探偵の結婚式

松原凛

探偵の結婚式

 新郎の立ち位置というのは厄介だ。新婦が父親と腕を組んでバージンロードを歩いている間、新郎は大勢の前に一人で立っていることになる。

 職業柄、どうしても参列客の顔を観察してしまう。探偵というのは、周囲の観察を常に怠らないものなのだ。

 扉が開き、真っ白なウエディングドレスに身を包んだ花嫁が、うつむきがちにこちらへ歩いてくる。今日から妻になる女性、真由美の美しい姿に、私は目を奪われた。しかし同時に、参列客の様子に目を配らせることも忘れない。スナップ写真を撮るように一人づつ、頭に記憶する。

 真由美の招待客は、親族と学生時代の友人、職場の同僚たちだ。親族のほかはだいたい似たような年齢で、男女が入り混じり、何度か見た顔もあった。

 私は親族とはあまり縁がなく、地元も離れているため、招待客は仕事で繋がりのある人間が多い。そのうちの半数は探偵で、やはり私と同じような行動をしていた。見ているのを悟られないほどさりげなく、自然に、しかし抜かりなく周囲の人間を観察している。完全に職業病である。

 真由美と腕を組んで歩く父親の顔が少し赤らんでいる。あの赤みは緊張によるものではなく、アルコールによるものだ。彼は普段あまり酒を飲まないほうだが、昨晩は浮かれてつい飲みすぎたのだろう。まあそういうこともある。

 招待客たちがこぞって真由美の写真を撮る。真由美が招待客の声に応じて顔をあげ、にこやかに手を振っている。

 真由美とは図書館で出会った。真由美は図書館の司書だった。彼女の知識の豊富さに驚かされ、そこから引き出される美しさに惹かれた。

 美しく知的で、それでいて愛嬌があり、誰にでも優しさを向けられる。私にはもったいないくらいできた女性だった。

 二人が私の前に立った。真由美の父親が、よろしく頼む、というように頭を下げた。私は真由美の手をとる。

 美しい讃美歌の歌声に耳を澄ませながら、真由美と向きあった。真由美の目がヴェール越しに私を見て、はにかむように微笑んだ。

 私はこれまで仕事で数えきれないほどの夫婦たちの浮気調査をしてきた。軽く探ればすぐにわかるようなものもあれば、周到に隠された浮気もあった。そういう巧妙な手口を目の当たりにしたとき、私はヴェールの内側に隠れた重大な秘密を覗き見るような気持ちになる。見てはいけない、けれど、確かにそこにあるものに手を伸ばさずにはいられない。

 しかしいまは調査ではない。一生に一度の、結婚式の最中だ。大勢が見ている。失敗は許されない。集中しなければ。

 神父が私に向かって言った。

「汝はこの女性を生涯の伴侶とし、 良き時も悪き時も、 病める時も健やかなる時も、 共に歩み、死が二人を分かつまで、愛すると誓いますか? 」

 誓います、そう言おうとして、私は口を開いた。

 そのときだった。

 真由美の招待客の男の口が、奇妙な動きをした。

 私はその男の口に釘付けになった。たしか、真由美の学生時代からの友人の男だ。長身で、真面目そうな出で立ちだった。

 その男が、ゆっくりと口を動かし、声には出さずに、

“誓います”

 と言ったのだった。

 誰も聞いていない。けれど、私はこの場所からはっきりと見ていた。

 その男が、真由美への愛を誓ったのだ――私より先に。

 会場は時が止まったように静まり返っている。神父の澄んだ目が試すように私を見つめる。

 ここにいる全員が待っている。私が誓いの言葉を口にし、花嫁の顔を隠したヴェールを上げる瞬間を、今か今かと待ち望んでいる。

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探偵の結婚式 松原凛 @tomopopn

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