雨過天哭(二)
「それはそうと」
降りしきる雨を眺めながら、伯英は迅風に声をかけた。
「あいつの腕はどうなんだ」
そうですねえ、と迅風は首をひねった。昔から子怜を弟分として――弟側の意思はともかくとして――引きまわしていた迅風である。不逞者にからまれることの多い子怜に護身術をたたきこんだり、ついでに剣や弓の扱い方を教えたりと、日頃から何くれと世話を焼いている。
ただ師匠風を吹かせたいだけ、という意地の悪い見方もできるが、もともと面倒見はいい男だと伯英は思っている。
気が短く、すぐに手が出る性分だが、暴力が過ぎるということはなく、怒りを後に引きずることもない。何より、あの際立った美貌の少年に妙な感情を寄せる者も多いところ、迅風にはその気配もまるでない。養い子の指南役としては、まさにうってつけの人材である。
なお、子怜は子怜で別の言い分があるらしく、ときおり恨みがましい視線を養父に送っているのだが、そちらはすっぱり黙殺している伯英だった。
「まあ、筋は悪くないですよ」
意外な誉め言葉に「ほう」と感心する伯英の横で、迅風は「体力はからきしですけど」と浅黒い顔をしかめてみせた。
「けど勘がいいというか、目がいいというか……とにかくすばしっこいですね。あいつを舐めてかかってくるやつ相手だったら、もう十分立ち回れますよ」
「一対一ならか」
「最近は一対二でもいけますぜ」
「そいつはすごいな」
「体力はないですけどね」
どうやら体力がないことが、この師にとっては致命的らしい。
「ま、それもただの喧嘩ならってことですけど……」
その先は、言われずともわかっていた。
無頼漢相手の喧嘩なら十分ものの役に立つ。それ自体は大変けっこう。だが、伯英たちが身を置いているのは、生半可な喧嘩の場ではない。命のやりとりをする戦場で、あの華奢な少年がどこまで立ち回れるだろうか。
「正直に言わせてもらいますとね、兄貴。あいつがこの先どんなに鍛えたって、俺らみたいな働きはできませんぜ。ましてや兄貴の跡を継ぐなんざ……」
「そんなこと」
伯英は思わず失笑した。
「
「だったら兄貴」
この青年にしては珍しく、遠慮がちな顔つきで迅風は問うた。
「あいつをどこまで連れていく気で?」
どこまで。いつまで。言葉以上の何かを含んだその問いに、伯英は黙って空を見上げた。
あの少年が望むかぎり、どこまででも。そう思って、ここまでやってきた。だが、と伯英は昨夜の養い子の顔を思い浮かべる。新妻に横っ面を張られ、むくれていた少年の顔を。
手元に引き取った頃より格段に人間くさい表情を見せるようになったあの少年が、この先も同じものを望むとは限るまい。
せっかく裕福な家の妻を娶ったのだ。いっそこのまま連城に留まったほうがよくはないだろうか。美しい妻との、何不自由ない平穏な暮らし。もとより荒事に向かない少年には、そちらのほうがよほど似合いというものだ。そう、こんな雨に打たれ泥にまみれるような生き方より。
とりとめのない思いに沈んでいたせいだろう。あるいは、降りしきる雨のせいか。「それ」に気づくのが、ほんの数瞬遅れたのは。
「――兄貴!」
ひゅっと風を切る音がした。聞こえたときにはもう遅いということを、伯英はよく知っていた。
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