妹が勇者パーティーに選ばれたので追放させてみた~悪役貴族に転生した俺は魔王の代わりに勇者をヤる

紙村 滝

第1話 社畜、悪役貴族に転生する

 目の前に剣があった。


 俺を守るように伸ばされたその大剣は、人間大の狼の口にがっちりとはまっていた。


「ヴィル様!! 起き上がれますか!?」


 狼と格闘している男が叫んだ。


 反射的に身体を起こそうと力を籠める。


「……は? 動かない?」


 俺の身体を包んでいた鎧のせいで地面に縛り付けられていた。


「早く逃げてくだされ!! ここは私が食い止めますから!」


 腹筋に力を入れ何とか起き上がると、今度は少女に引きずられるようにして木陰に身を潜めた。


「ヴィル様、今治しますから!『治癒』!!」

「ああ、レイア。すまない」


 自然と口から少女の名が飛び出していた。


 右脚の痛みがすうっと引いていく。


「ヴィ、ヴィル様!? そんなっ、謝るなんて……」


 目を見開いたままレイアと呼ばれた少女は固まっていた。


 そうだ。レイアだ。

 俺の従者だ。


 どうやら森で訓練をしていたところを襲われたらしい。


「ヴィ、ヴィル様……?」


 レイアが若干引いた眼でこちらを見つめてくる。


「大丈夫だ。問題ない」


 そうか、ここは剣と魔法の世界なのか。


 斉木さいきアラタ。27才。

 日本では社畜の身分にいた。

 それが元々の俺。


 そして新しい俺が、ヴィル・ファンダイク。現時点で20才。

 ファンダイク侯爵の息子であり、正真正銘の貴族だ。


 転生したんだ俺は。奴隷みたいに働いていた先の見えない世界から、こんな現実離れした世界に。


 ただ……よりにもよってこいつかぁ……!!!


 というのもこの世界の全てが、『ブレイブヴァンダルクエスト』、通称ブレヴァンの世界観そのままなのだ。

『ブレイブヴァンダルクエスト』とはマルチエンディングRPGであり、勇者の行動によってエンディングが十数個に変化する。


 ヴィルもレイアもその中の登場人物の名前である。


 レイアは特に耳にしたユーザーがほとんどだろう。なぜなら彼女は勇者マオトと結ばれるヒロインなのだ。彼女を攻略するルートも独立して存在し、多くのユーザーを骨抜きにしてきた。


 後輩感満載のその小柄な体躯に長い金髪、適度に膨らんだ胸。

 白く柔らかい肌に、ヒスイのような大きな瞳。


 何に一つブレヴァンのレイアと変わりはない。


 そして俺は貴族ヴィル・ファンダイク。現在20才。

 ブレヴァンのエンディングには何一つ関わらないキャラだ。

 ただ、俺の妹、マルタと結ばれたい勇者が殺すだけのボスキャラ。

 ちなみにマルタとはどのエンディングでも結ばれることになっている。

 つまりこのままだとどのみち死ぬ。

 詰み人生。彼女も金も失い最期を迎えることが確定した運命。

 何一つ転生前と変わらない。


 なんでだよぉぉぉ!!!!!

 俺、悪いことしましたかねぇ!?

 まっとうに生きて、文字通り粉骨砕身で身体が壊れてもあのクソ会社に奉仕し続けた人生だったはずですけどぉ!?

 この世界に送りつけやがったのが神様なら今すぐ殴りたい。お前もあの生活経験してみろってんだ。


「ヴィル様。今すぐここから離れましょう。近くに一角馬ライドコーンを隠しております。ささ、早く」


 狼を討伐した男が俺の手を引いて茂みを進んでいく。

 こいつは確か……ゲーム内で名前がないキャラモブだ。


「今やヴィル様は家督を継がれた身。誰よりも貴重なお体なのです」


 厳しい顔でそう言うと男は一角馬を走らせた。


 一緒だ。全部一緒だ。

 ファンダイク家を継ぎ、必要以上の税金と中央王宮での賄賂で私腹を肥やしていることがバレて、27才で勇者に殺される。

 俺の妹の言葉で覚醒した勇者マオトの一撃にファンダイク家の軍は壊滅し、あっけなく倒されるんだ。


 って結末知ってるくせに殺されるのを待つ奴がどこにいる!!!

 このままだとあと7年の命。

 転生してもしなくても変わらないこのろくでもない人生を無気力に終わらせるつもりはない。

 何なら日本で生活してる方が長生きするしね!!!

 なんだよ転生したのに寿命が縮まってるってのはよぉ!!!


 ブレヴァンなら学生時代に死ぬほどプレイした記憶がある。

 全エンディングの詳細はもちろん、ダンジョンのボス、クリア報酬、宝箱の中身は全て記憶に残っている。

 寝る間も惜しんで一日20時間もプレイしたゲームの記憶なんて忘れたくても忘れられない。


 ヴィルが倒されるのは、物語の中盤、エンディング分岐前の40レベルの時。

 プレイしている時は、勇者の一撃で敵軍がなぎ倒されていくアニメーションが壮麗で迫力があって大興奮したなぁ。

 実際やられる側になってみるとたまったもんじゃないけど。


 でもブレヴァンは俺を倒してから始まる。ここから各エンディングに分岐し、それぞれの思想に合った勇者が世界を救っていくんだよな。


 確か俺がやられるときのレベルは42だったはず。


 今は?


「ステータスオープン」


 良かった。ちゃんと開ける。

 現在の俺のレベルは15。あと7年で27レベルか。


 完全に雑魚だな。


「ヴィル様、着きましたよ」


 レイアに言われ、目を開くとそこには立派な西洋建築の館とそこで働く無数の使用人たちの姿があった。


 貴族の財に、城のような館。

 無数の使用人に自分だけの軍隊。

 そして俺のゲーム知識。


 あれ? 転生チュートリアルで手に入っているものとしてはなかなか将来性がないか?


 いける。いけるぞ。


 7年間待ってやる。

 ただし、勇者より強くはなっているけどな。


 そうほくそ笑んでいた俺の元に、執事らしき初老の男が近づいてきた。


「ヴィル様。妹様からお手紙でございます。勇者パーティーの近況報告だそうで」

「……そうだったー!?」

「ど、どうされましたかな?」


 妹。ヴィル・ファンダイクの妹。マルタ・ファンダイク。

 愛しの家族に、俺はこの命を奪われるのだ。


 ─────────────────────────────────────

【あとがき】


 この作品は毎日19時に更新します!


 少しでも「面白そう!」「続きが気になる!」「期待できる!」と思っていただけましたら広告下から作品のフォローと星を入れていただけますとうれしいです。

 是非作者のフォローもお願いします!!


 読者の皆様からの応援が執筆の何よりのモチベーションになります。


 なにとぞ、よろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る