結局持って帰って、スマホで検索をかけながら桑の実でジャムをつくることにした。先生に聞いたら、別に展示品として見せるものだから試食のことは考えなくていいよということなので、味は度外視で日持ち優先と、砂糖をドバドバと入れながらアクをすくいつつ桑の実を煮る。

 隣の鍋で空き瓶を熱湯で殺菌しながら、ジャムの味見をした。


「あっま」


 手伝ってくれたんだから、近藤くんにも味見して欲しいけど、これはさすがに甘過ぎないかな。これだけで試食させるのは申し訳なくって、ホットケーキミックスの元をバターと混ぜて焼いただけのスコーンも添えておくことにした。

 そういえば。

 女子同士で友チョコを送り合ったり、お菓子をつくって差し入れし合ったりしたことはあっても、男子に試食という名目で手作り菓子を持っていくのは初めてだ。

 ……近藤くんは悪い人ではないのかもしれないけど、やっぱり体育会系の特有の空気が付きまとっているから苦手だ。そもそも園芸部の活動日じゃない限りは会わないんだもの。明日は剣道部の練習はあっても、園芸部の活動日じゃないのに、なに張り切ってるんだろう私は。

 そうは思ったものの、いつも手伝ってくれているお礼だ。

 私はそう言い訳して、タッパにスコーンを、煮沸の終わった空き瓶にジャムを入れて、明日持っていく準備をすることにした。

 ……思えば私、他のクラスに行ったこともないから、どんな顔で差し入れすればいいのかも、全然わからないや。

 今更になって気恥ずかしくなったけれど、日頃の感謝と自分に言い訳して、タッパを桜柄の風呂敷で包んだのだ。


****


 DクラスとEクラスは隣同士にも関わらず、案外接点がない。

 合同授業で一緒に授業を受けることもあるんだけれど、選択科目で一緒のものを取っていなかったら案外絡むことがない。おまけに男女だったら体育だって一緒にはならないし。

 私は手を合わせて恵美ちゃんについてきてもらいながら、Eクラスの教室の扉から中を覗き込んでいた。


「いた? 剣道部の人」

「いない……もしかして、まだ朝練なのかな」

「かもしんないねえ。しかしまあ……いつの間にいい感じになったの。その、近藤くんとやらと」


 ……本当に、そんなんじゃないんだったら。

 すぐに惚れた腫れたに結びつけようとする恵美ちゃんに、私は首をぶんぶんぶんと振る。


「ただお世話になってるから。あと私、ひとりで部活やってるのいつも手伝ってくれるから」

「最初はさんざん怖がってたのに、変われば変わるもんだよねえ……ああ、私もこういう甘酸っぱいのがいいなあ」

「なあに、彼氏ともう倦怠期に入ったの?」


 前の周でも今の周でも、恵美ちゃんは特に彼氏と別れることはなかったと思うけど。私はそう思いながら廊下で近藤くんを見ないかと視線をさまよわせていたら、恵美ちゃんは「違う違う」と手を振った。


「あたしじゃなくってさあ。うちの部。ひとりやたらめったらモテるのがいるの。ラブコメマンガの主人公みたいな奴」

「……ええ?」


 その言葉に、私は声が上擦る。

 私の声に「別に大丈夫だよ、他の部には迷惑かけてないみたいだしさ。クラスではどうだか知らないけど」と恵美ちゃんが笑って言う。


「なんでだろうねえ。特に顔がいいって訳じゃないけど、素行がいいのかな。ちょっと悩んでる子の相談乗っていたら、いつの間にやら惚れられてたっていうのを繰り返しててねえ。そいつ好きな女子で硬直状態なの。こんな状態で誰かひとり出し抜いて告白したら、一気に気まずくなるからできないって感じで、端から見てても変な緊張感漂ってる」


 その状況にものすごく心当たりがあるから、私は内心「やっぱり」とも「またか」とも思いながら、ただ「そうなんだ」と曖昧に笑った。

 ……また、篠山くん。モテまくっているんだ。

 前のときを思い出して、私はそっと溜息をついた。

 大丈夫、ここでは私と彼は赤の他人なんだから。今後も会うことはないんだから、勝手に心配したりしない。変な嫉妬を起こしたりしない。

 ……まだなにもしてない人を「気持ち悪い」なんて思ったりしない。また喉を苦酸っぱいものがせり上がってきそうなのを必死で堪えていたら。


「佐久馬?」

「あ……おはよう!」


 汗のにおいを漂わせて、近藤くんがやってきた。スポーツモヒカンの短い髪が、ペタンと額に張り付いてしまっている。私は急いで荷物を取り出した。


「あの、これ……!」

「……なにこれ」

「昨日採った桑の実でジャムつくったから、その試食! 文化祭の展示品だから、痛んじゃいけないってものすっごく甘くつくったから、そこにあるスコーンと一緒に食べて!」

「お? おう……」


 普段はいかつい顔をしている近藤くんの顔が、珍しく崩れている。

 あれ、甘い物苦手だった? だとしたら失敗したなあ、ちゃんと聞いておけばよかった。私は思わず「食べられる?」と聞いたら、だんだんと近藤くんの顔が火照ってきたのに気付いた。


「……俺、女子から食いもんもらうの初めて。ありがと。大事に食べる」


 そう言って私の差し出したものを本当に壊れ物を扱うように受け取ってくれた。

 その反応に、今度は私のほうが顔を赤くする番だった。

 私だって、男子に差し入れ渡すの初めてだよ。普段近藤くん、もっと嫌そうな反応するのに、こんなときだけこんな顔するなんて……!

 なにか言わないとと思って、顔を真っ赤にしたまま「その風呂敷とタッパは食べ終わったら返してね!」とだけ言っておいた。

 教室に戻るとき、一部始終を見ていた恵美ちゃんにさんざんからかわれたのは言うまでもない話だ。


「いやあ、青春だねえ」

「……そんなんじゃ、ないよ」


 少しだけふわふわと気持ちが舞い上がりそうになるけれど、それと同時に鉛を飲み込んだように気分が沈む。

 こんな気持ちになったことが、一度だけある。

 でもそれはたった一日で、最悪な結末を迎えてしまった。

 もうあんな気持ちは味わいたくないな。

 そう思ったら、今の気持ちに蓋をして、見なかったことにしてしまったほうが痛くなさそうだ。

 もう絶対に、二度目のチャンスなんてやってこない。あんなに痛い思いは、もうしたくない。

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