　その言葉にゲニーは初めて、瞳に光を宿し、動揺した表情を浮かべた。

　まるで何かを思い出したかのように。

『ら、ライラは…………俺が…………うぅ、あぁぁぁ…………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ！！！』

　唐突の奇声に咄嗟に耳を塞ぐ。

　悪夢にうなされるような声を上げ、止まったかと思えば、力尽きるように膝をついた。

『そうだ…………思い出した。俺がライラを殺したんだ』

「え…………」

　その言葉と同時に空からドスっとレインとゲニーの間に降ってきた。

　それは無残な姿のライラの死体だった。

　無残なライラの死体、すでに形はぐちゃぐちゃだが、ライラが肌身はずさず付けていた腕輪を見れば、すぐにわかる。そんなライラを見てゲニーの瞳から完全に光が戻り、顔を上げて、レインを見る。

『レイン…………』

「どうして…………」

　心臓が脈打つく。

「どうして…………」

　心が沸き立つ。

「どうしてだ、ゲニーっ！！！！！！！！」

　竜の怒りが鳴り響いた。