第3話 私はあなたを祝福する
聖女様を川に案内すると、俺の視線の気にせず、服を脱ぎ始めた。
「あ、あの聖女様」
「なんですか?」
「そ、そのいきなり…………」
もごもごとしていると、聖女様は下着姿で薄っすらと笑った。
「レイン様は、面白いですね」
「お、面白い?」
「ええ、実に面白い。私、面白い人、好きなんですよ」
「す、好き!?」
顔が真っ赤になるレイン。その表情に聖女様はまた笑った。
もしかして、俺はからかわれているんじゃ。
「安心してください。私の体は誰に見られようと恥ずかしくありません。いっそのこと、見てもいいですよ?」
「遠慮します」
俺は川の近くの岩陰に腰を下ろし、聖女様を待った。
そこで改めて、現状を再確認した。そもそも、なぜ、聖女様、お一人でこんなところにいるのか、理由を考えるなら、任務ぐらいだ。
だが、聖女様が引き連れていた騎士4人がいないところを見ると、そうでもなさそうに見える。それに、あの血痕も気になる。
聖女様の状況を見るに魔物と戦った返り血かもしれないが、あの場に死体はなかった。
まあ、魔物の死体は普通の生き物と違ってすぐに土の肥料になるから、考えすぎか。。
「考えても、俺に得はないし、ここまでだな」
「ブツブツ何を話しているのですか?」
「せ、聖女様!?」
岩陰からひょっと姿を見せる聖女様に心臓がバクバクと脈打つ。
「それでは行きましょうか」
「行くってどこに?」
「それはもちろん、街にです。あ!戻ると、いえばよかったですね」
すでに薬草採取は終えているし、戻る分には問題ない。
俺は聖女様の言葉に従い、一緒に街に戻ることにした。
□■□
街に向かう中、聖女様はずっと俺を横目に歩いていた。
見られているな、ずっと。
「顔が赤いですよ」
俺も男だ。美少女に横目でずっと見つめられれば、照れてしまうのは当然だ。
「聖女様がずっと見つめてくるからです」
「…………まずはその敬語からやめましょう。敬語は堅苦しい」
「それはできません。聖女様は世界でたった4人しかいない聖女。不敬を働くわけには」
「ですから、私が許すといっているんですよ」
聖女様が許すといっても世間が許さないのがこの世界だ。もし、この場を一般人、もしくはお偉いさんが見れば、間違いなく、それは噂となって流れる。
そうなれば、俺の冒険者としての人生に終わりを迎え、兄さんの背中は追いかけることすらできなくなる。
聖女様に何と言われようと、絶対に敬語は喋る!うん、何と言われようと絶対に!
「私の権限で死刑にしますよ?」
「わかった。敬語をやめる」
「それでいいんです」
聖女スマイルに目がまぶしくなるレインは視線をそらした。
それからも、ずっと見つめられたまま一緒に歩き、街に到着する。
「やっとついた」
「楽しかったですね」
「何が…………」
ただ無言に見つめられ、街を目指す。これがどれだけ気まずく、苦痛か。これ以降、聖女様に会わないことを願おう。
「聖女様!!」
「?」
遠くのほうから駆け足でこちらに向かってくる騎士は聖女様の前で首を垂れた。
「ご無事でしたか?そこの少年は…………」
「冒険者のレイン様です」
「レイン殿…………聞いたことがありませんね」
その言葉に心がグサッと刺さる。
まあ、そりゃあそうだよ。だって俺、二つ星冒険者だし。
「っと、こうしてはいられません。すぐに教会に…………聖女様、護衛の騎士はどうされたのですか?4名ほどつけたはずですが」
「そのことは教会で。それではレイン様、ここでいったんお別れです。また」
「あ、はい」
こうして、聖女様との別れた俺は冒険者ギルドに訪れ、依頼内容の薬草を渡し、無事に依頼を完遂した。
「品質も上質、素晴らしいです、レインさん」
「ありがとう」
薬草採取だけは冒険者になりたての頃に死ぬほどやったから品質を保持しつつ、採取するのには自信がある。まあ、ちょっと工夫が必要だけど。
冒険者ギルドを出た後、すぐに俺は街の観光名所である噴水前のベンチに腰かけた。
「ふぅ…………疲れた」
こうして、噴水を眺めていると、この数日でいろいろあったなと思い出す。
「というか、なんで俺、聖女様と二回も話してるんだよ。こんな奇跡、普通起こらねぇだろ。まったく、ついてない」
しばらく、噴水を眺めていると。
「お隣よろしいですか?」
「ええ、どう…………ぞって、聖女様」
「また、お会いましたね」
「またってついさっき、お別れしたばっかりだろ」
「そうでしたっけ?」
そういいながら、ちゃっかり隣に座る聖女様は、いつも通りにニコニコと笑顔だった。
噓だろ、もう関わりたくなかったのに。これはあれか、神からの試練か?
そう思ってしまうほど、ゲニーのパーティーを離れたからの数日、聖女様とばっかり会ってしまっている。
「さっきの騎士様はどうしたんですか?」
「騎士様?…………ああ、ザルト聖騎士のことですか、今でしたら教会で務めを果たしているはずですよ」
「そ、そうですか」
あの人、聖騎士だったのか。
聖騎士はティルミナ聖教が選び抜いた騎士を示し、その実力が折り紙つきだ。
「また敬語」
「あ、いや、ほら、場所が場所ですし」
「関係ありません」
神を深く信仰するティルミナ聖教に属する四大聖女の一人、ルミナ・アルテ。その地位は高く、ティルミナ聖教の鏡。
誰もが一度は目にしたい、声を聴きたい、お話してみたいと思う。それほどの人物。
そんな彼女が敬語を抜きにして話せて、言ってくるのだから、困ったものだ。
「もしかして、レイン様は私とお話したくないのですか?」
「い、いや、そんなことは」
いや、全然話したくない。むしろ、かかわらないでほしいです!
でも、そんなことを聖女様に言ったら、即首を落とされて死亡だ。
「神様は、いえティルミナ様は常に我々を見守り、時にして力を貸し、ある時は試練を与える。レイン様、神を信じておられますか?」
突然の質問に俺は考えるそぶりもなく、答えた。
「俺は神という偶像を信じていない。だって…………神をこの目で見たことがないからな」
「レイン様、らしい答えです。たしかに、普通の人からしたら、信じられない存在かもしれません。むしろ、レイン様のような考え方をする人のほうが多いでしょう」
正直、少し責めた答えをしたつもりだったが、聖女様は広い心で解釈した。普通のティルミナ聖教の信徒なら”なんたる不敬か!その場で死刑に処す!”とか言うぞ。
そこのところ、さすが聖女様ってところか。
「レイン様、座っていてくださいね」
「うん?」
聖女様はベンチから立ち上がり、俺の前に立った。
「レイン様、目を閉じてください」
「あ、ああ」
俺はゆっくりと目を閉じた。
なんだ、この状況は。どうして、目を…………もしかして、この隙に俺の首ってなわけないか。
少しドキドキしながら待っていると。
「我、ティルミナ聖教の聖女ルミナ・アルテの名の下、レイン・クラフトに、ティルミナ様のご加護があらんことを。私はあなたを祝福する」
「んっ!!聖女様!?」
「神を信じないのは神を身近に感じたことがないから。だから、レイン様には神の祝福を与えます♪」
聖女様のみが使えるスキル『祝福』。それはただの言葉であり、特別な力があるわけではない。ただ、その祝福を与えられる者は聖騎士や英雄、業績を残した冒険者のみで、俺のような何もない二つ星冒険者に与えられるものではない。
「ここにおられたのですか、聖女様」
祝福を終えると、見たことのある男が姿を現した。
ザルト聖騎士だ。
「もう時間なのですか。時間が過ぎるのは早いですね」
「聖女様、すぐに教会にお戻りください」
「わかりました。それでは、レイン様、また」
「あ、ああ」
その後、俺は一晩中、聖女様のことが頭から離れず、そのまま眠りについたのだった。
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