第2話 

 その日、いつも通りに、圭子は定時で会社から帰宅した。

柴田は、毎日残業をして帰宅してくる。彼女は早速、風呂の支度をして、食事の準備を始めた。7時過ぎ、柴田が何も言わずに帰ってきた。


「お風呂は沸いているわ」圭子がいつも通りの口調で言った。

「ありがとう」柴田の口調もいつも通りだ。

そしていつも通りの格好で、彼はバスルームに向かっていった。

彼らしく、少しだらしなく、薄茶のバスタオルを首に巻き付けている。


 彼の風呂の時間は20分間だ、圭子は男にしては少し長いような気がしてる。

しかしこの間に食事の準備を済ませ、彼が風呂を上がって食卓に着くのを忙しく待った。


 大体は買ってきた惣菜だ。準備に手間は取らない。

それを彼は、おいしいと言って食べるのだから問題はあるまい。

彼女はそう思っている。自分も働いてるのだ。

風呂から上がって食卓についた柴田は

「いただきます」

早口でいって、手も合わせず、いつも通りに食事を始めた。


圭子は食事を始める前に先日、美千代との会話で感じたことを、柴田に話し始めた。

彼が子供と言う言葉に、どんな反応を示すか見てみたかった。

「あなた、私達もそろそろ子どものことを真剣に考えない、子供をどうするかなんて二人で真剣に話したことがないじゃない?」

圭子は、ひさびさに柴田の目を真直ぐに、真剣に、少し強く見て言った。


「子供」柴田は驚きを超えて、なにかあきれた様な表情で圭子を見つめ、箸を止めた。

「僕らには子供は必要ないだろう。それは君も感じている事だと思っていたけど」

彼は止めた箸を、再び動かし始めた。

その言葉に、圭子は少し悲しみを感じた。思った以上に、彼は平然としている。

「でも、経済的にも少し余裕はあるし、そろそろ考えなきゃ・・・」囁くように小さな声で言ったが、柴田は相変わらず、興味なさそうな表情で言った。


「そういう問題じゃなく・・・」と彼は言った。

部屋はいつもより暗く感じられた。

彼の平然とした態度、それが圭子を妙に攻撃的にさせた。

「私は子供が欲しいわ」

そう言いながら、自分の言った言葉に恐怖を感じた。

 

 柴田は無言のまま食事を続けた。

時間の経つのが何か妙に遅いような気がした。

時間が止まっているような感覚にも襲われた。

時間は意外と落ち着いていたのだ。

「子供を育てていくことによって、二人の結びつきが強まるものだとも思うわ」

彼女は、本当に自分が子供を欲しがっているとは、思っていなかった。

ただ自分があのとき、子供という言葉にショックを受けた、自分の気持ちを柴田にぶつけているだけだった。彼が同じようなショックを感じるのか、彼女は彼にも同じショックを感じてほしかった。


「僕らみたいな年齢で結婚した夫婦は、子供を必要としないコンパクトな生活をすべきだ、子供ができたら、このマンションも引っ越さなければならない、教育費も掛かる、その分、貯蓄に回したほうが生活は安定するんだ。そしていずれ家を建てよう」。

柴田は、圭子を諭すように言った。

彼女には理解できなかった。「貯金」あるかないか分からない明日、「将来」のために何故お金を貯めるのか?、それより彼女は今を楽しみたかった。二度とこない「今」を謳歌したかった。しかし彼女は、彼の貯蓄の目的が本当は別な処にあるのを知っていた。が、彼女は思っていた。「彼の性格からして、子供はそのうちできるだろう・・・。出来ない訳がない」彼女は確信していた。


 相変わらず柴田は、買ってきた惣菜をおいしいと言って食べている。中にはインスタントも混じっている。彼女は自分で作る気はなかった。ないというより起きない。

彼に作ってあげようという気にはならなかった。

もっといえば、彼女はカレーしか作れなかった。


 食事の後、圭子はTVを観ていたが、柴田はいつも通り本を読み始めた。

そして”いつも通り″の一日。何もない一日が過ぎた。

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