第21話 他人の恋路を邪魔するな 再び蒼介視点

 とある日の放課後。

 学校が終わると、オレは教科書などをカバンにしまい、教室を出た。この後は特にやることなどなかったから、すぐに帰宅することにしたのだ。

 そのまま校舎も出て、駅に向かって歩き出す。

 無言で歩き続けること約十分。

 もう少しで駅に到着するという場所で、オレは、制服に身を包んだ一人の女子中学生が歩いている姿を前方に確認した。


「あれって……心乃ちゃん!?」


 その人物は、オレが密かに想いを寄せている少女・有崎心乃ありさきここのだった。

 彼女も下校途中なのか、駅への道を一人で歩いている。

 両手でカバンを持ち一歩一歩進む姿はまさに百合の花だ。

 オレは電柱の陰に隠れて、静かに彼女の可憐な姿を眺めることにした。


「相変わらず可愛いなぁ〜」


 長い髪を揺らしながら歩く姿に、オレの視線が釘付けになる。


「学校帰りに会えるとか今日はなんて幸運な日なんだ……」


 登校時はほとんど毎朝のように見かけるが、下校時に会うのは数ヶ月ぶりだ。

 正直いつまででも見ていたい。

 だが、ここからだとあと五分ほどで駅に到着してしまう。

 こっそり眺めていられる時間もあとわずかだ。


 せめてそのわずかな時間で彼女の下校する姿をしっかりと目に焼き付けておこうと思った……のだが、ここで思わぬ人物に邪魔されることになる。


 その人物は突然肩を叩いてきたかと思うと、不審者を見つけたと言わんばかりにオレの名前を呼ぶのだった。


「蒼介……電柱に隠れて何やってんのよ」

「え……立花?」


 驚いて振り返ると、そこには幼馴染みの大園立花おおぞのりっかが立っていた。

 とても怪訝そうな顔でオレを見つめている。

 電柱に身を隠していれば怪しまれるのも無理はないだろう。

 だが、こっそり女子中学生を見ていたことがバレたら何を言われるかわからない。

 オレは何とかごまかそうと適当な返事をした。


「べ、別に何もしてねぇよ?」

「嘘つかないでよ。電柱の陰から誰かのこと観察してたでしょ?」

「い、いや……そんなことは……」


 どうやらバレていたらしい。

 ごまかすのは不可能だと悟る。


「……で、誰を見ていたのかしら」


 立花が、先ほどまでオレが見つめていた人物に視線を向ける。

 そしてその人物を視認した瞬間、激怒し始めた。


「あの子って……もしかして中学生? え……さっきからあの女子中学生を見てたってこと!?」

「えっと……まぁ……」


 嘘をついても一瞬で見破られるので、素直に頷く。


「一応訊くけど、蒼介の知り合いだったりするの?」

「いや……心乃ちゃんはオレのこと知らないと思う」

「知り合いじゃないなら、何であの子の名前を知ってるのよ?」

「それは……何度か心乃ちゃんの通う中学まで行って調べたから……」


 オレはこの一年間で彼女のことを調べたのだ。

 制服から通っている中学校は容易に割り出せるので、あとは実際に中学まで行って校門付近で待機し、生徒たちのおしゃべりに耳を傾けるだけでいい。

 心乃ちゃんは中学校でも人気の生徒だったらしく、話題にする生徒は予想以上に多かった。

 おかげで名前や生年月日や血液型はもちろん、趣味に好物、得意な教科に苦手な教科などさまざまな情報を入手することができたのだ。

 だから、話したこともない彼女の名前を知っているのである。


 だが、その行動は立花をドン引きさせてしまったようだ。


「それって……ストーカー!?」


 オレから距離をとり、軽蔑の眼差しで見つめてくる。


「違う! ストーカーじゃない!! 好きな子のことを知りたかっただけだ!!」

「……え? 好きな子って……」

「もう正直に言うけど、オレは心乃ちゃんが好きなんだよ。一年以上前からずっと片想いしてた。今日だってたまたま見かけたから、こっそり眺めてただけで……」

「じゃあ、蒼介がここ一年間悩んでたことって……」

「心乃ちゃんのことだよ」

「恋煩いだったってこと!?」


 立花がわかりやすく項垂れる。


「そっか……そうよね。年頃の男の子なんだから、好きな女の子の一人や二人いたっておかしくないわよね……」

 

 そして、極端に落ち込むのだった。


「……立花?」


 そんな幼馴染みを不審に思い、顔を覗き込む。


「あ……何でもないわ! 気にしないで!」 

「……そうか」


 努めて明るく振る舞おうとする立花にさらに不審感を募らせるが、それ以上は何も訊かないことにした。


「そんなことより、女子中学生をストーキングした件だけど……」

「だからストーキングじゃねぇって言ってるだろ!!」


 オレの行為をストーキング扱いしたがる立花に憤慨する。

 心乃ちゃんの通う中学まで行って彼女のことを調べたのも、電柱の陰からこっそりその姿を眺めていたのも、すべて純愛に基づく行動なのだ。ストーカー呼ばわりされたくはない。


 しかし、未だに立花は不審者を見るような目でオレを見つめている。


「……もしかして、この先もずっと心乃ちゃんのことを遠くから眺めるつもりじゃないでしょうね?」

「そうだな……今はそれだけで満足だけど、いずれは跡をつけて自宅の場所を特定したいと思ってる」

「やっぱりストーカーじゃない!!」


 オレの返答を聞いた立花が声を張り上げた。


「違うって!! オレはただ心乃ちゃんと仲良くなりたいだけで……」


 必死に弁明しようとするも、立花はまったく聞く耳を持たない。


「このままじゃあの子が危ない! 不審者に狙われてるってことを伝えなきゃ……」

「お、おい! 立花……」


 もはやオレの言葉など聞こえていないようで、心乃ちゃんに危機を伝えるべく、駆け出してしまうのだった。


「ねぇ、そこのあなた!」

「……はい?」


 名前を呼ばれた心乃ちゃんが振り返る。

 立花はそんな彼女にさらに接近した。


「ここは危険よ! 実はストーカーがあなたのことを狙って……って、きゃ!!」


 走りながら途中まで口にしたところで、突然立花が悲鳴を上げる。

 路上に落ちていた大きめの石につまずいたのだ。


 バランスを崩した立花は、そのまま前のめりに倒れる。 

 しかも倒れる際、あろうことか心乃ちゃんのスカートを両手で掴んでしまっていた。


 スカートを掴んだ状態で、路上に倒れる立花。


「いった〜……ん? 何これ……」


 地面に腹ばいになり、再び立ち上がろうとした時、ようやく立花は自分が何かを掴んでいることに気づいたようだった。

 そしてその正体に気づいた瞬間、顔が青ざめていくのが傍からでもわかった。

 立花の両手には、制服のスカートが握られていたのだ。


「このスカートってもしかして……」


 おそるおそる顔を上げる立花。

 その視線の先には、パンツ丸出しで呆然と立ち尽くす心乃ちゃんの姿があった。

 立花はつまずいた拍子に心乃ちゃんのスカートを掴んでしまい、そのまま前のめりに転倒すると同時にスカートを足首までずり下げてしまったのだ。

 そのせいで心乃ちゃんは往来の真ん中でパンツ丸出しの状態となってしまったのである。


 白い布に花柄模様の非常に可愛いパンツだ。

 清楚な心乃ちゃんによく似合う。

 オレは瞬きすることもできず、彼女のパンツに見入っていた。


 一方、何が起きたのかすぐには理解できないでいる心乃ちゃん。

 だが、やがて状況を理解すると、顔を真っ赤にして悲鳴を上げるのだった。


「……き、きゃあああああ!!」


 そしてずり下げられたスカートを掴むと、すぐに穿き直す。

 幸いこの場にいたのはオレと立花と心乃ちゃんの三人だけだったので、不特定多数に下着を見られるという事態だけは避けられたが、それでも心乃ちゃんを辱めるには充分な出来事だったようだ。

 羞恥に染まった顔で、立花のことを睨みつけている。


「……サイテーです」

「ち、違うの! あたしはただ不審者から心乃ちゃんを守ろうとしただけで……」

「……どうしてわたしの名前を知ってるんですか? 初対面ですよね?」

「あ……」


 募穴を掘ったことに気づいた立花が黙りこくる。

 そんな立花に対し、心乃はさらに警戒の色を強めた。


「もしかしてストーカーですか?」

「……な! 違うわよ! ストーカーはあたしじゃなくて……」

「二度とわたしに近づかないでください! このストーカー!!」


 立花の釈明も聞かず、そう言い放つと、心乃ちゃんは走って行ってしまうのだった。


「そんな……」


 その場に残される立花。

 オレはそんな幼馴染みの肩を優しく叩いた。


「完全に不審者だと思われちまったな」

「蒼介! 一体誰のせいでこんなことになったと思ってるのよ」


 立花が非難の視線を向けてくるが、今のオレには何処吹く風だ。

 今日最大……いや、ここ数年で最大の幸運と言っても過言ではないほどの出来事が起きたので幼馴染みからの非難の眼差しなどまったく気にならないのだ。


「それにしてもグッジョブだったぞ、立花! まさか心乃ちゃんのパンツが拝めるなんて思わなかったよ。お前のおかげだ!」

「別にあんたのためにやったわけじゃないわよ!! ……ていうか、わざとやったわけでもないし!!」


 大声で抗議する立花。

 しかし、今のオレにはほとんど聞こえていなかった。

 好きな女の子のパンツを見ることができたという幸福の余韻にひたるのに忙しく、周囲の雑音などまったく耳に届かないからだ。


「あ〜それにしても可愛いパンツだったなぁ……」


 オレだって年頃の男子なので、女子の下着に興味がないわけではない。

 偶然見えてしまえば興奮するし、それが好きな女の子の下着ならなおさらだ。


「忘れなさい! 今すぐに!!」


 立花が今の出来事の忘却を強要してくる。


「はいはい。忘れるよ」

「絶対だからね!?」


 これ以上騒がれても面倒なので、一応頷いておくことにした。

 だが正直に言って、忘れるなんて不可能だろう。

 今も先ほどの光景が脳内に鮮明に映し出されてしまっているのだ。

 今日の出来事は、一生忘れられないような予感がした。


「それにしてもどうしよう……あの子に完全に警戒されちゃった……」


 立花が再び落ち込み始める。

 心乃ちゃんにストーカー呼ばわりされたことが相当ショックだったようだ。


他人ひとの恋路を邪魔しようとするからそうなるんだよ」

「何ですって!?」


 立花が睨みつけてくるが、それは事実だろう。

 オレの初恋の邪魔をしようとしなければ、こんなことにはならなかったはずだ。


「……さ〜て、明日からも心乃ちゃんの観察を続けよっと!」


 好きな女の子の観察を続行することを改めて決意する。


「だからストーカー行為はやめなさいって言ってるでしょ!!」 


 そんなオレを非難する立花の叫び声が、人通りの少ない道に響いた。

 

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