秋立つ空に想うこと

秋立つ空に想うこと

 夏のあとには秋が来ると思っていた。それは自然の摂理でしかない。当たり前のことだから、別にそこまで深く考える内容でもない。だから、僕は秋が来ることを待ち望んでいなかった。だって、至極当然のことだったから。

 

 だからこそ、紅葉が今年は彩られないことに対しては驚きを隠せなかった。


 夏のあとには冬が来た。秋はその中には存在しなかった。秋はどこにもなかった。欠片も存在しなかった。日本は一気に冷たさを纏ってしまった。夏の下がる気温は秋を感じさせなかった。木の葉は一気に枯れ落ちていった。

 

 紅葉は今年に彩られることはなかった。彩られることを認識することもできなかった。意識を向けなかったからかもしれない。時間の移り変わりに対して、どうでもいいという印象しか抱くことができなかったのだ。

 

 気づくことに対してあまりにも億劫になっていた僕に、季節の急激な移り変わりは世界の人々を勝手に巻き込んで、すべてを白色に染め上げていった。

 

 白はきっと死の色だった。あらゆるものが死んでいく心地を感じずにはいられなかった。

 

 夕焼けの頃合いだった。いや、夕焼けの頃合いのはずだった。世界に赤色は存在しなかった。曇天の灰色が日本を包んでいた。天気予報が示す雨雲のレーダーは全土を青色で染め上げていた。その日は太陽を見ることはできなかった。

 

 世界はどこまでもモノクロだった。きっと、モノクロではないのかもしれないけれど、その日からの世界はどこまでもモノクロだった。それを色合いとすることは僕にはできなかった。

 

 人にはそれぞれ色がある、僕はそう考えている。だが、世界は白色で染め上がっている。人それぞれの特色となるカラフルな象徴といえる人格はどこまでも存在しないような気がした。あらゆるものが死んでいる感覚があった。子供でさえもはしゃぐ様子を見せることはない。

 

 秋という季節をすっ飛ばしただけで、人々は憂いを抱えて生きるしかなかった。僕の心の中にはモノクロが存在した。モノクロはみんなの心の中にも存在した。そういった意味では今の日本は平等だと言える。そんな平等を世界は欲しがっていないのだろうけれど。

 

 この状態を死んでいるというのなら、きっと僕たちは無機物に近いものなんだろう。

 

 生きることとは退屈さの延長だ。人が死ぬために用意された、一つの心の準備をする時間が、一つの人生と言えるものだった。

 

 どうしようもないことだ。人はいつか必ず終わりを迎えるのだ。それは有機物であれ、無機物であれ、平等に世界に殺される。そう考えると、ひどく世界が平等という正義で飾られている感覚がした。

 

 物事は必ず死を迎える。

 

 命。

 

 記憶。

 

 時間。

 

 平面。

 

 立体。

 

 過去。

 

 未来。

 

 現在。

 

 そのすべて。

 

「寂しいの?」と彼女は言った。僕は別にそんなこともなかったけれど、彼女は僕の顔を見てからそんなことを言った。きっと、僕は寂しそうな顔をしていたのかもしれない。

 

 僕は適当に、いや、と返すことにした。それに意味はなかった。そうすることが正常だと思っていたから。

 

「こうなると、もともとすべてが灰色だったような気がする」

 

 僕は、そう思うことにした。思うことにした言葉を吐き出して、彼女に感情を共有した。

 

 赤色だと思っていた紅葉も、それから枯れて黒くなる様も、腐る果実の臭いも、アスファルトに飾られる白い雪の冷たさも、外界に流れる持続低音も、世界が持っていた青色も、空を反射する海洋の色も、テレビに映し出されるカラフルな演出も、もともとすべてはモノクロで、彩度なんて不必要なもので、明度だけで区別していた。

 

 どうしようもないことだったのかもしれない。そんなことを思わずにはいられなかった。

 

 彼女は特に言葉を返すことはしなかった。反論する気も起きなかったのかもしれない。単純に関心がなかったのだろう。僕も、それ以上に何か言葉を続ける気分にはならなかった。

 

 彼女から見える世界は何色なのだろう。

 

 僕は勝手に白と黒とその明度で世界を定義したけれど、彼女はその定義から抜けているかもしれない。彼女の世界を僕は知らないから、もしそうであっても、僕にそこまでの影響はないだろう。

 

 景色に揺らぐ枯れ葉の色は、やはり黒に近いものだった。もしくは虫に食われて吸われつくした白色だった。どちらにせよ、すべては死んでいる。僕も、彼女も、紅葉も、世界も。

 

 どうでもいいことを思索していると、彼女はそんなどうでもいい木の葉を拾い上げて、掌の上にそっと乗せた。肺から息を運ぶようにして、それを吹き上げる。すべてを吸われつくした死んだ枯れ葉は、あまりにもあっけなく呼吸によって風に運ばれた。ゆらりと葉揺らぎを繰り返している。僕はそれを生きていると錯覚しそうになった。

 

 帰り道の中、彼女はそれを繰り返した。生命をそれに吹き込むように、彼女は途方もないほどに同じことを繰り返した。何度もその場に止まることを繰り返して、そうして息吹は彼らに宿っていった。

 

 きっと、死んだ季節に彼女は命を吹き込んでいるのだろう。彼女の吐息によって生き返った木の葉のそれぞれを、僕は羨ましく思ってしまった。

 

 羨んでしまうのはどうしてなのだろう。

 

 きっと、それは僕が死んでいるからなのかもしれない。

 

 そんな、どうでもいい思考に紛れながら、僕は溜息を吐いた。僕の吐く息は死んでいた。そこには白色があったから。

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