申告敬遠

夏目咲良(なつめさくら)

申告敬遠

 昼休みのグラウンド。

 6年B組の男子達は、草野球に興じていた。

 Aチームはツーアウト満塁のピンチを迎えており、

Bチームはここぞとばかりにとっておきの代打を起用することにする。

 Bチームのキャプテンであるアツヤが高らかに宣言する。

「代打、ジロー君!」

 それを聞いた瞬間、守備に就くAチームメンバーの顔に

衝撃が走る。特にマウンド上のコウジは明らかに不満そうで

アツヤを睨みつけていた。

「よーし、今日こそ打つぞー!」

 代打に告げられたジローは気品のある顔立ちの少年であった。

他の児童に比べ、身に着けている服も明らかに高級である。

 コウジは尚もアツヤを睨み続けていたが、やがて大きく深呼吸をすると、

Bチームのアツヤに向かって告げた。

「申告敬遠」

 その言葉にBチームのメンバーがドッと沸いた。

 押し出しでBチームに一点が加えられる。

 アツヤは労せず一塁まで歩いたジローの元に向かい、褒めちぎった。

「すごいやジロー君!これで一度もバットを振らずに20打席連続出塁だよ!

しかも、押し出しだから打点1だ!ジロー君がいる限り、僕らのチームは

絶対に僕たちは勝てる!」

 アツヤの行き過ぎた言葉がグラウンドに響き渡った。


 放課後の誰もいない教室。

 難しい顔をして、コウジとアツヤは向かい合っていた。

「コウジ。今日は悪かったな。納得してくれて本当に助かった」

「いや、さすがに今日はよく我慢したと思ったわ。いくら何でも満塁であの

代打はメチャクチャ過ぎるって」

 アツヤは表情を崩さずに、

「……今までは勝ち負けに関係ない所で使ってたんだけどなあ。先生に言われたんだ、チャンスの場面で使ってやれって……」

「はあ?何で俺らが大人のソンタクに巻き込まれなきゃなんねえんだよ!

いくらジローの親父が偉いからって、『仲間にいれて、活躍させろ』『絶対に怪我させるな』って、そんなモン野球じゃなくてセッタイじゃねえか!」

 ジローの父親は、街を牛耳っている大企業の社長であり、全校生徒の親の9割が

その企業、若しくは関連企業で働いている。それ故、教師を始めとする大人達は

ジロー、そして、その家族には頭が上がらないのだった。

 更に悪いことにジロー本人に運動神経が皆無なのが、アツヤとコウジを苦しめた。

 何度やってもボールとバットが衝突することは無さそうなので、考え出した策が

『申告敬遠』だった。

「……とりあえず、ジロー君が飽きるまで待つしかないんじゃないかな」

「けっ、マジかよ」

 アツヤとコウジが苦々しく零した時だった。

「二人とも、大変だ!」

 学校の外、迎えのベンツまでジローをエスコートしてきたツヨシが戻って来た。

「……どうしたんだよ、そんなに慌てて?」

 息も絶え絶えなツヨシが二人に告げた。

「……ジローが明日からサッカーやりたいって言いだした……」

「嘘だろ……?どうすんだよ?アツヤ!」

 アツヤはこう答えた。

「こりゃ、『深刻』だな……」




                                                  

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申告敬遠 夏目咲良(なつめさくら) @natsumesakura

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