KAIDAN「闇からの足音」

船越麻央

第1話 出会い

 私は後悔している。

 夜が来るたびに、そのいまわしい足音が聞こえてくるようだ。

 私の友人、荻原真一が味わったであろう恐怖の夜。

 深夜、カツ、カツ、カツと廊下に響く不気味な足音。そしてインターホンが鳴る。

 あの夜も暗黒魔界からの訪問者はやって来た。荻原真一に会うために。

 そして私の不幸な友人、荻原真一はこの世を去った。壮絶な最期だった。訪問者と共に。

 訪問者のおぞましい執念はここに結実し成就した……。


 その日、私は渋る友人荻原真一を部屋から連れ出し街に繰り出した。部屋にこもってばかりいる友人と一日を繫華街で過ごした。

 帰路につく途中、私は真一と親戚の露木家に立ち寄った。ちょうど帰り道だったし気軽に寄れる間柄だったからだ。しかしこれが荻原真一を恐ろしい運命に導いてしまった。


 親戚には露木愛という一人娘がいた。彼女はその日在宅していて私たちと顔をあわせた。私が言うのもなんだが彼女は色白肌で病的な美しさを持っていた。大学を卒業したが就職はせず花嫁修業の最中といったところだ。


 私の内気な友人荻原真一は、露木愛とあいさつを交わしたが会話は続かない。彼女の気高くも何か陰のある美しさに圧倒されてしまったようだ。

 一方、露木愛も顔を赤らめてうつむき言葉が出ない。どうやら彼女は初対面の真一に好意を持ったらしい。後で聞くと「運命の人」だと思ったそうだ。

 私はそんな二人に失笑を禁じえずその場を取り繕った。私には似合いのカップルに思えたが、実はこの時暗黒の扉を開いてしまったことを知る由もなかった。

 私は不覚にも露木愛の燃えるような熱い眼差しに気付かなかった。


 しばらく滞在したのち露木家を辞す際、私は半ば強引に荻原真一と露木愛にメルアドとLINEを交換させた。お互いに好意を持っていると思ったからだ。内気な友人荻原真一の背中を押してやったつもりだったが、これが火に油を注ぐ結果になってしまった。


 露木家を訪問してから数日後、私は露木愛に相談があると呼び出されて再び露木家を訪ねた。彼女はひときわ美しく何か思い詰めているように見えた。親戚でなかったら私でも口説きたくなっただろう。

 そして彼女は私に切々と恋ごころを訴えた。なんと相手はあの荻原真一だった。


 露木愛は真剣だった。あれから彼女は何度も真一にアタックを試みたそうだ。メールにLINEに電話。しかし真一の反応は今ひとつだったらしい。彼の性格からして無理からぬことだと思ったが、彼女の気持ちは痛いほどわかった。


 「わたし嫌われた」と涙を流す露木愛を私は懸命になぐさめた。内心では荻原真一のヤツめと呪ってはいたが、ここは彼女を優しく励ました。それにしてもこれだけの美人を泣かすとはなんと罪作りな男だろう。私は少し荻原真一を見直した。しかしながら私は責任の一端を担っている、何とかしなければならない。


 結局、私は荻原真一の気持ちを確かめることを確約させられた。露木愛のすがるような表情を私は終生忘れないだろう。この時私は彼女の恐るべき情念を理解していなかった。もしそれを把握していたならばあんなことにはならなかった。私は戦慄の深淵を覗くことになったのだ。


 私は荻原真一のマンションにのりこんだ。エレベーターで5階に上がり廊下を通り彼の部屋のインターホンを押す。いつものことだったが今日ばかりは気が重かった。


 私は荻原真一と対面し、単刀直入に尋ねた。露木愛の印象について、そして彼女からのアプローチをどう思うかと。


 案の定、内気な友人荻原真一の態度は煮え切らなかった。しかし私とて子供の使いというわけにはいかないのだ。露木愛の純粋な気持ちを伝え、少しでも好意を抱いているならば彼女の想いに応えて欲しいと願った。


 荻原真一はどうにか私の苦境を理解してくれた。無論彼には恋人などいない。何も問題などないはずだった。露木愛がなぜ彼にあれほど惹かれたのか私には分からぬ。しかし彼女のおんな心に火が付いたのは間違いないことだった。


 あとは荻原真一しだいである。わたしはもう成り行きに任せることにした。この内気な友人の優柔不断が大きな悲劇を生み出すことになるとは想像もつかなかった。


 私は荻原真一の部屋を後にした。露木愛にグッドラックと言いたかった。しかし現実は甘くなかった。事態は思わぬ方向に進んでいったのである。


 

 

  


 





 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る