第6話 バーに集まるのはおっさんだけじゃない
俺がヴィル・ファンダイクになって3か月が経過した。
税率は下げられ、横領の罪を犯すことはなくなった。
勇者と戦うまであと6年と9か月ほど。
俺が倒される運命は着々と近づいてきている。この運命から脱出するためにも、俺もファンダイク家の兵士たちも強くならなければならない。
7年で自軍を最強に育て上げてやる。
勇者に勝つことが目標じゃない。勇者に勝つことが当然であるかのような軍を作ることが目標。
同じようで少し違う。
まあ簡単に言えば、最強にするってだけだけどね。
兵士たちも俺の期待に応えようとしてくれているのか訓練に一生懸命なようだ。
「ヴィル様! 見に来てくださったんですな!」
「ああ、成長を知りたくてな」
館に併設されている訓練場を訪れると、ガタイの言い壮年の兵士が話しかけてきた。
「老いぼれの私でもレベルが1上がりましたぞ!! やはり休憩も大事なんですな!!」
そう豪快に兵士は笑う。
でも3か月で1レベルか……ということは1年で4レベル、勇者が来る7年後までに28レベル上がる可能性がある。
まあ、レベルは高ければ高いほど上がりにくくなるからこの予測よりも低くなる可能性の方が高い。
「兵士たちのレベルは?」
「軍の平均ですと15、最高でも18かと」
ということは7年後の時点で46レベルが最高到達レベル。
対して勇者は大体55レベルあたりで挑んでくる。
「レベルなんて上がったほうがラッキーなくらいですからな! 3か月で上がるなんて夢のまた夢でしたよ! ヴィル様が規則を変えてくださっていたおかげですな!! 勇者へのリベンジに燃えてますわ!!」
やる気があるのはいいことなんだけどな……このままだと全員何もできないまま勇者に殺されていくだけ。
戦闘訓練は基本的に素振り等の基礎訓練と訓練場での模擬戦闘のみ。
つまり、実戦がないうえ魔物を狩る機会も少ないためレベリングができていない。
この戦闘経験の薄さが弱さの原因だろうな。
打開策として手っ取り早いのはトロールのような魔物たちを狩りまくること。
ただし、魔物の生息域は基本的に人間の街からは遠く、遠征に行くにも莫大な費用と食料が必要になる。
もっと効率的な方法があるはず。
考えろ。ブレヴァンは極めただろ。
俺は何でレベリングしてた? もちろん魔物を倒してレベリングしてた。
じゃあどこで? 道すがら、進捗度ごとに現れるボスがいるエリア、それと……。
「ダンジョンか」
他のいわゆる王道RPGのようにブレヴァンにもダンジョンが存在する。
その内部は、森のような見た目だったり、遺跡、洞窟、廃炭鉱など多様であり、環境によってさまざまな魔物が住み着いていた。もちろん最深部にはダンジョンボスがおり、そのボスを討伐することでクリアとなる。
そんなダンジョンの中にあったのだ。
経験値稼ぎのためのダンジョンが。
それもファンダイク領内に一つ隠されているのだ。
ただしそのダンジョンはある人物によって管理され秘匿されているはず。
交渉してくるか。
☆
そのダンジョン管理人がいる場所に着くとレイアは首を傾げた。
「ここ、ですか?」
「そう。このバーに用がある」
ファンダイク邸のすぐそばの市街地にそれはひっそりとたたずんでいた。
年季の入ったドアの上部には『ヘカテ』の文字が彫られている。
中に入ると農村の酒場とは違い、上品な酒の香りが鼻をくすぐる。
薄暗い店内の奥、カウンターの中央に座った。
「ヴィル様……!?」
「おい、あれヴィル様だよな?」
「なんでこんな店に貴族が来てんだよ……」
さすがに館に近いと顔が知られてるな。
今回はファンダイク家代表としての交渉に来たため変装はしていない。
貴族が普段来ているような開襟シャツにズボンである。
「護衛はお任せください。領民とはいえヴィル様に手を出すことは許しませんから」
「落ち着け。店の中でナイフを出すなよ」
すぐさま柄にのびるレイアの手をやんわりと押し戻す。
「マスター、話に来た」
マスター女性だった。
バーテンダーの制服からでもわかるグラビア並みのメリハリのあるスタイルにウェーブのかかった黒髪、そして見る人の心を根こそぎ吸い取るような美貌。
現代だったら間違いなくミス・ユニバースまで行っていただろう。
「貴族が何のようだい?」
「ダンジョンを解放してくれないか。兵士たちをレベリングさせたい」
「あたしがダンジョンを持ってると思うか?」
「バー『ヘカテ』のイレリアはダンジョン持ってる。それも希少ダンジョンをな」
彼女の名はイレリア・ヘカテイア。
ブレヴァンにおいて時折、勇者の前に現れては謎の言葉を残して去っていくミステリアスなキャラだった。
ストーリーにはかかわってこないキャラだが、彼女にお世話になったユーザーがほとんどだろう。
なぜなら、彼女のクエストをすべてクリアすることで経験値効率の高いダンジョンが解放されるから。
俺も何十時間も籠ってレベリングしてたな。
イレリアは磨いていたグラスを棚にしまうと、ウイスキーを注ぎ始めた。
「あんたたちに開放するメリットは?」
彼女の声に乗ってバーの空気が重くのしかかる。
イレリアは謎多きキャラだ。勇者に情報を与えては去っていく。
その情報源はファンダイク領にとどまらず国内全域に張り巡らされている情報網。
彼女はその裏ルートの終点に位置している。
「お前が持っているものを黙認してやる」
「持っている者ねぇ。何のことかわからないな」
「調べはついてるから誤魔化さなくていい。裏の情報網には手を出さない。これがあんたのメリットになるだろ」
イレリアは口角を上げると、ロックのウイスキーを差し出した。
「金を渡すって言われたら断るつもりだったんだけどね。情報網か……なるほど」
「どうせ金では動かないだろうなとは考えてた」
「そこまで知られてるのか……あんたも相当なモノ持ってるんじゃないか」
「まあな」
前世のゲーム知識だけどな。
ブレヴァンの知識なら負ける自信はない。
「それで、結論は?」
「……いいよ。好きに使いな。ただし、良識の範囲内で頼むよ。あと……」
イレリアの顔が鼻の先が触れ合うほど迫ってくる。
「約束は守ってほしいな。さもないと、お前の立場も怪しくなる」
情報網がファンダイク領に張り巡らされているならば必然的に俺の情報も集まってくる。
要するに約束を破れば、悪行を世に放つという脅し。
「もちろんだ。二言はない」
「ほら、鍵。あたしも後で見に行くから」
「兵士の訓練に?」
「あら? 知らないの? あたし元国軍参謀だけど」
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