「……ああー、昨日は、悪かった」

「……はい?」

「泣かせるつもりはなかった。ただいきなり知らない部の手伝いさせられて、イライラして当たった。自分でもみみっちいと思ってる。すまん」

「えっと……」


 私は殊勝に謝ってくれると思っていなかったし、それどころか男子が私の顔をちゃんと覚えていたことに驚いていた。だからと言って謝ってくれたから、はい許しますと思えるほど、私はお人好しにもなれなかった。

 でも。この人もしばらくは私と部活を一緒にするんだ。私は幽霊部員じゃないと困るし、あんまりガツガツ予定を詰め込まれる部には入れないから、園芸部くらいの活動内容がちょうどいい。

 許すことはできなくっても。


「……どこのクラスの人? 名前は?」

「え、言ってなかった? Eクラスの近藤こんどう。お前は?」

「わ、たしは……Dクラスの佐久馬」

「そっか」


 ……知り合いになることは、できるんだ。

 それから、私は近藤くんと放課後の話をしてから、教室の前で別れた。

 変な知り合いができちゃったなあ。そう思うけれど、まあいっか。


****


 週に二回の園芸部の活動。今日も私以外部員が来ない中、近藤くんも顔を出していた。

 今日は収穫日で、桑の実を一緒に摘む。桑の実は別名マルベリーとも呼ばれていて、ラズベリーより甘いけどいちごより酸っぱいそれはあんまり店には出回ってないから、本当に園芸してないと食べられない木の実だ。私もおばあちゃんが桑の実を育ててなかったら知らなかった実だ。

 鬼瓦先生があれこれ説明するのを聞いてから、ふたりで実を摘む。高いところのは近藤くんが登って摘んで、低いところのは私が背伸びをして摘んでいた。

 鬼瓦先生が「ひとつくらいなら食べてもいいよ」と言うので、私たちは収穫した身を食べる。口の中でプチリと弾けて、独特の甘酸っぱさが口に広がる。

 私にとっては食べ慣れた味だったけれど、近藤くんは食べながら顔をしかめていた。


「なんかうすらぼんやりした味だなあ」

「そう? これってジャムにしたら結構おいしいよ?」

「ふーん。お前ジャムとかつくるの?」

「うーんと、スーパーの前にときどき農家の人が野菜の直売してるから、そこで傷む寸前のいちごを安く売ってもらえるんだ。それでつくるよ」

「なんか主婦みたいだなあ……」

「いちごって高いんだよ、本当に。だから傷む寸前でも安く買えるんだったらいいんだよ」


 私のしょうもない力説を、近藤くんは「ふーん」と聞いているのかいないのかわからない返事をしてくるのにむっとしながらも、どうにか桑の実を摘み終えた。


「先生、これってなにかつくってもいいですか?」

「いいよ。これ園芸部の秋の展示品だから、なにか展示できるような奴つくって」


 そう鬼瓦先生が言うので、私は拍子抜けした。


「あの……今まで園芸部の展示って、なにをしてたんですか?」

「ここの畑で採れた野菜を見せたり、うちの学校の壁側で育ってるつたを獲ってきて、それの苗をつくって配ったり」


 ほとんど鬼瓦先生の趣味の祭典じゃないか、園芸部の展示って。

 私は呆気に取られた顔で近藤くんを見たら、近藤くんもまた憮然とした顔をしていた。

 とりあえずたくさん獲った桑の実は私に全部任せられてしまったけれど、これで下手なものをつくれないし、展示品にする以上は見せたり食べたりできるものをつくらないといけないんだから、責任は重い。

 私が溜息をついていたら、近藤くんは帰りしなにボソリと言う。


「佐久馬さ、文句あるんだったら言えばいいのに」

「え? 桑の実のこと? 私しかまともに部活来てないのに、私がやるしかないんじゃないの?」

「……お前さあ」


 近藤くんは目を細める。それに最初に出会ったときに怒鳴られたことを思い出してたじろぎそうになるけれど、近藤くんが吐き出した言葉はあくまで落ち着いていた。


「なんでもかんでも『はい』『仕方ない』で済ませられるもんでもないだろ。嫌なものは嫌って言わないとつけあがる奴だっているって……俺だって、園芸部の手伝いを嫌だって言ってもやらされてるから、人のこと言えねえけど」

「そう? 私は幽霊部員じゃないと困るから、これくらいゆるゆるの部活で、ほんの少し責任持つんだったらまあ仕方ないなあと思うんだけど」


 もし部活に入らなくってもいいんだったら、最初から入らないもの。でも入った以上はやれるだけのことはやるし、やらないといけないこともやるんだけどな。

 私がそう言うと、近藤くんは意外そうに目を瞬かせてくる。


「……お前、結構流されてるのかと思ったけど、そうでもなかったんだな」

「……近藤くんは、さすがにそれは、デリカシー足りないんじゃないかな」


 それとも男子って、デリカシー欠ける態度がデフォルトなのかな。一周目も二周目も、ほとんど男子と向き合ったことのない私は、どうにも男子のことがよくわからないままだった。

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