蝉のけたたましい鳴き声を聞きながら、俺は返礼品の紙袋を手で弄びつつ、式の間留めていた胸元のボタンを外していく。

 なにが間違っていたんだろう。

 かごめ先輩を止めなかったこと、は間違いなくあるだろう。あの人にもうちょっとフォローを頼めばよかったのに、クリアしたと勘違いして気が緩んで失敗してしまった。

 他の女子は別の周回で落としているから、問題ない。あとひとりだったんだ。

 一番の堅物で、他の女子を狙ったら最後、すぐに諦めてしまうし、最悪部活に来なくなってしまうから、最後まで落とすことができなかったんだ。

 佐久馬は一番普通の女子だから、そこまで落とす手間もかからないだろう。他の女子の場合は大量に問題を抱えている……それこそかごめ先輩なんて問題しかない……浮気せずに普通に真面目で気さくな男子として振る舞えばいけるだろうと、そう思っていたのに。

 すぐにこちらを諦める。すぐに他の男とフラグが立つ。一度友達宣言したら、最初から最後まで友達のままで、こっちは俺のことが好きなのわかっていても、こちらからなにかとアプローチを試みても、ちっとも落とされてくれない。落ちる素振りを見せることもない。

 これが正ヒロイン枠だったらまだよかった。正ヒロインが一番落としにくいっていうのは、どこのギャルゲーでも鉄板なんだから。でも佐久馬は違う。佐久馬はサブもサブ。シナリオ的にも普通で平凡が過ぎるし、背景が問題だらけな訳でも、話がドラマティックな訳でもない。本当に平々凡々なスクールライフのはずだった。

 せめて地味女子というキャラ設定なら、もうちょっと恋愛に免疫がないとか、優しくされるのに弱いとかで落としやすくてもよかったのに、地味女子の癖して堅物と、設定がガチガチに固められ過ぎて、何周かけても駄目だった。

 今回もあと一歩のところだったのに、詰めが甘かったのか、最後の最後で事故死してしまったのに、俺は溜息をついた。


「回数制限は、あと一回なんだよな……」


 俺はズボンのポケットからスマホを取り出すと、ひとつのアプリを起動させた。


【悠久の放課後エデン】


 そのアプリに出てくる設定画面をタップする。


【最終シナリオ:放課後エデンルート出現条件


 1:全攻略対象のトゥルーエンドをクリアすること

 2:全攻略対象が学校内に生存していること


 注意事項:全攻略対象の攻略回数には上限が存在します。その上限に達した場合、キャラのシナリオはロックされ、その攻略対象からシナリオを回収することは不可能となります。


 シナリオを回収した攻略対象について


 シナリオを回収した攻略対象は、あなたのパートナーとなり、放課後エデンルート作成に協力してくれるようになります。設定画面でどのシナリオの記憶を保持して周回するかを設定できますので、放課後エデンルートを解放するために、積極的に協力してもらいましょう。】


 今回はかごめ先輩をパートナーに選んだのは、明らかに失敗だったか。最後の最後でミスったのは痛かった。

 前は木下をパートナーに選んだら、木下の彼氏のことを知っている佐久馬からひどく嫌われて、ルートに入ることすらできなかった。でもかごめ先輩くらいなんだよな、何股かけても許してくれるのは。

 次はどうするか。次で決めなかったら、もう佐久馬のシナリオはロックがかけられてしまって、放課後エデンルートを出現させることすらできない。他の女子は全シナリオを回収したっていうのに、佐久馬はトゥルーエンドを回収できない。かろうじてノーマルエンドとバッドエンドは回収できたっていうのに。

 パートナーなしでひとりで特攻するか? んんんん……、今までの攻略傾向から考えて、無理だ。佐久馬が警戒心の塊なせいで、俺が距離を詰めたら、返って「友達」と固定させてしまうかもしれない。

 さんざん悩んだ末、ふとある考えが閃いた。

 そうだ。いっそのこと佐久馬に今回の記憶を持たせればいいんだ。記憶なんてものは美化されるし、夢だと思えば思うほどに、その記憶がこびりついて離れなくなる。俺のことも忘れられなくなる。

 最初は嫌な相手が、忘れられないくらいに好きな相手になるっていうのは、他の女子でも学んできたことだ。

 きっと佐久馬のことだ。覚えていたら最後、俺から徹底的に距離を置こうとする。でもまた勝手に他の男とフラグが立つかもしれないから、そこをどうやって潰すか考えないといけないな。


「よし」


 そうと決めたら、俺はスマホをタップしてシナリオの選択をはじめた。

 今回は残念だったけれど、大丈夫。次こそは決める。


 もう佐久馬は死なせないし、他の女子も死なせない。

 俺が皆を幸せにするから、だから佐久馬は早く素直になれ。さっさと落ちてこい。

 アプリの設定入力は済んだ。


 さあ、最後のゲームのスタートだ。

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